2.5 固体摩擦の機構

2.5 固体摩擦の機構(Mechanism of solid friction)

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固体摩擦の機構には二表面の相対的な動き(せん断)による摩擦成分(せん断項)の他に、硬い側の表面の凸部が柔らかい側の材質の表面を掘り起こすことによる摩擦成分(掘り起こし項)、弾性ヒステリシスによる摩擦成分などがあり、これらの合計が摩擦になります。

1.二表面の凝着部にせん断力が働くことによる摩擦

(1)乾燥摩擦(dry friction)・固体摩擦(solid friction)

凝着説によれば、相対する二表面が微小な真実接触面積で接触した凝着部分をせん断するのに必要とする力の合計が摩擦力となります。
このせん断について以下のように考えます。
材料の凝着部の平均せん断強さを\(\normalsize{\tau}\)、微小なせん断面の面積の総和が真実接触面積の総和\(A\)に等しいとすると、摩擦力\(F\)は次式で表されます(図2.5.1)。

図2.5.1 真実接触面積と摩擦力

\(F=A\cdot\normalsize{\tau}\)  (式2.5.1)

ここで、荷重を\(W\)、軟らかい方の材料の塑性流動圧力を\(p_{t}\)とすると、

\(p_{t}=\large{\frac{W}{A}}\)     (式2.5.2)

だから

\(F=\large{\frac{W}{p_{t}}}\cdot\tau\)  (式2.5.3)

となり、摩擦係数は

\(\mu=\large{\frac{F}{W}}=\large{\frac{\tau}{p_{t}}}\)  (式2.5.4)

となって、摩擦係数は凝着部のせん断強さと塑性流動圧力との比になります。この関係は、材料の各種試験(圧縮試験や、せん断試験、摩擦試験)から、ほぼ成立することが確かめられています。これは摩擦の法則として、凝着説が成立することを意味します。

金属材料の場合、\(p_{t}\)と\(\normalsize{\tau}\)との比はほぼ一定の関係があり、摩擦係数は材料の硬さとは無関係に一定の値をとることを示しています。実験的にも、乾燥摩擦状態での金属の摩擦係数は金属の組合せには関係なく、似たような値(0.4~0.6)になります。

ここで、注意しなければならないのは、対象としている摩擦状態は乾燥摩擦状態であることです。乾燥摩擦とは、摺動面の二表面を水や有機溶剤などを用いて洗浄乾燥させて、空気中で摺動させる際の摩擦をいいます。

 

(2)清浄面の摩擦

(1)項の乾燥摩擦状態での摺動面は、それぞれ表面が酸化膜や、酸素の吸着膜、水蒸気の薄い膜などで金属面が覆われています。

これらの表面層の影響を取り除くため、試料をチャンバーに入れて雰囲気を真空にしていくと、表面の酸素などの吸着膜が除去されて、摩擦係数が増加します(図2.5.2.(a))。
また、逆にチャンバーに酸素を導入すると材料表面に酸素の吸着膜や酸化膜が形成されるため摩擦係数は低下します(図2.5.2.(b))。

図2.5.2 気体の吸着が:金属の摩擦に及ぼす影響

特に、チャンバーを超高真空にして加熱すると、材料表面は極めて清浄になります。この場合、摩擦係数は100以上になったり、焼付いてしまいます(\(\mu=\infty\))。
このように、高真空にしたり、還元性ガスを導入したりして、摺動面の表面膜を除去した状態での摩擦を清浄面の摩擦といいます。

 

2.掘り起こしによる摩擦

硬さが軟らかい表面を硬い材料が滑る場合、硬い方の表面の凸部が軟らかい方の表面に食い込んだ状態で滑り、軟らかい方の表面を塑性流動により掘り起こして溝を形成する場合があります。この現象により発生する摩擦抵抗を、摩擦の掘り起こし項といいます。この掘り起こし項は、潤滑が良好な面で凝着項が小さい場合には、摩擦力の大きな割合を占めることがあります。

今、硬い方の材料表面が半頂角\(\theta\)の\(n\)個の円錐からなるものとします。これが軟らかい材料の表面を滑っているときは硬い側の円錐部が軟らかい材料に食い込んで移動することになります(図2.5.3)。

図2.5.3 円錐突起による掘り起こし

1個の円錐部について考えると、円錐部の前半部が軟らかい材料と接触して押しのけています(塑性流動)。したがって、荷重\(W\)は、垂直方向に押しのけ部の投影面積である\(A_{1}\)に付加され、摩擦力\(F\)は移動面積\(A_{2}\)に作用する軟らかい方の材料の塑性流動圧力\(p_{t}\)と釣り合います。

従って、

\(W=A_{1}\cdot p_{t}=n\large{\cdot\frac{1}{2}}\cdot\large{\frac{\pi d^{2}}{4}}\cdot \normalsize{p_{t}}\)  (式2.5.1)

\(F=A_{2}\cdot p_{t}=n\large{\cdot\frac{d^{2}}{4}}\cdot \normalsize{p_{t}\cot\theta}\)   (式2.5.2)

したがって、この場合の摩擦係数\(\mu\)は、以下のようになります。

\(\mu=\large{\frac{F}{W}}=\large{\frac{2}{\pi}}\cdot\normalsize{\cot\theta}\)  (式2.5.3)

実際の機械加工した材料の表面性状は必ず凹凸があります。表面性状は加工方法により大きく異なります。表面粗さ計で示されるプロファイル形状は、水平方向に比較して垂直方向が大きく拡大されています。図2.5.4に表面プロファイルの縦横比による見え方の違いを示します。表面の凸部の傾斜はほとんどの場合10°以下といわれています。

図2.5.4 縦横比によるプロファイルの見え方の違い

図2.5.3の掘り起こしモデルの半円錐角度\(\theta\)はほとんどの場所で80°以上になります。(式2.5.3)に\(\theta\)として85°(80~90°の中間値)を代入すると、\(\mu=0.056\)となります。この値は、1項の乾燥摩擦による凝着項より小さく、通常の場合無視しても差し支えないと考えられます。これより、通常の仕上げ程度の固体表面の場合には、摩擦に対する表面粗さの影響は小さいと考えることができます。

 

3.弾性ヒステリシス損失による摩擦

弾性ヒステリシス現象は、弾性限度内で同一のひずみを与える場合、ひずみを増加していく方が減少させていく方よりも大きな力を必要とすることをいいます。この力の差がエネルギー損失となります。このエネルギー損失の原因は、材料の内部摩擦によるものです。

したがって、二表面の接触によって変形を生じると、エネルギー損失を生じて摩擦の原因となります。しかし、材料が金属の場合ヒステリシス損失は極めて微小で、凝着項や掘り起こし項に比較して無視することができます。
(ゴムなどの弾性体の場合は、無視できない場合があります。)

 

4.まとめ

固体特に金属材料の摩擦は、凝着した二表面が相対的動く際のせん断による摩擦成分(せん断項)が大きな割合を占めますが、硬い側の表面の凸部が柔らかい側の材質の表面を掘り起こすことによる摩擦成分(掘り起こし項)や、弾性ヒステリシスによる摩擦成分なども考慮する必要な場合があります。後者の2項についてはほとんどの場合影響が無視できます。

 

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参考文献
トライボロジー入門  岡本純三他  幸書房
摩擦と摩耗のはなし  広中清一郎   日本ゴム協会誌  Vol.72 No.4 1999
トライボロジーの基礎  長谷亜蘭    精密工学会誌  Vol.81 No.7 2015

 

引用図表
図2.5.1 真実接触面積と摩擦力   摩擦と摩耗のはなしAdd
図2.5.2 気体の吸着が:金属の摩擦に及ぼす影響  トライボロジー入門
図2.5.3 円錐突起による掘り起こし   トライボロジー入門Add
図2.5.4 縦横比によるプロファイルの見え方の違い  トライボロジーの基礎Add

 

ORG:2020/1/27