6.4 環境破壊

6.4 環境破壊(Environmental destruction)
スポンサーリンク
アフィリエイト広告を利用しています。
1. 環境破壊とは
環境破壊とは、金属材料が使用環境の影響を受けて破壊される現象をいいます。水素の影響を受けて金属材料が脆性化することによる水素脆性、応力と腐食作用の両方の影響を受ける応力腐食割れ、及び、腐食環境下で繰返し応力を受けて疲労強度が著しく低下する腐食疲労の3種類が主に考えられます。環境破壊は一般的に時間依存性があり、いわゆる遅れ破壊に分類されます。
破壊時の材料強度は低下しており、破壊の様式は脆性的な破面が主体で、脆性破面や擬へき開破面、脆性ストライエーションなどの模様が認められます。
この他、亀裂が存在する状態で、亀裂の進展速度が環境の影響を受けるき裂進展促進腐食も挙げられることがあります。
Contents
1.1水素脆性
1.1.1 水素脆性とは
水素脆性は、石油・石炭などの化石燃料に代わるクリーンなエネルギー源として脚光を浴びる水素が金属材料に悪さをして、本来その材料が持つ強度よりはるかに小さな応力で破断してしまう現象です。高強度材料ほど注意が必要です。
水素脆性の原因となる⽔素原⼦は、全ての原⼦のなかで最も⼩さく、その原子半径は1.06オングストローム=1.06×10-10 m)です(ボーア半径;5.291772×10^-11 m)。⼀⽅、⾦属の格⼦間隔は2〜3オングストロームであり、⽔素原⼦は容易に⾦属の格子間に侵⼊することができます。
例えば、鉄鋼の酸洗の⼯程では、通常、硫酸や塩酸など酸化性強酸の⽔溶液が⽤いられます。これらの酸は鉄鋼表⾯を溶解します。そのとき、鉄の溶解と⽔素イオンの発⽣は同時に起きます。⽔素イオンは、鉄鋼表⾯で放電して⽔素原⼦となります。⽔素原⼦の⼤部分は、⽔素ガスとなって⼤気中へ放散されますが、⼀部は⽔素原⼦の状態で鋼中へ侵⼊します。
めっきの場合でも、陰極電流効率が低い場合には、⽔の電気分解が起こり、⽔素を発⽣し、その⼀部が鋼中へ侵⼊します。めっき⽪膜中に侵入した水素は、⽪膜硬度を上昇させますが、水素原子は鋼中へ侵⼊します。
鋼中に吸蔵された⽔素原⼦は、格⼦間や転移、粒界、介在物などのさまざまな位置に集積します。格子間に存在する⽔素は極く微量のため割れへの影響は軽微だといわれています。割れに関与する⽔素は、⽋陥部に集積する原子状⽔素であるといわれています。
⾼強度鋼の⽔素脆化割れは、粒界で⽣じます。これは、水素は粒界に集まり、粒界における⾦属原⼦間の結びつきを弱くするためだといわれています。
低強度鋼の場合、本来水素脆性に敏感ではないとして、あまり考慮されませんでしたが、石油採掘時に浸潤硫化水素環境下応力が付加される状態で破壊が発生する現象が認められました。き裂の状態が階段状に進展するもので階段割れ、もしくは(浸潤硫化水素環境下における)水素誘起割れと呼ばれます。
1.1.2 水素脆性はどの様なときに起きるか
⽔素脆性はどの様な時に起きて破壊にいたるかを考えてみましょう。
(1)破壊は、引張応力の発生個所で起き、圧縮応力の発生個所では起こらない。
(2)破壊は、切⽋き(ノッチ)のように応力が集中する箇所で起こりやすい。
(3)水素脆性を発生させる水素は、鋼中を自由に移動可能な拡散性の水素原子で、かつ切欠きや転位などの欠陥部に集積する⽔素です。従って全体の⽔素吸蔵量と、⽔素脆性破壊の危険度は必ずしも⼀致しない。
(4)鉄鋼材料の⽔素脆性に対する感受性は、材料強度に依存し、合⾦元素の種類には左右されない。鋼材の硬さが高い(HRC40以上)、引張強さの大きい、⾼強度鋼、高張力鋼での破壊が多い。
(5)割れの形態は、高強度鋼では粒界割れが多い。これは吸蔵された⽔素が結晶粒界に集まり、粒界における⾦属原⼦間の結合⼒を弱くするためである。他方低強度鋼では粒界破壊も存在するが、実用材料では粒内破壊が主要な部分を占めている。
(6)⽔素脆性は、変形速度が大きくなるつれて脆化の程度は小さくなる。衝撃のような歪速度の速い場合には、むしろ認めにくい。
(7)鉄鋼材料の組織が熱⼒学的に安定しているほど⽔素脆性に対して鈍感である。
(8)⽔素脆性は、温度の影響を受ける。10〜120℃での破壊が多い。
(9)破壊が起きるまでには、⽔素が拡散し集積するまでの時間を要する。いわゆる、遅れ破壊になる。
1.2応力腐食割れ(SCC:Stress Corrosion Cracking)
1.2.1応力腐食割れとは
応力腐食割れは、腐⾷環境下において降伏点以下の引張応⼒で割れを⽣じる現象をいいます。
応力腐食割れは、材料的因⼦、腐⾷環境、引張応⼒の3つが影響します。何れか1つが⽋けても応⼒腐⾷割れは発⽣しません(図1)。
図6.4.1応力腐食割れの3要素 ORIGINAL
(1)材料的因子
オーステナイト系ステンレス鋼に対する塩化物の影響について多くの研究がありますが、マルテンサイト系ステンレス鋼や、高張力鋼、低合金鋼、黄銅、アルミニウム合金など多くの金属材料についての報告もあります。
(2)腐食環境
材料と腐食環境因子との組合せが、いろいろと報告されています。一番最初に応力腐食割れについての研究が行われたのは、銃弾の薬きょうである黄銅材のアンモニアに対する応力腐食割れだといわれています。
(3)引張応力
圧縮応力では応力腐食割れの因子とはなりません。部材に負荷される力学的な引張応力や、在留応力、熱応力などの引張応力成分が影響します。
1.2.2 応力腐食割れのメカニズム
腐食環境下に置かれた金属材料に、引張応力が付加されている状態では、その応力が材料の引張強さ以下でも、金属の表面から内部にかけて結晶粒内もしくは粒界に沿って腐食し割れが進行する現象を応力腐食割れといいます。付加される引張応力には、外部から加わる応力、溶接や冷間加工による残留応力などがあります。
応力腐食割れは、引張応力と特定の腐食環境が合わさることのより、腐食が材料内部に進行します。引張応力が付加されると、引張強さ以下であっても、局部的にミクロな変形が起こり、清浄な金属面が露出されます。その金属表面は酸化被膜などが無い活性の高い表面なので、腐食しやすい状態です。応力腐食割れを発生させる物質により、活性の高い面を選択的に腐食させます。いったん割れが発生すれば、そこに応力が集中し割れの先端には変形が生じやすくなり、腐食が継続します。
応力腐食割れはいろいろな材料で発生しますが、最もよく知られているのは、ステンレス鋼です。SUS304のような普通のオーステナイト系ステンレス鋼においては主に塩化物イオンが腐食環境物質になります。塩化物イオンと共に腐食環境の要因となるのが温度です。SUS304では、温度が80℃以上かつCl-イオン濃度が10ppm強になると割れが多数発生するとされる報告があります。Cl-イオン10ppmは、上水道や工業用水に普通に含まれる濃度になります。本来であれば、この程度の濃度でSUS304材は、応力腐食割れを発生しないが、局部的にCl-イオンが濃縮されたことにより発生したものといわれています。
この他、ニッケル基合金、アルミニウム合金などでも発生します。
よろしければ、こちらも参照して下さい。
1.3腐食疲労
1.3.1腐食疲労とは
腐食疲労は、応力腐食割れと似た現象ですが、応力腐食割れが静荷重下で発生するのと異なり、銅荷重下で進展します。また、応力腐食割れが材料と環境因子との特定の組合せのときに生じる現象であるのに比較して、腐食疲労はその様な限定が無く特定の腐食環境によらず生じます。
腐⾷疲労では、腐⾷作⽤と繰返し応⼒を同時に受けることで、繰返し応⼒のみが作⽤した場合と比較して⼤きな強度低下を生じます。⾦属材料の腐⾷疲労の代表的な腐⾷環境としては、塩⽔中、酸性溶液中などがあげられます。全く腐⾷が発⽣しないのは真空中ですが、実用上は腐⾷作⽤がほとんど無いと考えられる乾燥⼤気中での疲労試験結果と⽐較して腐⾷疲労について考える場合が多いです。
腐⾷疲労による強度低下を示す現象としては、鉄鋼の疲労限度があげられます。鋼材は⼤気中では疲労限度を持ちますが、腐⾷環境下では疲労限度が無くなり、応⼒繰返し数10^6 – 10^7回の領域でも右下がりの傾向が続きます。また、大気中の結果と比較して同じ応力でも、より少ない応力繰返し数で疲労破壊にいたります。
さらに、⼤気中の疲労破壊では、応⼒繰返し速度の⼤⼩の影響はほとんど認められないですが、腐⾷疲労においては、繰返し速度の⼤⼩の影響が⼤きく表れます。繰返し速度が⼩さいほど時間強度は低下する傾向をがあります。
スポンサーリンク
2. 環境破壊破面
2.1水素脆性破面
一般的には、高強度鋼材の場合は粒界型破面、低強度鋼材の場合は粒内形破面を取る場合が多いです。
図6.4.2高強度鋼材の水素脆性破面 新潟県工業総合研究所HP
図6.4.3低強度鋼材の水素脆性破面 新潟県工業総合研究所HP
2.2応力腐食割れ
ステンレス鋼の塩化物による応力腐食割れを示します。
図6.4.4応力腐食割れ 東ソー研究報告 Vol36 No.1 1992
2.3腐食疲労
腐食疲労の例として、サワー原油中での疲労き裂の例を示します。
図6.4.5腐食疲労 住友金属 Vol50 No1 1998
参考文献
金属破断面写真集 小寺澤良一 テクノアイ出版部
鋼材の水素脆性について 斎藤雄治 新潟県工業技術総合研究所HP
局部腐食とその防止方法 榊 孝、稲垣欣哉 東ソー研究報告Vol36 No1 1992
造船用厚鋼板のサワー原油中の腐食疲労き裂進展挙動 櫛田隆弘他 住友金属Vol50 No1 1998
引用図表
図6.4.1応力腐食割れの3要素 ORIGINAL
図6.4.2高強度鋼材の水素脆性破面 新潟県工業総合研究所HP
図6.4.3低強度鋼材の水素脆性破面 新潟県工業総合研究所HP
図6.4.5腐食疲労 住友金属 Vol50 No1 1998
REV:2025/01/20:変更点;応力不詳のコンテンツについて、発生する材料としてプラスチック、ポリマーを記述していましたが、現在新しいコンテンツ作成の際、確認ができませんでしたので消去しました。
ORG: 2023/07/08