5.3 粒内破壊
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5.3 粒内破壊( transgranular fracture)
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粒内破壊は、結晶粒子を横切って破壊が起こります。前項で示すように、延性破壊、脆性破壊、疲労破壊に細分類することができます。
1. 延性破面
延性破壊により生じる破面の状態は、微小な空洞が合体によって生じるディンプルと呼ばれる模様(図5.3.1)とすべり面が分離する際に形成される破面(図5.3.2)とがあります。
図5.3.1 ディンプル
図5.3.2 すべり面分離破面
(1)ディンプル模様破面の形成
部材に、降伏強度以上の負荷応力が作用した場合、塑性変形に伴って部材の金属中に分散する、製錬・凝固の過程で生成する酸化物などの非金属介在物のような不純物が核になって、微小な空洞(void)が多数形成され、それらが合体して生じる破面です。
微小な空洞の発生機構は、微小ボイドの合体(microvoid coalescence)とよばれる現象です。不純物のまわりは、結合エネルギーが小さいため、引張応力が作用すると、基質金属との間がはく離し、その周囲に微小な空隙が生じます。さらに、変形が進むに従って介在物の両側のボイドが引張方向に伸ばされます。進行すると多数のボイドが発生し、ついには近傍のボイドが合体してディンプルが形成されます(図5.3.3)。
図5.3.3 延性破壊におけるボイドの形成
ディンプルの破面は、くぼみが多数生じている特徴的な模様をしています。破面は、純金属ほど凹凸が少なくディンプルも少ないです。一方、不純物が多い金属ほど、ディンプルの数は多くなります。これは、上でも述べたように、不純物の多寡がディンプルの元になるボイドが形成される量に影響するからです。
図5.3.4に、ディンプルが形成される機構を、負荷応力の作用方向毎に示します。垂直負荷の場合は等軸ディンプル、せん断負荷の場合などは伸長ディンプルが形成されます。
ディンプル模様は、静的な引張破断面や、疲労破面における最終破断面にあらわれます。また、比較的静的な繰返し応力が負荷されて破損した破面にもあらわれます。
図5.3.4 負荷の作用方向別のディンプル生成機構
図5.3.5は、比較的遅い速度で繰返し負荷が作用する場合の疲労破面を示します。明確なディンプル模様(伸長ディンプル)が認められます。
図5.3.5 比較的遅い速度で繰返し負荷が作用する場合の疲労破面
(2)すべり面分離((glideplane decohesion)破面の形成
すべり面分離破面は、金属の結晶面をすべり面として、その両側の金属が相対的に移動して、そのずれた外縁部に形成されます。金属粒子は方向の異なる複数の結晶面が存在します。異なる結晶面は、原子の配列と密度が異なります。そのため結晶面によって原子間の結合の強さに相違があります。原子密度の大きい面は結合が強く、外力の作用に対して安定しています。したがって、金属の破損においては原子密度の最も大きい特定の結晶面が保存されて、すべり面およびへき開面になります。面心立方晶系の金属では、(111)面の原子密度が最大になり、この面がすべり面になります。体心立方晶では(110)面、ちょう密六方晶では(0001)面で原子密度が最大になります。
すべり面分離により生じる破面の特徴は、
・蛇行すべり((serpentine glide)とよばれるうねった縞状の模様
・縞状模様を細かくしたリップル(ripple)とよばれる、さざなみ状の模様
を示します(図5.3.6)。
すべり面分離で破損する金属材料は、比較的純度の高い場合が多く、破壊過程でディンプルの核になる不純物が少ないものに多く生成されます。その他、疲労き裂の先端や高圧下の破壊のように三軸引張応力が作用しない場合にも生成されます。
図5.3.6 すべり面分離破面
2. 脆性破面
脆性破壊には、き裂進展速度の速さによって、へき開破壊と擬へき開破壊(quasi-cleavage facet)の2つの破壊形態があります。
へき開破壊は、き裂進展速度が極めて速い場合の現象で、ほとんど塑性変形を伴わずへき開面とよばれる特定の結晶面で分離破断するため、その破面はへき開ファセット(cleavage facet)とよばれる結晶粒程度の微少な破面単位よりなります。また、破壊は一つのへき開面では起こらず、平行ないくつかのへき開面にまたがるので、へき開ファセットの面にはへき開段(cleavage step)とよばれる段ができます。へき開段を形成するエネルギーの関係で、き裂が伝播するにつれて、これらの段が合流して、リバーパターン(river pattern)とよばれる川状の模様が見られます。川が合流して下流に流れるように見えることから、つけられた名称ですが、これによるき裂の伝ぱ方向がわかります。リバーパターンは、隣接する結晶粒の方位差のために、粒界に発生することが多いです(図5.3.7)。
また、き裂伝ぱの際に機械的双晶が形成されるため、タング(tongue)とよばれる舌状の模様がしばしば観察されます(図5.3.8)。
図5.3.7 へき開ファセットとリバーパターン
図5.3.8 タング
擬へき開破壊は、へき開破壊より若干き裂進展速度が遅い場合に起こり、擬へき開破面とよばれる模様が生じます(図5.3.9)。へき開破壊の場合と同様に、リバーパターンやタングとよばれる模様が観察されます。しかし、模様が細かくへき開か否かを判断することが難しいことから、擬へき開とよばれています。
図5.3.9 擬へき開破面
へき開,擬へき開いずれの場合も、き裂進展速度の相違によって生ずる破面であ、疲労破壊の場合は、粒内にデインプルが混在することもあります。その混在割合はき裂進展速度が速いか、遅いかによって異なります。
注意すべき点は、材質によっては擬へき開破壊に類似した模様を示す場合があります(図5.3.10)。このような模様はデンドライト(樹枝状晶)組織を持った材料や強加工を受けたオーステナイトステンレス鋼等の破面に観察される模様です。発生原因は金属組織依存性による疲労破面です。従って、この破面は破壊機構によるものでは無いので、十分に注意する必要があります。
図5.3.10 擬へき開破面に類似した破面
3. 疲労破面
疲労破壊により生じる破面は、繰返し応力が1サイクル作用するごとに形成される、ストライエーション(striation)とよばれる模様が特徴的にあらわれます。ストライエーションにも、延性ストライエーション(図5.3.11写真1-15)と脆性ストライエーション(図5.3.12写真1-16)の2種類があります。
図5.3.11 延性ストライエーション
図5.3.12 脆性ストライエーション
(1)延性ストライエーション
延性ストライエーションは、繰返し負荷応力の引張側が作用する際、き裂の先端が塑性変形によって鋭化もしくは開口することで進展します。続いて圧縮の過程で再鋭化することによって生じます。従って、1サイクルごとの間隔がき裂進展速度を示します。これから、負荷応力の大きさ(間隔の幅が広いと応力が大きい)、き裂進展の長さ(間隔の幅は1回の繰返しサイクルで進んだき裂の長さ)、材料の強度(負荷応力に対して材料の機械特性が弱いほど間隔が広くなる)などが推定されます。
延性ストライエーションには、いろいろな形態のものがありますが、代表的な例としては(a)ノコギリ歯状、(b)平行溝状の形態が挙げられます。ノコギリ歯状型では山と山、谷と谷同士、平行溝状型は溝同士相対抗していることです。これらのストライエーション形成機構は、おおよそ図5.3.13(a)のようなものであろうと考えられます。応力が最小の状態(図の0)では、き裂の先端は閉じていますが、0→1→2のように引張応力が増加すると、先端付近の応力集中部が最大せん断応力の方向に近いすべり面に沿って塑性変形を生じて、き裂先端部は開口もしくは鈍化してき裂が進展します。
続いて2→3→4の除荷工程では、逆方向に塑性変形するためにき裂先端部が、閉口もしくは再鋭化を起こして、形態としては元の状態4に戻ります。以下、繰返し負荷のサイクルにより、1サイクルごとにストライエーションを形成しながら、き裂が進展し続けます。除荷工程における閉口は、周囲の弾性部分の拘束により発生する圧縮応力により起こります。
圧縮応力の大小によってストライエーションの形態が変化します。圧縮応力が大きい場合、閉口が完全の起こり平行溝型になりますが、圧縮応力が小さい場合は、閉口が不完全になりノコギリ歯状型になります。
図5.3.13 ストライエーションの形成機構
ストライエーションの形成は、一般的には結晶組織の影響を受けます。き裂伝ぱ速度が大きい(図3.5.14(a))場合(1μm/cycle前後以上)は、ほとんどありません。巨視的なき裂伝ぱ方向にほぼ平行なプラトーの上に、ほぼ垂直にストライエーションが発生します。一方、き裂伝ぱ速度が小さい(図3.5.14(b))場合(1μm/cycle前後以下)は、結晶組織の影響を強く受けます。結晶粒によってその方向が異なり、ファセット状の破面の様相を示すことが多いです。
き裂伝ぱ速度が小さい場合に結晶組織の影響を受ける理由は、き裂先端における塑性域が小さく、塑性変形が少数の結晶粒の特定のすべり面に限られるためとされています。
図3.5.14 き裂伝ぱ速度による疲労破面の相違
ストライエーションの形成には、雰囲気が重要な役割を示します。図3.5.15は下半分は空気中の繰返し応力による破面で、明瞭なストライエーションが認められます。一方、上半分は真空中で形成された破面で、真空中では破面の酸化が無いため、開口した破面が圧縮過程で再結合が起こるためストライエーションが発生しないという説が有力です。
図3.5.15 延性ストライエーションへの雰囲気の影響
(2)脆性ストライエーション
脆性ストライエーションは、へき開面に沿って形成されます。硬い材料でしかも腐食性雰囲気での疲労破面やき裂進展速度が速い場合、あるいは負荷応力が大きい際の破面に観察されることが多いです(図3.5.16)。このようなパターンは、観察されることはあまり無く、特に真空中での疲労破壊の破面では観察されません。その理由は、延性ストライエーションと同様、ストライエーションの生成機構に空気中の酸素が関与しているからです。酸素がない場合は、開口した面が酸化されず圧縮過程で再度接着されるからです。
(3)タイヤトラック(tire track)
破壊に直接関係した模様ではありませんが、ストライエーションによく似た模様にタイヤトラックがあります(図3.5.16)。タイヤトラックは、き裂が形成された後、相対する破面が繰返し押し付けられることにより、相手の破面の突起部によりつけられた圧痕です。破面上に析出物などの硬い突起があると、相手破面に繰返し押し付けられますが、破面に加わる力は、完全に垂直力ではなく、多少とも破面をずらせようとするせん断力が作用しているので、き裂が進展するにつれ残りの断面積が小さくなるにつれてずれが発生して、圧痕の列ができます。従って、タイヤトラックの存在は、その部材に繰返し応力が作用した証拠になり、また、その方向から破面に作用したせん断力の方向が知り得ます。破面に加わる圧縮力が小さい場合は、タイヤトラックの出現頻度は小さいです。なお、図でタイヤトラックの列に平行に入っている条痕は、破面がこすり合わされた痕で、ラブ・マーク(rub mark)とよばれます。これも、疲労特有の模様ではありませんが、繰返し応力を受けるため、疲労破壊の場合は良く観察されます。
図5.3.16 タイヤトラック
参考文献
100事例でわかる 機械部品の疲労破壊・破断面の見方 藤木榮 日刊工業新聞社
フラクトグラフィとその応用 小寺沢良一 日刊工業新聞社
金属破断面写真集 小寺沢良一編 テクノアイ出版部
機械部材の破損解析 長岡金吾 工学図書
Elementary engineering fracture mechanics David Broek Martinus Nijhoff Publishers
引用図表
[図5.3.1] ディンプル フラクトグラフィとその応用
[図5.3.2] すべり面分離破面 フラクトグラフィとその応用
[図5.3.3] 延性破壊におけるボイドの形成 機械部材の破損解析
[図5.3.4] 負荷の作用方向別のディンプル生成機構 参考:機械部品の疲労破壊・破断面の見方,Elementary engineering fracture mechanics
[図5.3.5] 比較的遅い速度で繰返し負荷が作用する場合の疲労破面 機械部品の疲労破壊・破断面の見方
[図5.3.6] すべり面分離破面 機械部品の疲労破壊・破断面の見方
[図5.3.7] へき開ファセットとリバーパターン “Fatigue strength and fracture mechanism of different post-fused thermal spray-coated steels with a Co-based self-fluxing alloy coating” International Journal of Fatigue
図5.3.8 タング 金属破断面写真集
図5.3.9 擬へき開破面 100事例でわかる 機械部品の疲労破壊・破断面の見方
図5.3.10 擬へき開破面に類似した破面 100事例でわかる 機械部品の疲労破壊・破断面の見方
図5.3.11 延性ストライエーション 100事例でわかる 機械部品の疲労破壊・破断面の見方
図5.3.12 脆性ストライエーション 100事例でわかる 機械部品の疲労破壊・破断面の見方
図5.3.13 ストライエーションの形成機構 フラクトグラフィとその応用
図3.5.14 き裂伝ぱ速度による疲労破面の相違 フラクトグラフィとその応用
図3.5.15 延性ストライエーションへの雰囲気の影響 フラクトグラフィとその応用
図5.3.16 タイヤトラック 金属破断面写真集