溶接ナットからカシメナットへ変更でコストダウン

溶接ナットからカシメナットへ変更でコストダウン
(Costs can be reduced by changing from weld nuts to crimp nuts.)

 

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0. はじめに:コストダウンと生産性向上の重要性

現代の製造業においては、製品の品質(Quality)、コスト(Cost)、納期(Delivery)の頭文字をとった「QCD」の最適化が常に追求されています。特にコスト削減は企業の競争力を維持・向上させる上で不可欠なテーマであり、設計の初期段階からこの視点を取り入れることが極めて重要です。
製品性能とコスト削減を両立させることが常に大きな課題となっています。特に、締結部品の選定は、製品全体の品質、生産性、そして製造コストに直接的な影響を及ぼします。長年にわたり、板金や製缶加工品の組み立てにおいて強固な締結手段として広く用いられてきたのが溶接ナットです。しかし、その確実な締結力を享受する一方で、溶接プロセスに起因する見えにくい課題やコストが、製造ラインの効率や品質管理に影響を与えているのが現状です。
溶接ナットの取付工程には、熱による母材の歪みや変色、溶接時に飛散するスパッタの付着といった固有の問題が存在します。これらの問題は、後工程での修正作業や清掃を不可欠なものとし、隠れた人件費や工数の増加を招きます。さらに、溶接品質を確保するためには、高度な技術を持つ専門の作業者が必要であり、不良の流出を防ぐためには、高価な専用の検査システムを導入する必要が生じることもあります。これらの要因は、一見単純な締結作業の裏側に、複雑で高価なコスト構造を形成しています。
このような背景から、昨今の製造現場では、溶接ナットに代わる新たな締結方法への関心が高まっています。特に、軽量化の要求が高まる自動車産業や家電製品分野では、板厚が薄い母材への対応や、熱影響を排除した締結方法が強く求められています。
本コンテンツでは、溶接ナットからカシメナット(加締めナット)への工法転換が、製造プロセス全体にどのような変革をもたらすかについて、多角的な視点から詳細に分析します。この転換は、単なる部品の置き換えにとどまらず、コスト削減、品質向上、生産性向上を同時に実現する、戦略的な「ものづくり」の進化を意味します。

 

1. 溶接ナットの課題とコスト要因

溶接ナットは、その強力な締結力と一体性から多くの製品で採用されてきましたが、その採用には複数のコスト要因と品質課題が伴います。

1.1 溶接工程による追加コスト

溶接作業は、専用の設備(溶接機、治具など)、熟練した作業者、そして特定の作業環境を必要とします。これらの設備投資や人件費は初期コストを押し上げ、また、溶接そのものにかかるエネルギー消費も無視できません。さらに、溶接後には、スパッタの除去、研磨、塗装などの追加工や後処理が頻繁に発生し、これらが工数と時間を増加させ、トータルコストをさらに上昇させます。

1.2 溶接品質と外観不良のリスク

溶接は熱を伴うプロセスであるため、ワーク(加工対象物)に熱による歪みや変形、残留応力を生じさせやすく、これが製品の寸法精度や疲労強度に悪影響を及ぼす可能性があります。特に、動的荷重が作用する部品において溶接継手を採用した場合、幾何学的形状の不適切さや疲労強度の低下により破損事故につながる例も報告されています。また、溶接による変色やスパッタは製品の外観品質を損ねるため、追加の修正作業が必要となることがあります。

1.3 材料選定と熱影響

溶接は材料の選定に制約をもたらすことがあります。例えば、異なる金属間の溶接や、熱処理された材料への溶接は技術的に困難であったり、特殊な前処理・後処理が必要となる場合があります。溶接部の周辺に形成される熱影響部(HAZ)では、材料の機械的性質が変化し、本来の強度や耐食性が損なわれるリスクも考慮しなければなりません。

 

2. カシメナットへの変更によるメリット

カシメナットへの変更は、溶接ナットが抱えるこれらの課題を解決し、以下のような多岐にわたるメリットをもたらします。

2.1 工数削減と生産性向上

カシメナットは、専用のプレス機や工具を用いて板金に冷間塑性加工で圧入することで取り付けられます。これにより、溶接工程が不要となり、溶接設備や熟練工の必要性がなくなります。また、溶接後の追加工や後処理が削減されるため、製造工程全体での工数が大幅に削減され、サイクルタイムが短縮されます。これにより、生産スループットが向上し、全体的な生産性が大幅に改善されます。

2.2 品質安定化と不良低減

冷間加工であるカシメは、溶接のような熱影響を伴わないため、ワークの歪みや変形が発生しません。これにより、製品の寸法精度が安定し、熱影響による材料特性の変化や残留応力の発生を抑制できます。結果として、溶接不良(クラック、ポロシティなど)のリスクがなくなり、製品の品質が安定し、不良率の低減に貢献します。外観品質も向上し、美観が求められる製品にも適用しやすくなります。

2.3 環境負荷の低減

溶接作業に伴う溶接ヒュームや有害物質の発生がなくなるため、作業環境が改善されます。また、溶接に必要な高エネルギー消費が削減されることで、製造工程全体の環境負荷低減にも貢献します。

 

3. カシメナット採用における設計上の考慮点

溶接ナットからカシメナットへの変更は多大なメリットがある一方で、その特性を理解し、適切な設計を行うことが成功の鍵となります。

3.1 板金加工性への影響

カシメナットは板金の塑性変形を利用して締結されます。そのため、板金材料の延性が非常に重要であり、カシメ時に材料が割れたり、座屈したりしないよう、適切な材料と板厚を選ぶ必要があります。また、カシメ部の形状設計、特に肩の高さや抜き穴のクリアランスは、期待通りの変形と締結強度を得るために精密な計算と評価が必要です。過去のトラブル事例では、塑性変形のプロセス推定や荷重計算を怠り、経験則のみで加工物の形状を決めたことが原因で問題が発生したケースも報告されています。

3.2 材料の選定

カシメナット自体の材質と、カシメ対象となる板金材料の両方が、その冷間加工性、最終的な締結強度、そして使用環境に適合している必要があります。ねじ材料の特性としては、強度、耐食性、導電性、非磁性、市場性、価格などが考慮されます。例えば、耐食性が求められる環境ではSUS304やSUS316などのステンレス鋼が選択肢となります。特殊な環境では、チタン、インコネル、ハステロイなどの特殊材質のボルト・ナットも検討されます。締結部における焼付き(かじり)防止のための特殊表面硬化処理なども考慮に入れると良いでしょう。

3.3 累積公差と位置決め精度

カシメナットは、溶接による熱変形がないため、寸法安定性に優れますが、取り付け穴の位置決め精度と、組付け時の累積公差の管理が重要です。特に、多数の穴がある場合や、他の部品との嵌合が厳しい場合は、これらの公差が最終製品の品質に大きく影響します。累積公差計算の実施は、設計段階で潜在的な問題を特定し、対策を講じる上で不可欠です。

3.4 締結力の確保と信頼性

カシメナットの基本的な機能は、ねじ部を確実に保持することです。カシメ工程が十分な強度と回転防止、抜け防止性能を確保しているかを評価し、必要に応じて、振動や動的荷重に対するゆるみ止め対策(例えば、緩み止めワッシャや接着剤の併用)を講じる必要があります。

 

4. 変更プロセスの推進と現場との連携

新しい締結方法への移行を成功させるためには、設計部門と製造現場との密接な連携が不可欠です。
・ 「次工程はお客様」の意識: 設計者は、自身の設計が次工程(製造、検査、組立)に与える影響を常に意識し、「次工程はお客様」という考え方を持つべきです。
・ 現場観察の重要性と対話: 図面上の検討だけでなく、実際に加工現場に足を運び、加工担当者や生産技術者と直接対話することで、設計では見えにくい課題や改善のヒントを得ることができます。これにより、「気遣いが不足」という問題も解消されます。
・ 「目で見る管理」の活用: 製造工程の進捗や問題点を「目で見る管理」によって可視化し、関係者全員が状況を把握できるようにすることは、問題の早期発見と迅速な対策に繋がります。
・ トラブルデータの共有と活用: 過去のトラブル事例を単なる失敗としてではなく、「データ」として捉え、その原因を究明し、対策を組織的に共有・活用することが、設計者の技術力向上と再発防止に繋がります。特に、ヒューマンエラーによるトラブル防止には、良好事例と不良事例を図面集としてまとめ、設計・製図時に参照させるなどの工夫が有効です。
・ FMEA(故障モード影響解析)の実施: 新しい締結方法を導入する際には、FMEAなどの解析手法を用いて、起こりうる不具合モードとその影響を事前に評価し、対策を決定することが推奨されます。

 

5. まとめ

溶接ナットからカシメナットへの変更は、単なる部品の置き換えに留まらず、製造工程全体のコスト構造を改善し、生産性を向上させ、品質を安定させるための強力な手段となり得ます。そのためには、カシメナットの特性を深く理解した設計、適切な材料選定、そして現場との密接な連携が不可欠です。これらの要素を組み合わせることで、持続的なコストダウンと製品競争力の強化を実現できるでしょう。

 

参考文献
TPMのための設備開発と設計  後藤文夫  日本プラントメンテナンス協会  S63年
機械設計のトラブル改善事例集  機械設計 Vol.28 No.6 1984年
設計者のための考えるヒント 問題解決事例集2018  鍋屋バイテック会社

アイキャッチ画像出典:
様々な機能を持つナット 藤本産業(株)HP
特殊ネジ カスタム部品製造.com HP 太陽鉄工株式会社

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