4. サブゼロ処理(JIS記号;HSZ)

4. サブゼロ処理(JIS記号;HSZ)(subzero cryogenic treatment)

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サブゼロ処理は、英語の”subzero cryogenic treatment”に相当しますが、”subzero” という意味は、”sub”が「以下」、”zero” が「0℃」です。すなわち、0℃以下の温度で熱処理することを意味します。また、深冷処理ともいいます。

 

1.目的

サブゼロ処理を施すと、置狂い(時効変形)を防止して、硬さを増加させ、耐摩耗性が著しく向上します。工具鋼や浸炭部品に適用されることが多いです。サブゼロ処理を施すと、焼き入れにより生じた残留オーステナイト(γR ; 通常15 ~ 30 vol%含まれます)が、マルテンサイトに変態し、おおよそ5 vol%程度まで減少します。この程度の残留オーステナイトはかえって耐衝撃性に対して好ましいといわれています。

上にも述べましたが、残留オーステナイトを減らすことにより以下の効果が期待できます。

1)硬さの増加およびそれにより耐摩耗性の向上

2)完成部品の寸法安定性の向上

3)研削時、亀裂発生に対する感受性の改善

 

サブゼロ処理を焼入れ直後に行うとサブゼロクラック(subzero crack)という割れが生じます。これは、焼入れによるストレスと残留オーステナイトのマルテンサイト化によるストレスが重なって焼割れと同じようなクラックを生じる現象です。小型の部品ではストレスが少ないのでサブゼロクラックは生じにくいですが、大型部品や厚肉部品ではサブゼロクラックが非常に生じやすくなります。

その対策としてサブゼロ処理を実施する前に100℃の湯に浸漬して1時間くらい湯もどしを行います。

サブゼロ処理は氷点下の温度まで降温させることが大事で、氷点下温度での保持時間は重要ではありません。部品が所定の温度になればよいのであり、保持時間はゼロでも問題ありません。実際には全体が所定温度になるまでの時間を考慮して(一般には1インチ1時間)保持時間を決めれば問題ありません。

ただ,サブゼロ処理温度から室温に戻す場合、取り出して放置し自然解凍を行うのではなく、水中もしくは湯中に投入して急速に解凍するほうが望ましいです。これをアップヒル・クエンチング(up-hill quenching)といいます。アップヒル・クエンチングは、サブゼロ処理により発生した残留応力を軽減解消させることができます。

 

2.実施方法

サブゼロ処理には、普通サブゼロ処置と超サブゼロ処理とがあります。

1)普通サブゼロ処理: -100℃までの処理で通常はドライアスを使用します。大規模な装置では、フレオンガスなどの冷媒を使用した冷却システムを用います。

2)超サブゼロ処理:-130℃以下の処理で、小規模では液体窒素を使用します。大規模な装置になるとスターリングサイクルを利用した低温発生器を使用します。

普通サブゼロ処理と超サブゼロ処理との区別は、実用的には-130℃を境にしています。超サブゼロ処理は、”Cryo-treatment“ ともよばれます。効果としては超サブゼロ処理のほうが大きいです。

図4.1 にサブゼロ処理工程をの概略をしまします。

図4.1 サブゼロ処理工程

2.1 普通サブゼロ処理

ドライアイス(沸点-78℃)や冷媒による冷却システムを使用します。

ドライアイスの場合は、容器はジャーや木製の桶で間に合います。焼入れした部品を100℃の沸騰したお湯でおおよそ1時間程度煮沸することにより湯もどしを行います。

それからドライアイスの上に置きます。サブゼロ時間は部品全体の温度が所定の温度(サブゼロ温度)になれば完了です。1インチ1時間ルールで考えておけばよいと思います。

サブゼロ処理が完了したら、水中もしくは湯中に投入します(アップヒル・クエンチング)。その後で正規の焼き戻しを行います。

冷媒によるサブゼロ処理装置の例を、図4.2 に示します。バスケットに入れられた部品を、ファンで循環する冷気で冷却します。空気は上から下に流れ、部品の熱を奪い、バスケットの底にある格子から出ます。本装置は、270~680 kgの質量の部品を約2時間で -85 ℃に冷却する能力を備えています。

図4.2 冷媒冷却システム

 

2.2 超サブゼロ処理

液体窒素(沸点-198℃)を使用したり、スターリングサイクルを利用した低温発生器を使用します。液体窒素を使用する方法では、液体窒素をそのまま使用する液体法と、液体窒素を噴射して雰囲気温度を低下させるガス法とがあります。

焼入れ後の100℃での湯戻し、超サブゼロ処理後のアップヒル・クエンチング、その後の焼き戻しなど、普通サブゼロ処理と同じプロセスで実施します。

図4.3 は液体窒素を使用した小規模な処理設備を示します。本装置は液体窒素が入った容器部(4)から容器上部の気体部の加圧により作業スペースに噴射され、瞬時に蒸発気化して部品から熱を奪い冷却します。部品の温度は10分以内に-180℃まで、低下させることができます。

図4.3 液体窒素を利用した超サブゼロ処理設備

 

3.普通サブゼロ処理に対する超サブゼロ処理の優位性

焼入れした鋼には、残留オーステナイト(γR)と残留応力(σR)が存在します。これらは高温で焼戻しを実施すれば消滅しますが、SUJ材やSK材などの200℃程度で焼戻し(低温焼戻し)する材料や、SKD11やSKH材のように500~600℃の高温焼戻し(焼戻し硬化)が必要な材料は、残留オーステナイトの対策としてサブゼロ処理が有効です。

普通サブゼロ処理と超サブゼロ処理とによる処理材を比較すると、硬さはあまり変わりませんが、耐摩耗性については超サブゼロ処理のほうが大幅に改善されます。バロン博士(Dr. R. F. Barron) の研究によると、超サブゼロ処理の効果として、次のようなものが挙げられます。

1)残留オーステナイトは実質的には、ほとんどすべてマルテンサイトに変化させることができる。

2)普通熱処理品、普通サブゼロ処理品と比較して、耐摩耗性が一段と向上する。

3)組織の微細化と微細炭化物の析出が行われる。

4)硬さは、普通サブゼロ処理品と差異が無い。

 

表4.4,表4.5 は、各種工具鋼に対する普通サブゼロ処理と超サブゼロ処理による、硬さの変化と耐摩耗性の変化とを示しています。また、図4.6 は、普通サブゼロ処理と超サブゼロ処理とによる耐摩耗性の向上を示しています。これらの結果については、試験片のサイズは何れも10 x 10 x 65 mmの直方体で、摩耗試験は直径5インチのアルミナのグラインダに431Nの力で押し付けて、滑り速度380mm/sec(グラインダ回転数;62,min-1)で10分間(M2のみ30分間)試験して、摩耗量を秤量したものです。

表4.4 サブゼロ処理による硬さの変化

表4.5 サブゼロ処理による耐摩耗性の変化

図4.6 サブゼロ処理による耐摩耗性の向上

これらの結果よると、普通サブゼロ処理と超サブゼロ処理との硬さの差異はほとんど無くわずかにSJD12(A-2)のみ、HRCで1ポイント増加しているに過ぎないのに対して、耐摩耗性は超サブゼロ処理によって著しく向上しており、普通サブゼロ処理品に対しておおよそ2~3倍(非サブゼロ品に対しては、2~6.6倍)になっています。

また、BOC社により発表された、各種工具に施した超サブゼロ処理(Cryotough)による耐摩耗性向上の結果を示します(表4.7)。上記と同様に耐摩耗性の向上(2~6倍)が認められます。

表4.7 各種工具の超サブゼロ処理による耐摩耗性向上率

超サブゼロ処理により耐摩耗性が向上する理由については、J. Carbonare氏によれば、超サブゼロ処理を施すと、工具は組織が均一微細化して、ち密な組織になり、硬さと粘りとを兼ね備えてチッピングを起こさないようになるとしています。図4.8 は、工具の摩耗面の断面を模式化したものです。(a)がサブゼロ未処理品、(b)が超サブゼロ処理品を表しています。未処理品では摩耗面の凹凸が激しく、研磨代が大きくなってしまうのに対して、超サブゼロ処理品は研磨面の凹凸が小さく、再研磨の取り代が小さくなります。これが超サブゼロ処理品の使用寿命を長くしている理由とされています。

図4.8 工具摩耗断面模式図

超サブゼロ処理品は、普通サブゼロ処理品と比較して、残留オーステナイトのマルテンサイト化や残留応力の低減については大きく差異はありませんが、より組織の均一微細化が改善されるため、耐摩耗性が向上すると考えられます。

 

 

 

参考文献
鋼・熱処理アラカルト  大和久 重雄  日刊工業新聞社
熱処理のトラブルと対策150問  大和久 重雄  日刊工業新聞社
STEEL HEAT TREATMENT HANDBOOK 2nd ed.   G. E. Totten Ph.D.
サブゼロと超サブゼロ処理  (株)竹内型材研究所様HP 技術情報
金型の体質改善処理と表面改質処理  大和久 重雄  表面技術 Vol.41, No.6 1990

 

 

引用図表
図4.1 サブゼロ処理工程
図4.2 冷媒冷却システム  STEEL HEAT TREATMENT HANDBOOK
図4.3 液体窒素を利用した超サブゼロ処理設備  STEEL HEAT TREATMENT HANDBOOK
表4.4 サブゼロ処理による硬さの変化   (株)竹内型材研究所HP
表4.5 サブゼロ処理による耐摩耗性の変化   (株)竹内型材研究所HP
図4.6 サブゼロ処理による耐摩耗性の向上  金型の体質改善処理と表面改質処理
表4.7 各種工具の超サブゼロ処理による耐摩耗性向上率  金型の体質改善処理と表面改質処理
図4.8 工具摩耗断面模式図   (株)竹内型材研究所HP

 

 

ORG:2019/10/17