13.2 下地処理

13.2 下地処理(surface treatment)

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本項では、工業製品の塗装を対象に考えて、金属面の塗装を中心に記述します。

 

1.下地処理とは

被塗装物表面に油脂や錆が残っていると、塗装時に塗料の濡れが悪くなり、塗装欠陥をおこします。そこで、被塗装物の表面を塗装可能な状態にすること、すなわち塗料が均一に被塗装物の表面に塗れ広がるように、その表面を清浄にすることが塗装工程の最初です。この作業が下地処理であり、素地調整や前処理ともいいます。

金属の下地処理方法について、概要を表13.2.1 に示します。基本的には、脱脂、錆取り、化成皮膜処理が被塗装物の種類や塗装の要求レベルにより組み合わせて実施されます。

表13.2.1 金属の下地処理方法

 

2.脱脂

各種金属に用いられます。塗装前の脱脂によく使われるのはアルカリ脱脂と溶剤による脱脂です。

2.1 アルカリ脱脂

水酸化ナトリウムなどのアルカリビルダーや、工業用水に含まれる高硬度成分や電解質を捕捉して界面活性剤の作用を安定化させるキレート剤、界面活性剤、消泡剤などからなるアルカリ脱脂剤を用いて、金属表面に付着した油脂類や金属粉を除去します。

(1)脱脂方法

塗装前処理としてのアルカリ脱脂の方法は、スプレー洗浄および、浸漬洗浄、電解脱脂に大きく分類されます。それぞれの脱脂方法の特徴について表13.2.2 に示します。

表13.2.2 各種脱脂方法の特徴

 

1)スプレー脱脂

スプレー脱脂は、家電商品や鋼製家具、建材などの塗装金属材料の塗装前処理に用いられます。

スプレー圧を利用するので、洗浄性能が高く脱脂ライン長を短縮できます。一方、スプレー液が届かない構造内面には脱脂液を接触させることができないため、様々な方向から噴霧できるように設備的な対策を必要とします。また、スプレー吐出時は空気の巻き込みがあるので発泡に注意が必要です。

適正なアルカリビルダーは、水酸化ナトリウム、炭酸塩、リン酸塩などです。

 

2)浸漬脱脂

浸漬脱脂は、複雑な構造物でも浸漬時に全体に脱脂液が入り込んで、構造物の内部まで洗浄が可能です。自動車のホワイトボディのような複雑な構造材料の場合には浸漬洗浄と外面を洗浄するスプレー脱脂法と組み合わせて使用されています。短所は処理時間が2~5分間と、比較的長い処理時間を必要とする点です。

適正なアルカリビルダーは、ケイ酸塩、水酸化ナトリウム、炭酸塩です。従来は、リン酸塩とケイ酸塩とを主成分としていましたが、環境への配慮からリン酸塩の使用は減少しています。

 

3)電解脱脂

電解脱脂は、水が電気分解する際に発生する水素や酸素による撹拌効果や、電解による酸化・還元作用を利用します。電解脱脂には、陽極電解法および、陰極電解法、これらの組み合わせのPR(Periodic Reversal Cleaning) 電解法があります。

脱脂対象品を陰極または陽極にして通電した場合に、それぞれ水素や酸素を発生します。

陰極:    (式13.2.1)

陽極:    (式13.2.2)

陰極電解脱脂の場合、通電量が同じならば水素ガスの発生量は酸素ガスの発生量の2倍になるので洗浄効果が高くなります。また、水酸化イオン(OH-)により金属界面のpHが上昇するので油脂分の酸化が促進されること、水素の存在により錆の分解効果が期待できます。しかし、水素ガスの発生時に原子状水素が金属に侵入して水素脆性の原因になる可能性があること、金属イオンが溶解している場合、溶解している金属イオンが電解析出する可能性に留意する必要があります。

陽極電解脱脂の場合、陰極酸化で懸念される水素脆性や浴中の金属イオン析出は無いこと、素材金属が溶解する際に金属材料の表面に形成されたスマットも同時に剥離除去できる特徴があります。一方、一部の金属は溶解反応が促進されて、金属材料表面の粗面化に注意する必要があります。また、処理時間が長くなると陽極酸化によって酸化皮膜が形成され、後工程で酸洗浄などを行い皮膜の除去が必要になります.

PR電解脱脂は、陰極電解脱脂と陽極電解脱脂とを交互に繰り返します。洗浄効果が高く、かつスマットや錆の除去と表面洗浄との両方が可能であることより、広く採用されていますが、装置が大型化してしまいます。

電解洗浄を行う場合、金属材料表面に油膜が付着した部分と金属が露出した部分とが混在している場合、油膜部分が抵抗になり、電流が不均一に付加されるため仕上がりムラになる懸念があります。そのため浸漬脱脂と同様に、初期の脱脂性能を向上させるため、アルカリビルダーや、キレート剤、界面活性剤の添加が併用される場合が多いです。

 

2.2 溶剤脱脂

白灯油やホワイトガソリンなどの炭化水素系洗浄剤や、塩化エチレンなどの塩素系洗浄剤を、浸漬や溶剤蒸気により洗浄します。毒性が少ない炭化水素系洗浄剤ではスプレー吹付による使用も可能です。

比較的簡易的に使用できる方法で、特に炭化水素系洗浄剤は製品塗装前の脱脂に金属表面にスプレーで吹き付けて使用される場合が多いです。また、溶剤脱脂では、完全な汚れや油脂の除去は難しいです。

また、過去には1.1.1-トリクロロエタンが塩素系洗浄剤の中では毒性も低く洗浄力にも優れており多量に使用されていましたが、オゾン層破壊物質として使用禁止になりました。

 

3.除錆

主として、鉄鋼に使用されます。物理的除錆と化学的除錆(酸洗い)とに大別されます。

3.1 物理的除錆

物理的除錆とは、ショットブラストやグライダーなどの工具を用いて物理的に金属(主として鉄鋼)表面の錆取りする方法をいいます。日本国内では従来からケレン処理が知られていますが、最近は米国鋼構造物塗装協会が規定するSSPC処理で要求されることも多くなっています。また、スウェーデン規格としてSIS 055900も工具研磨及びブラスト処理について規定された規格として有名です。

(1)ケレン

ケレンとは塗装工事、さび落としや旧塗膜の除去などを行うことを言います。にケレン処理は、1種から4種までの4つの種別に分類されます。それぞれ除錆方法が規定されています。また、ケレンはクリーンがなまって変化したものといわれています。

・1種ケレン

ブラスト法と酸洗とが規定されています。

ショットブラストや酸洗により、黒皮や、錆、旧塗膜を完全に除去して、正常な金属面を露出させ灰白色(ホワイトメタル)に仕上げます。

・2種ケレン

動力工具(ディスクサンダ、ワイヤホイルなど)を用いて、錆や旧塗膜を除去して、鋼面を露出させます。ただし、くぼみ部分や狭隘部分には錆や旧塗膜が残る場合があります。

・3種ケレン

手工具(スクレーパ、ワイヤブラシなど)と動力工具とを併用して、工具を全面に当てて、劣化した塗料を除去し、発錆部は錆を除去して鋼面を露出させます。ただし、劣化していない塗膜(活膜)は残します。

・4種ケレン

手工具により、粉化物および汚れを除去して清浄にします。活膜は残します。

 

(2)SSPC

下地処理の分類や規定として、最近よく用いられるようになったのが、SSPC規格です。これは、米国鋼構造物塗装協会により示された規格です。

SSPCの下地処理規格は、仕上げ方法により9段階に分けられます。 表13.2.3にその概要を示します。

表13.2.3 SSPC下地処理規格

 

3.2 化学的除錆(酸洗い)

化学的除錆は、硫酸や塩酸、リン酸などを使用する酸洗処理が一般的に用いられます。塩酸、硫酸などの強酸は低価格なので多く使用されています。

工程は、脱脂、酸洗い、後処理の順に行われるのが一般的ですが、油脂分が付着していない製品に対しては、脱脂工程を経ないで直ちに酸洗いする場合もあります。

酸洗いは、酸洗浴に浸漬して行われるのが普通ですが、酸液を吹き付ける方法もあります。酸液中の酸と鉄イオンの濃度や温度の管理が必要です。また、金属表面の腐食を防止するために酸洗用インヒビターを添加する必要があります。

後処理工程は、中和・洗浄工程になります。金属表面に酸や中和により生じた塩類が残留すると、塗膜に著しい悪影響を及ぼすので、中和処理後の水洗い洗浄は完全に実施する必要があります。

リン酸による除錆は、強酸と比較してスケール除去速度が遅く、酸自体も高価であるが、塗装下地としては強酸よりも良好な素地を作ります。浸漬用、刷毛塗り用、吹付用などの薬剤がありますが、いずれも鋼材表面にごく薄いリン酸鉄の皮膜を生じます。塗装下地としては良好ですが、処理後十分に水洗しないと、鋼材表面に残存する未反応のリン酸や界面活性剤により塗膜ふくれの塗装欠陥の原因になります。

 

4.化成皮膜処理

化学的下地処理方法として、化成処理により金属表面に皮膜を形成させて塗装の付着性を向上させる方法があります。

本項では、鉄鋼材・複合材によく用いられるリン酸塩化成処理と、近年アルミニウムと鋼材の複合化自動車のホワイトボディの塗装前処理として、陽極酸化処理の一つとしてジルコニウム処理について述べます。

4.1 リン酸塩化成処理

リン酸塩化成処理は、金属面にリン酸塩の細かい結晶からなる皮膜を形成して、防錆と塗膜の付着に効果があります。

リン酸塩化成処理は、亜鉛、マンガン、鉄などのリン酸塩を主成分としており、これに遊離リン酸、促進剤などを添加しています。ここでは、もっともよく適用されているリン酸亜鉛処理についてみていきましょう。

リン酸亜鉛処理水溶液では、以下のように3段階の化学平衡式が成立しています。

   (式13.2.3)

   (式13.2.4)

 

   (式13.2.5)

 

ここで

 : 第一リン酸亜鉛(可溶性)

 : 第二リン酸亜鉛(可溶性もしくは難溶性)

 : 第三リン酸亜鉛(難溶性)

 : リン酸

第三リン酸亜鉛は難溶性なので、遊離リン酸濃度が低ければ平衡は右辺側に進行します。金属表面近くでは金属が溶解しているため、遊離リン酸の濃度は低くなる傾向があるので、金属表面に第三リン酸亜鉛皮膜が沈積します。塗装用下地としては5μm程度の薄膜が多く利用されています。

リン酸鉄皮膜の場合は、耐食性はリン酸亜鉛皮膜と比較すると若干悪くなりますが、膜厚が0.5μm程度であり付着性にも優れているので、リン酸亜鉛処理と同様によく使われています。

 

4.2 ジルコニウム塩処理

ジルコニウム塩処理は、1970年代より飲用アルミ缶の塗装下地処理として適用されてきた酸化ジルコニウム(ZrO2)皮膜を生成させる処理法です。リン酸塩化成処理におけるスラッジ量の多さや重金属による環境汚染の懸念などから、2000年代半ばから鉄鋼とアルミニウム製品との組立体である、自動車のホワイトボディの化成皮膜処理として代替が進み、実績を積んできました。

酸化ジルコニウム皮膜は、数十nm程度で、非常に薄いのも関わらず、皮膜が均質で金属表面を完全に被覆することが可能なのである程度の耐食性が期待できます。ただし、リン酸亜鉛皮膜に匹敵する耐食性は難しいと考えられます。また、膜厚が非常に薄く、皮膜の表面が非常に平滑であることより、リン酸亜鉛処理皮膜に認められる、アンカー効果による強固な塗膜密着性を期待するのは難しいといわれています。

 

 

 

参考文献
トコトンやさしい塗料の本 中道俊彦/坪田実   日刊工業新聞社
塗装前処理における脱脂工程について  小崎匠   表面技術 Vol.69No.9 2018
化学装置外面の塗装とその管理(腐食講座(18))  PETROTECH 第5巻 第11号 1982

 

引用図表
表13.2.1 金属の下地処理方法   参考:トコトンやさしい塗料の本
表13.2.2 各種脱脂方法の特徴   塗装前処理における脱脂工程について
表13.2.3 SSPC下地処理規格   化学装置外面の塗装とその管理

ORG:2019/10/23