金属破面の除錆方法:文献紹介

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金属破面の除錆方法(Rust removal method for metal fracture surfaces):文献紹介

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1.金属破面の除錆

プラント事故などで破壊した部材の破面を解析するフラクトグラフィは、事故原因を解析するための有力な情報が得られます。ただ、破壊の過程で部材はしばしば腐食環境に置かれます。そのために、フラクトグラフィで観察する破面は腐食による錆の発生やスケールの付着が生じている可能性があります。これらは、破損の原因や破損機構の解析を著しく困難にします。

別のコンテンツでも述べましたが、破面観察をするために破面に生成した錆を除去することにより、本来の破面を露出させることが重要です。この除錆方法について、少し古いですがまとまった文献を見つけましたので、その概要を紹介しようと思います。

 

2.破面除錆法の種類と概略

破面から錆を除去する方法としては、機械的による除去と、溶液による除去とに大別されます。溶液による除去は、さらに溶液の性質により、酸溶液、アルカリ溶液、中性溶液の3種類に分類されます。

2.1 機械的除去
(1)ブランクレプリカ法

破面に酢酸メチルを少量滴下して湿らせた後揮発しないうちに、アセチルセルロースフィルムを貼り付けて剥ぎ取ることで錆やスケールを機械的に除去する方法です。除去対象の状態に応じて数回繰り返すこともあります。この方法はごく薄い錆や少量の付着スケールの除去が可能です。

赤錆(Fe(OH)3 , FeCO3)のように密着性の悪い錆には有効ですが、黒錆(Fe3O4)のように密着性の良い錆については必ずしも有効ではありません。通常は、酸洗などの他の除錆法を実施した後に適用されることが多いです。

(2)超音波洗浄法

超音波洗浄は単独で用いる場合、破面を痛めにくい方法と言われます。言い換えれば効果が弱いです。一般的には、除錆剤に浸漬して超音波洗浄で除錆効果を加速させるのに用いられることが多いです。ただし、この場合は錆皮膜の破壊の際に破面にキャビテーションによる損傷を生じることがあります。

これは、管理人も経験しました。熱処理不良で破壊した破面に高温酸化による黒錆が付着した観察品の除錆の際、チオグリコール酸塩系の中性除錆剤を使用して除錆を試みた際、除錆液だけではうまく除去できなかったので、除錆液に浸漬して超音波洗浄を付加したのですが、時間管理がうまくいかず、黒錆の剥離は大部分の破面で出来たのですが、破面そのものも損傷してしまい、あまり良い観察結果は得られなかったことを記憶しています。
界面活性剤を入れた温水で長時間洗浄すると比較的良好な結果を得ることがあります。これについても、ある洗浄時間を超えると、やはりピットが出来てしまいました。

(3)陰極電解法

電解質(例えば、1%H2SO4水溶液+インヒビタ(イビット600)、またNaCl;500g+NaOH;500g+H2O(全量で5000cc、などでともに15V,4A/cm2,1~30sec)中で水素を発生させて、そのガス圧で除錆します。ほかの機械的除去方法と併用する場合が多いです。

 

2.2 酸洗法
(1)3%HClアルコール

最も簡便な除錆法です。ただし、浸漬時間が長くなると孔食を生じます。

(2)3%HClアルコール+インヒビタ(イビット600)

鋼やAlの除錆が可能です。

(3)0.5~1%HClアセトン溶液

厚いスケールの除去に適用されます。

(4)6mol/l(20wt%)塩酸アルコール溶液+2g/lヘキサメチレンテトラミン水溶液

1~10分の浸漬、惜しくは、5~30分超音波洗浄で個性ができます。

(5)10%H2SO4水溶液+インヒビタ(ネオレスチン)(+超音波洗浄)

10%硫酸水溶液のみでも除錆効果は良好です。インヒビタを添加することによりブランクが少なく破面をほとんど痛めないで錆が除去できます。

(6)ETA(Ethylene diamine tetra-Acetic Acid Disodium Salt)0.1~0.2wt%水溶液

低合金鋼、ステンレス鋼、Al合金、Tiなど、ほとんどの鋼種で除錆可能な比較的強力な防錆剤です。処理時間が10~30分以上でエッチピットを生じることがあります。特に低合金鋼では注意しなければならないです。

(7)50%クエン酸水溶液+50%クエン酸アンモニア

鋼の軽微なスケールの除去に用いられブランクは少ない。

(8)5%クエン酸アンモニウム(60分超音波洗浄)

(7)と同様です。

 
2.3 アルカリ溶液中での除錆
(1)5%NaOH水溶液(60分超音波洗浄)

除錆率は低い。

(2)アンモニア水溶液+ブランクレプリカ

黄銅破面に用いると、比較的良好な結果を得る場合があるといわれています。ただし、黒色皮膜を生じるので注意が必要です。

(3)アルカリ+青化物

詳細不明

 

2.4 中性除錆剤
(1)シュンマ(商品名;主剤チオグリコール酸塩、pH7)

チオグリコール酸塩と金属酸化物との溶解度が高い錯塩を生じさせて除錆します。鋼、ステンレス鋼など、広範囲の鋼の除錆が可能です。破面もほとんど損耗しないといわれています。

管理人も、シュンマではないですが、チオグリコール酸塩の除錆剤を、黒錆が付着した破面に適用したことがあります。初めての実施なので時間設定等で手さぐりで行ったのですが、長く浸漬しすぎたのか錆は除去できましたが、その下の破面も少し腐食したのかSEMで観察しても、ぼやけた状態で正確な判断が出来なかった記憶があります(そのときは、破損に至った経緯等をヒアリングして破損原因を特定しましたが。)。

 

3.破面除錆例

破面の除錆方法は前項で示したようにいろいろありますが、一般的にそれぞれの除錆法を30分以上行っても効果が無い場合、他の方法を検討した方が良いです。また、超音波洗浄についても過度に行うと経綿を痛める可能性があります。破面の状態を観察しながら徐々に行うようにして下さい。

3.1 炭素鋼・低合金鋼
(1)10%H2SO4水溶液+0.5%ネオスチレン水溶液,超音波洗浄(5~15分、常温(70~80℃でも可))

1.高張力鋼WT80Cを、H2S500ppm水溶液中に7日間浸漬(σ ≧ 0.6σY)後、付着した硫化鉄を除錆して、その腐食減量の測定結果を図1に示します。

除錆後、長期間浸漬しても腐食が進行せずほとんど減量しない、優れた除錆法です。

図1 WT80Cの10%H2SO4水溶液+0.5%ネオスチレン水溶液(80~90℃)中での減量

2. 炭素鋼の腐食疲労破面(pH13、人工海水+NaOH滴下;70cc/min、Nf=2.14 x 10^6、 300min-1)を、10%H2SO4水溶液+0.5%ネオスチレン水溶液(25℃)、超音波洗浄30分の条件で除錆した結果を図2に示します。錆が除去され破面が観察できるようになっています。

図2 炭素鋼の人工海水中での腐食疲労破面の除錆例

(2)0.1~0.2wt%ETA水溶液

処理時間が10~30分以上でピッチングや組織の腐食を生じます。時間管理が重要です。

1. SN440の海上・大気中での過負荷破壊破面の除錆結果を図3に示します。除錆後も脆性破面は認められますが、破面の腐食はかなり進行しています。

図3 SCM440の過負荷破壊破面の除錆例

2. S25Cの60ppm/SO4 2- イオンを含む88℃水溶液中での疲労破壊破面の除錆結果を、図4に示します。処理時間が10分の場合は経綿にストライエーション様の模様が認められますが、処理時間が30分になると、腐食が著しく金属自身のパーライト組織が現れてしまいます。

図4 S25Cの60ppm/SO4 2- イオンを含む88℃水溶液中での疲労破壊破面の除錆例 

3. 耐熱鋼H53(10Cr-Co-Mo-W)のC重油燃焼ガス中で発生した疲労破面の除錆例を図5に示します。除錆効果はあるが、ストライエーションが不明瞭になっています(除錆時の温度・時間は不明)。

図5 耐熱鋼H53のC重油燃焼ガス中疲労破面の除錆例

4. クロム鋼焼き戻しぜい性破壊の最終破断面の除錆例で、除錆処理時間を長すぎたためエッチピットを生じた例を、図6に示します。処理時間が長すぎたためぜい性破面を観察できなくなっています。

図6 Cr鋼ぜい性破面の除錆時間が過多になったためピットが生じた例

 

(3)HCl水溶液+インヒビタ

1. 12Cr-Mo-W-V鋼の疲労破面でおおよそ12μmのスケールが付着していた鋼の除錆例を図7に示します。10%HCl水溶液に+イビットで約10分間処理したものです。高応力域(c)ではストライエーション様の模様が明瞭に観察されます。ただし、スケール厚みが厚く、ストライエーションがそのまま保持されていたと考えるよりは、ストライエーション生成時のすべり線の腐食の可能性もあります。したがって、き裂進展速度を定量的に評価する場合は注意が必要です。

一般に、耐食性に優れた合金鋼では除錆による破面の損傷が小さい可能性が大きく、破壊現象の情報が残されていることも多いです。

図7 12Cr-Mo-W-V合金鋼の疲労破面の除錆例 

2. 鉄道車両部品の疲労破面を0.2%HCl水溶液(60℃)に数秒間浸漬した後ブランクレプリカで除錆した例を図8に示します。き裂発生点近傍ではスケールによる破面の損傷が激しいですが、き裂伝播域ではストライエーション様の模様が観察できます。ただし、ストライエーションが生成する際のすべり線の腐食の可能性もあります。

図8 鉄道用車両部品の疲労破面の除錆例

(4)シュンマ

SM41材の低温ぜい性破面に蒸留水中(通気)で発錆させたものを、シュンマ50%メチルアルコールに30分浸漬して除錆したものを図9に示します。

ティアリッジが若干不明瞭になっていますがほとんど腐食されていません。また、水中に8時間浸漬してスケールを付着させた後、シュンマで除錆したものに組織の腐食が観察されます。これはシュンマによる腐食ではなく水中腐食で生じたと推定されます。

シュンマは還元性除錆剤で、長時間浸漬しても破面を痛めることは少ないといわれています。

管理人も、シュンマではないですが同系統のチオグリコール酸塩を主剤とする除錆剤を使ったことがあります。焼き戻し割れ時に発生した破面で酸化スケールが付着したものでした。除錆剤に浸漬して紫色に液が変化したのですが、もう少しのところで除去しきれていないように観察されたので、その後界面活性剤の水溶液中で超音波洗浄をしました。超音波洗浄の時間が長すぎたみたいで、錆は取れましたがチオグリコール酸塩浸漬ですでに錆を除去できていた面に細かなピットが開いてしまい残念な結果になりました。

確かにシュンマ自体は、破面をあまり傷めずにスケールを除去できると考えます。軟らかい材料に超音波洗浄は慎重に行う必要があるとの良い教訓を得たお話でした。

図9 SM41低温ぜい性破面の除錆例

3.2 オーステナイト系ステンレス鋼
(1)0.1~0.2wt%ETA水溶液

SUS304鋼のC重油排ガス中において生成した疲労破面の除錆結果を図10に示します。除錆速度は比較的遅く10分間ではスケールがかなり残存し、30分以上除錆を続けても破面の損傷は認められません。ただし、元の腐食状態がひどく、ストライエーションはほとんど観察されません。

ETA水溶液は、除錆効果が比較的強力なので、普通鋼材などでは注意が必要ですが耐食鋼などでは破面をあまり傷めないので、優れた除錆剤といえます。


図10 SUS304鋼のC重油ガスによる疲労破面の除錆例

(2) 界面活性剤(60℃)+超音波洗浄60分

SUS304鋼のポリチオン酸による応力腐食割れ(SCC)の除錆例を図11に示します。除錆前は表面全体に赤錆が付着していたのが、錆の密着性が悪いため非常にきれいに除錆できたものです。明瞭な粒界割れが観察されます。

この方法は界面活性剤がクッションの役目をするものと考えられ超音波のエネルギーに対してクッション効果があると推定されます

図11 SUS304鋼のポリチオン酸による応力腐食割れの除錆例

 

3.3 アルミニウム合金
(1)0.1~0.2wt%ETA水溶液

Al合金鋳物(AC3A-F)の水蒸気中での疲労破面の除錆例を図12に示します。おおよそ10分間の浸漬でスケールは除去され破面の損傷もほとんどありません。

図12 Al合金鋳物(AC3A-F)の水蒸気中での疲労破面の除錆例

 

3.4 アルミニウム黄銅
(1)0.1~0.2wt%ETA水溶液

アルミニウム黄銅のアンモニアによる応力腐食割れ破面の除錆例を図13に示します。おおよそ10分でスケールは除去され、破面の損傷は少ないようです。除錆した破面には応力腐食割れに観察されるステップ様の流れ模様的なパターンが観察されます。

一般に黄銅はアンモニア中で”tarnish” と呼ばれる比較的強固な黒皮皮膜を生じます。

図13 アルミニウム黄銅のアンモニア中での応力腐食割れ破面の除錆例

 
3.5 純Ti
(1)0.1~0.2wt%ETA水溶液

1.純チタンの酢酸水溶液(141℃)+Air 中で応力腐食割れを起こした破面の除錆効果を図14に示します。おおよそ10分でスケールは除去されます。破面は粒界破面と粒内破面とが混合しているように観察されます。除錆効果は優れていると考えられます。

図14 純チタンの酢酸水溶液+Air中での応力腐食割れ破面の除錆例

 

4. 各種除錆方法の比較と適用範囲

4.1 炭素鋼。低合金鋼

比較的耐食性が低くよりマイルドな除錆法が推奨されます。

(1)酸洗法を利用する場合はインヒビタを併用することが望ましいです。例えば10%H2SO4水溶液+1%ネオレスチンや3~10%HClアルコール溶液+イビットなどを、2.2項で示しました。インヒビタを併用しない場合やETAを使用する場合は、除錆速度は早くなりますが腐食を生じることがあります。

(2)中性除錆剤として、2.4項に示したシュンマは除錆速度が比較的早く破面の損傷もほとんどないようです。適用範囲も広く簡便な方法といえます。

 

4.2 耐蝕性の高い金属(ステンレス鋼、Ti、Al合金など)

炭素鋼と比較して、より強力な除錆法が要求されます。

(1)0.1~0.2wt%ETA水溶液

地金のマトリクスが耐食性を有しており、比較的長い時間浸漬しても破面の傷みは少なく、またアルミニウム黄銅のように破面に“tarnish” を生じるものについても除去が可能です。

 

4.3 その他

本文献では、詳細が不明ということで記載はないが、USでは重腐食した破面の除錆に ”ENDOX 214” を使用する文献が数多く”ASTM Designation: E3 Standard Guide for Preparation of Metallographic Specimens ” にも標準的な除錆法として記載されています。ただし、取扱には注意が必要なようで、主成分はシアン化ナトリウムとされています。もう少し詳しい内容がわかれば後日追記します。

 

 

 

 

参考文献
各種金属破面の錆取り技術について  向井喜彦、村田雅人 「材料」 Vol.36, No.404 S62

 

引用図表
図1 WT80Cの10%H2SO4水溶液+0.5%ネオスチレン水溶液(80~90℃)中での減量   「材料」 Vol.36, No.404 S62
図2 炭素鋼の人工海水中での腐食疲労破面の除錆例   「材料」 Vol.36, No.404 S62
図3 SCM440の過負荷破壊破面の除錆例   「材料」 Vol.36, No.404 S62
図4 S25Cの60ppm/SO4 2- イオンを含む88℃水溶液中での疲労破壊破面の除錆例   「材料」 Vol.36, No.404 S62
図5 耐熱鋼H53のC重油燃焼ガス中疲労破面の除錆例   「材料」 Vol.36, No.404 S62
図6 Cr鋼ぜい性破面の除錆時間が過多になったためピットが生じた例   「材料」 Vol.36, No.404 S62
図7 12Cr-Mo-W-V合金鋼の疲労破面の除錆例   「材料」 Vol.36, No.404 S62
図8 鉄道用車両部品の疲労破面の除錆例   「材料」 Vol.36, No.404 S62
図9 SM41低温ぜい性破面の除錆例   「材料」 Vol.36, No.404 S62
図10 SUS304鋼のC重油ガスによる疲労破面の除錆例   「材料」 Vol.36, No.404 S62
図11 SUS304鋼のポリチオン酸による応力腐食割れの除錆例   「材料」 Vol.36, No.404 S62
図12 Al合金鋳物(AC3A-F)の水蒸気中での疲労破面の除錆例   「材料」 Vol.36, No.404 S62
図13 アルミニウム黄銅のアンモニア中での応力腐食割れ破面の除錆例   「材料」 Vol.36, No.404 S62
図14 純チタンの酢酸水溶液+Air中での応力腐食割れ破面の除錆例   「材料」 Vol.36, No.404 S62

 

ORG:2020/10/09