摩擦・摩耗に強い、鋼材の熱処理・表面処理技術
摩擦・摩耗に強い、鋼材の熱処理・表面処理技術
(surface treatment technology)
Contents
0. はじめに
ものづくりの現場では、地球環境問題や、エネルギー消費の低減など、多くの課題に直面しています。
これらの課題には、CO2に代表される温室ガスの低減、排出ガス規制や、燃費改善などのためには、部品の小型化、高精度化や、高強度化が必要不可欠です。
これらのニーズの応える技術分野の一つとして、表面処理技術があります。表面処理技術は、製品や部品の寿命を左右する重要な要因であり、摩耗、疲労、および腐食の三大要素と密接に関連しています。
本コンテンツでは、各種表面硬化法を概説するとともに、摩擦・摩耗への適応するにはどの様な表面処理技術が良いかについて記述します。
1. 表面処理の方法と目的
表面処理の主な目的は、耐摩耗性、耐疲労強度、耐食性の向上です。これらの目的を達成するためには、適切な表面処理技術の選択が重要です。表面処理技術には多様な種類が存在し、それぞれが特定の目的に対して最適化されています。
耐摩耗性を向上させるためには、表面硬さを硬くすることが重要で、さらに潤滑性や凝着阻止性を有する皮膜を生成する表面処理を選択する必要があります。
また、疲労強度を向上させるためには、表面硬さを硬くするとともに、表面に残留圧縮応力を付与する表面処理を選択することが必須です。
さらに、耐食性についても、いくつかの表面処理技術を組み合わせることで、向上させることができます。
2. 表面処理の分類
表面処理技術は、大きく分けて表面焼入れ、拡散浸透、被覆、加工硬化の4つのカテゴリーに分類されます(表1)。これらの技術は、製品の性能や寿命を向上させるために工業的に広く応用されています。
具体的な処理内容に対して適用される、表面処理技術について、その概要と特性を表2 に示します。これらは、比較的古くから確立されている手法で、一部は環境性の問題から適用が減少している手法もあります。
また、これらの表面処理を組合わせることにより、より特性を向上させる複合表面処理を、表3に示します。
表1表面処理技術の分類 出典:熱処理,表面処理技術-耐摩耗処理としての酸窒化法
表2 各種表見処理法の概要と特性 出典:熱処理,表面処理技術-耐摩耗処理としての酸窒化法
表3 複合表面処理 出典:熱処理,表面処理技術-耐摩耗処理としての酸窒化法
3. 摩擦・摩耗に強い表面とは
摩擦・摩耗に強い表面を実現するためには、表面硬さの向上や摩耗抵抗の増加など、特定の特性を持つ表面層が必要です。
ただし、表面処理した部品の性能は単に相手部品と接触する最表面層の性質のみによって決まるのではありません。
表層と心部とは相互に関係し合うことを常に考慮する必要があります。
一般的には、基本構造として図4に示すような三相構造が望ましいと考えられています。
図4金属表面層の硬さ分布 出典:熱処理,表面処理技術-耐摩耗処理としての酸窒化法
(1)A層:
A層は最表面に位置し、1~数μmの極めて薄い層で、耐焼付き性の改善を目的としています。
A層に要求される性質としては、
・相手金属と固溶体を形成しないこと
・表面が平滑で、摩擦係数が小さいこと
・保油性があること
・熱伝導率が大きいこと
などが挙げられます。
そのためには、硫化物や酸化物の皮膜を形成させることなどが有効です。
(2)B層:
B層は、製品・部品が受ける負荷に耐えられるだけの強度を持つ必要があります。
B層に要求される性質は、
・硬質であること
・靭性が高く、高負荷でも塑性変形しないこと
です。
B層が軟らかいと、高負荷を受けた場合、A層は脱落してしまいます。
B層の厚さは、負荷の大きさに比例しその最大せん断応力点以上であることが必要です。
硬さ分布は、表面から内部にゆるやかな勾配を持つことが望ましいです。
(3)C層:
C層は、硬さが母材の硬さになるまでの範囲をいいます。
ここで、B層 及びC層の応力分布は、残留圧縮応力であることが必要です。
4. 摩耗の分類と対策
摩耗現象は、複雑でいろいろな要因が関わってくるので、解析は容易ではなく、対策の立案も難しいところがあります。
摩耗に起因するクレームが発生した場合、その調査にあたっては部品の表面状態をよく観察して、原因を推定することが大切です。
事故事例を体系的に収集・分類した資料は、失敗しない表面処理を選択するのに役立ちます。
摩耗現象には凝着摩耗、ころがり摩耗、ひっかき摩耗の3つの基本的なタイプがあります。
それぞれの摩耗現象に対して最適な表面処理技術を選択することが必要です。
(1)凝着摩耗:
部品の表面はどんなに滑らかな表面でも微小な突起があります。
凝着摩耗とは、そのような相対する面が相対運動すると、微小突起が材料の応力以上の応力により変形して金属凝着を起こして、何れか一方の物体が、相対する他方に移着して損耗する摩耗現象をいいます。
金属学的に考えると、相対して摺動する2つの金属が、固溶体を生成しやすい程度という問題になります。
その対策の1つとして、酸化物皮膜,硫化物皮膜、あるいは固溶体を生成しにくい金属皮膜を生成させることが検討されます。
しかし、母金属が軟質のときは、これらの被膜は脱落し易く、十分な耐摩耗性を発揮できません。
従って、硬質の母金属の上に凝着しにくく、潤滑性のある皮膜を形成する必要があります。
この対策として、浸硫窒化あるいは窒化(軟窒化)+水蒸気処理の方法があります。
凝着に対しては、摩擦係数は重要な因子であり、大きければ焼付きの原因になります。
摩擦係数は一般的に表面粗さと相関がありますので、表面粗さはできるだけ小さいことが望ましいです。
硫化物または酸化物の保護皮膜を生成した部品の凝着までの過程を考えると、まず保護皮膜の脱落が生じ、それが多くなるに従い摩擦係数が少しずつ増加していき、やがて焼付きの危険性が大きくなります。
表面処理後の面粗度は、処理前の加工工程での面粗度に大きく影響を受けます。表面処理前の面粗度は、できるだけ小さいことが望ましいです。
鋼材の各種加工法により得られる面粗度と、焼付き荷重の例を、表5に示します。面粗度が小さい方が、耐焼付き性は向上します。
表5 表面粗さと耐焼付性との関係 出典:熱処理,表面処理技術-耐摩耗処理としての酸窒化法
(2)ころがり摩耗:
繰返し荷重による表面層の疲れ破壊現象で、内部のせん断応力により塑性領域において、微小な損傷と疲労が蓄積され、表面直下内部に亀裂が発生します。その亀裂が表面まで成長して、表面層に剥離を生じさせます。
.歯車やころがり軸受に発生するピッチングやフレーキングと呼ばれる剥離現象は、ころがり摩耗による疲労現象になります。
ころがり摩耗の対策としては、材料の降伏強さを上げること、表面層に圧縮応力を付与することなどがあります。
これらには、浸炭焼入、窒化、軟窒化などの表面処理が有効で、耐摩耗というより疲れ強さを向上させる表面処理と考えられます。
また疲れ強さをより高くするための表面処理方法として、最近高濃度浸炭法や浸炭焼入後にショットピーニングを実施する方法の適用が広がりつつあります。
高濃度浸炭は、最表面に球状化した炭化物を分散析出させる処理で、表面硬さを高くするとともに、軟化抵抗を高める特性を持っています。
また、浸炭焼入後に行うショットピーニングは、浸炭焼入時最表面層に残留するオーステナイト組織をマルテンサイト組織に変態させ、表面硬さを高くすると同時に圧縮残留応力を増加させることができます。
(3)ひっかき摩耗:
相対する材料の、より硬い相手材から受けるひっかき作用による摩耗現象で、発生した硬い摩耗粉やコンタミナントなどによる、ラッピング作用もあります。
その対策としては、一般的に硬質材料を用いること、焼入れによって硬さを高めることなどが挙げられますが、摩耗時の応力や衝撃の大きさによっては、硬さをある程度犠牲にしてじん性の高い材料を用いなければならない場合があります。
焼入れ以外の表面処理としては、被覆処理、拡散析出なども有効です。
5. 各種表面硬化法
(1)高周波焼入れ
高周波焼入れは、部品の表面や特定の領域を局部的に高周波電流で急速加熱し、その後急速に冷却することで硬化させる技術です。
高周波焼入れは、表面硬さは高いですが、内部はじん性が保たれるため、耐摩耗性と耐衝撃性を同時に向上させることが可能です。
特に、歯車や軸などの、高い耐摩耗性や耐疲労性が要求される場合に適しています。
(2)浸炭焼入れ
浸炭焼入れは、高濃度の炭素雰囲気の環境下で鋼材を加熱して、表面に炭素を浸透させた後に急冷して硬化させる技術です。
この処理により、表面は硬く、内部は柔らかく保たれるため、高い耐摩耗性と適切なじん性を両立させることができます。
自動車部品や機械部品など、高い強度と耐久性が求められる用途に広く適用されています。
(3)窒化
窒化処理は、高濃度の窒素雰囲気の環境下で鋼材を加熱して、表面に硬い窒化層を形成する技術です。
この処理により、表面は非常に硬くなり、耐摩耗性、耐疲労性、耐腐食性が向上します。
また、窒化処理にはガス窒化、液体窒化、イオン窒化などの方法があり、用途に応じて選択されます。
(4)浸炭窒化
浸炭窒化は、浸炭処理と窒化処理を組み合わせた表面硬化技術で、鋼材の表面に炭素と窒素を同時に浸透させます。
浸炭窒化処理により、耐摩耗性や耐疲労性がさらに向上し、特に重荷重下での使用や高温下での使用が想定される部品に適しています。
(5)軟窒化(イソナイト処理)
軟窒化は、比較的低温で行われる窒化処理の一種です。
表面に薄い窒化層を形成し、耐摩耗性を向上させるとともに、基材のじん性を損ないません。
軟窒化処理は、耐疲労性と耐摩耗性を同時に向上させたい比較的軽負荷の部品に適しています。
材質により厚みが窒化層の厚みは変化します。過去、パーカー処理ともいわれています。
(6)酸窒化
酸窒化は、アンモニアガスに微量の酸素を添加して行う窒化処理で、表面に非常に硬い酸窒化層を形成します。
この酸窒化層は、耐摩耗性や耐疲労性に優れています。
また、処理による部品の変形が非常に少ないため、精密な部品に適しています。
さらに、酸窒化処理は耐腐食性の向上にも寄与し、自動車部品や工具など、厳しい環境下で使用される製品に広く応用されています。
(7)浸硫窒化
浸硫窒化は、窒化処理に硫黄を加えることで、表面硬化と同時に潤滑性を向上させる表面処理技術です。
硫黄は摩擦時に潤滑膜を形成し、摩擦係数を低減させるため、高荷重や高速運動が求められる部品の耐摩耗性向上に貢献します。
特に、重負荷を受ける歯車や、高速回転する軸受けなどの部品に適用されます。
(8)水蒸気処理
水蒸気処理は、水蒸気の雰囲気中で鉄鋼材料を加熱することにより、表面に鉄の酸化物であるFe3O4を形成する技術です。
この酸化物層は、耐摩耗性と耐腐食性を同時に向上させ、特に腐食環境下で使用される部品の寿命延長に効果的です。
水蒸気処理によって形成される酸化皮膜は、耐熱性にも優れているため、高温下での使用が想定される部品にも適しています。
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参考文献
熱処理,表面処理技術-耐摩耗処理としての酸窒化法 鈴木健司 油圧と空気圧Vol.27No.2 平成8年3月
引用図表
表1表面処理技術の分類 出典:熱処理,表面処理技術-耐摩耗処理としての酸窒化法
表2各種表見処理法の概要と特性 出典:熱処理,表面処理技術-耐摩耗処理としての酸窒化法
表3複合表面処理 出典:熱処理,表面処理技術-耐摩耗処理としての酸窒化法
図4金属表面層の硬さ分布 出典:熱処理,表面処理技術-耐摩耗処理としての酸窒化法
表5 表面粗さと耐焼付性との関係 出典:熱処理,表面処理技術-耐摩耗処理としての酸窒化法
ORG:2024/04/11