オーステンパ

オーステンパ(Austempering)

 

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0. はじめに

オーステンパは、鋼材の熱処理の一種で、硬さとじん性とをバランスよく向上させるために行われる重要な熱処理方法です。特に、機械部品や構造材料として使用される鋼材の強度と耐摩耗性を向上させるために広く用いられています。この方法は、鋼材をベイナイト結晶構造に変態させて、硬さとじん性とのバランスがとれた機械的特性が得られます。

 

1. オーステンパ実施手順

オーステンパの具体的手順は、鋼材の種類や要求される機械的特性に応じて異なりますが、一般的なプロセスは次の通りです。オーステナイト化後、オーステンパ処理温度まで急冷、オーステンパ処理温度での保持、その後冷却します(図1)。

(1)オーステナイト化:

鋼材をオーステナイト化温度まで加熱します。オーステナイト化温度は、一般的に800 〜 900℃で、鋼材の炭素含有量や合金成分によって変動します。この高温に到達することで、鋼材内のフェライトとパーライトがオーステナイト構造に変態します。オーステナイト化に必要な時間は、鋼材の厚みや形状によっても異なりますが、通常は数分から数十分です。オーステンパ処理は、中炭素鋼や低合金鋼に適用されるので、過度の保持時間は不要です。この段階で、均一なオーステナイト構造を得ることで、後の処理で高い機械的特性を得られます。

(2)保持:

オーステナイト化が完了したら、ワーク全体が同じ温度になるように一定時間保持します。この保持時間も鋼材の種類や目的に応じて調整されます。その際、若干の温度低下(100℃程度)は許容されます。

(3)塩浴または油浴による急冷:

オーステナイト化後、鋼材を急冷せずに約250 〜 400℃の特定の温度帯(オーステンパ処理温度)に素早く移動します。この温度帯は、ベイナイトが形成される温度範囲であり、安定した温度環境が必要です。この目的のため、溶融塩浴や油浴といった加熱浴槽が使用されます。この浴槽は、一定温度を維持する機能が備わっており、鋼材が徐々に冷却されながら、オーステナイトからベイナイトに変態するように設計されています。なお、浴槽の温度管理はオーステンパ処理の最も重要なポイントの一つです。処理温度がわずかに異なるだけでも最終的な機械的特性に大きな影響を与える可能性があります。

(4)変態保持時間の管理:

次に、浴槽内で鋼材を一定の時間保持します。保持時間は、鋼材の種類や要求される特性によって異なりますが、通常は30分から数時間です。この保持時間中に、オーステナイトがベイナイトに変態し、硬さとじん性のバランスが取れた特性を持つようになります。この段階での保持時間が不足すると、未変態のオーステナイトが残り、希望する機械的特性が得られません。また、過度の保持時間は脆さを引き起こすことがあるため、厳密な管理が必要です。

(5)空冷または油冷:

ベイナイト構造が形成された後、鋼材を浴槽から取り出し、空冷または油冷によって室温まで冷却します。この最終的な冷却は、急激な温度変化を避けるために行われ、鋼材に余計な内部応力を与えないようにするためです。空冷が一般的ですが、状況によっては、温度管理がしやすい油冷が選ばれる場合もあります。

(6)検査と仕上げ:

冷却が完了した鋼材は、所定の機械的特性が得られているかどうかを確認するために硬さ試験やシャルピー試験などのじん性試験を行います。オーステンパ処理後の鋼材は、均一な硬さとじん性とが期待されるため、これらの特性が基準値を満たしているかを確認します。また、仕上げとして、表面の酸化膜やスケールを除去するための研磨や洗浄が行われることもあります。

オーステンパは、鋼材に求められる特性を引き出すために、温度と時間の管理が極めて重要です。特に溶融塩浴や油浴を用いた特定温度範囲での保持は、鋼材のじん性と耐摩耗性を得るための重要な要因となります。

図1オーステンパの作業手順  出典:鋼・熱処理アラカルト

 

2. オーステンパの長所と短所

(1)オーステンパの長所:

オーステンパ処理は、通常の焼入れ焼戻し処理と比較して、以下のような長所があります。
 ・ 硬さの向上: ベイナイト組織は、マルテンサイト組織ほど硬さが高くないですが、じん性は改善されるため、破壊が起こりにくくなります。

 ・じん性の改善: ベイナイト組織は、一般的な焼入れ焼戻し処理に比べ、じん性が大幅に向上するため、外部からの衝撃や負荷に対して強い抵抗力を示します。

 ・耐摩耗性の強化:摩耗に対しても耐性が高いため、産業機械の部品や工具など、耐久性が求められる分野に適しています。

 ・耐疲労性の向上: オーステンパ処理によって、曲げ疲労強度が向上することが報告されています。

 ・寸法変化とひずみの抑制: オーステナイトからベイナイトへの変態に伴う体積変化は、オーステナイトからマルテンサイトへの変態に伴う体積変化よりも小さいため、オーステンパ処理により、寸法変化やひずみを抑制することができます。

 

(2)オーステンパの短所:

オーステンパ処理は、通常の焼入れ焼戻し処理と比較して、以下のような短所があります。

 ・適用可能な鋼種と断面厚さに制限がある: オーステンパ処理に適した鋼種は、オーステナイト組織からベイナイト組織への変態が比較的容易に起こる鋼種に限られます。具体的には、おおむね炭素量が0.6wt%以上の炭素鋼及び低合金鋼が適しています。低炭素鋼の場合は完全な等温変態をさせることができない。一方高合金鋼は等温変態にかかる時間が非常に長く、通常の焼入れ焼き戻し組織と比較して機械的性質が劣るので、オーステンパ処理に適しません。
また、適用できる断面厚さも、ベイナイト変態を完全に行うためには厚さ制限があります。一般的には、5mm以下に制限されます。

 ・処理時間が長い: オーステンパ処理は、オーステナイトがベイナイトに変態するまで、オーステンパ処理温度に保持する必要があるため、焼入れ焼戻し処理よりも処理時間が長くなります。

 ・ランニングコストが高い: オーステンパ処理は、通常は溶融塩浴が多く使用されますが、焼入れ油と比較するとコストが高く、維持管理の費用がかかります。

 

3. オーステンパの適用例:

肉厚部品への適用は難しいので、比較的線径の細いばねや、ワッシャなどに適用されます。また、球状黒鉛鋳鉄等に使用されます。

 

 

参考文献
STEEL HEAT TREATMENT HANDBOOK Second Edition METALLURGY AND TECHNOLOGIES 2007年
鋼・熱処理アラカルト  大和久重雄  日刊工業新聞社 S53年

図表
図1オーステンパの作業  出典:鋼・熱処理アラカルト

ORG:2024/11/19