4.3 凝着摩耗

4.3 凝着摩耗(Adhesive wear)

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1.凝着摩耗のメカニズム

相対する2表面が相対的に移動する場合、その摩擦界面における移着粒子(摩擦面から摩耗粒子として脱落する前の粒子)の成長・脱落過程のモデルにつて、図4.3.1に示します。このモデルは、笹田の凝着摩耗における成長モデルといわれるものです。このモデルでは、実験的に観察された、次の2点について組み込まれています。

①移着粒子や摩耗粒子は、相互に摩擦した材料の微細な混合物であること。

②摩耗面中に相手材料の存在が確認される。

図4.3.1 笹田の凝着摩耗モデル

 

このモデルの説明をします。

①摩擦に伴って、表面の突起部分である真実接触点が、接触・変形し、ジャンクションを形成します。

②形成されたジャンクションがせん断される際に材料内部で破断が生じます。

③破断された部分は、相手面に付着して、移着素子(摩耗粒子を構成する素粒子)が生成します。

④付着粒子が、相互の摩擦面に生じ、摩擦界面で集合・合体して大きく成長し、移着粒子を形成します。

⑤最終的に、移着粒子が摩擦面から摩耗粒子として脱落・排出されることで摩耗が生じます。

 

ここで、成長した移着粒子は、摩擦界面で荷重を支えながら、摩擦により押しつぶされ広がっていきます。

 

また、Rabinnowiczは、移着粒子に蓄えられた弾性ひずみエネルギーが摩擦面と移着粒子間の凝着仕事より大きくなったときに摩耗粒子として脱落するモデルを考案しています。

 

2.凝着摩耗の時間的変化

凝着摩耗を摩擦の形態で分類すると、図4.3.2(a)のように、同一個所を繰返し摺動する、「繰返しのある摩擦」と、図4.3.2(b)のように、常に新しい個所を摺動する「繰返しのない摩擦」とがあります。

図4.3.2 摩擦の形態

それぞれの摩擦形態の摩耗の時間的変化を図4.3.3に示します。

図4.3.3 摺動材の組合せによる摩耗の時間的変化

 

図中の(a)は、異種材料(FeとCu)の組合せで繰返しのある摩擦を行った例です。最初は摩耗の進行が早く、時間が経過するとともに遅くなり、ある一定の摩耗速度に落ち着きます。最初の摩耗の進行が早い時期を初期摩耗といい、摩耗の進行が遅くなった状態を定常摩耗といいます。初期摩耗時はシビア摩耗になり、定常摩耗時はマイルド摩耗になります。
シビア摩耗は、摩耗面に光沢がありますが、表面粗さは大きい摩耗状態です。また摩耗粉は大きく光沢があります。マイルド摩耗は、表面が酸化され酸化膜による着色が認められ、表面は平滑です。また、摩耗粉は酸化されて細かい粒子になっています。時間的な経過とともに摩耗形態が変化する理由は摩擦により摺動表面に酸化膜が形成されて、酸化膜が表面を保護するようになるためです。酸化膜は元の材料より硬いのが一般的です。また摩耗粒子も酸化されることにより安定した粒子に変化し摺動面から排出されやすくなります。

これに対して、(b)で示される繰返しのない摩擦では、(a)の場合の初期摩耗の状態がいつまでも続くのと同じことになるので、経過時間に比例した著しい摩耗が生じます。

また、(c)に示すのは、摺動する2つの面が同じ材料を使用した場合です。この場合は、材料がお互いに溶け合って溶着しやすいために、(b)よりもさらに急激な摩耗を生じます。この組合せは「とも金」と呼ばれて、摺動面に使用するのは好ましくないとされています。

 

 

3.比摩耗量と摩耗特性

機械の場合、ほとんどの場合「繰返しのある摩擦」の状態です。この摩擦形態では、機械が実用に供される時間から見ると、初期摩耗の期間は極わずかで、長期にわたる運転状態では、定常摩耗が支配的になります。

本項では定常摩耗における摩耗量を減りやすさの指標として定義します。定常摩耗における摩耗量を次式で定義します。本式はホルムの摩耗式と呼ばれ、摩耗に関する最初の理論式として発表されました(R. Holm,1946年)。

ホルムは、摺動面が移動する際に、凝着摩擦に伴い、摩耗粒子が摩擦面の一部から脱落すると考えました(図4.3.4)。

図4.3.4 ホルムの凝着摩耗モデル

或いは

ここで、
V;摩耗体積
P;荷重
L;摩擦距離
Ar;真実接触面積 (=P/pm
pm;摩擦する2つの面のうち、軟らかい方の押込み硬さ
Z;摩擦係数と呼ばれ、摩耗粒子として脱落する確率

すなわち、摩耗量Vは真実接触面積Arと摩擦距離lに比例します。その他の因子は摩擦係数Zに含まれます。

ホルムの摩耗式で、押込み硬さを考慮しない(pm=1)とし、wを比摩耗量とすると、

と表されます。

比摩耗量と滑り速度(摺動速度)及び荷重との関係を図4.3.5に示します。図中の※印より左側ではマイルド摩耗、右側はシビア摩耗が現れます。

図4.3.5 焼入れ軸受鋼の比摩耗量と滑り速度及び荷重との関係

 

摩擦速度が小さい場合、真実接触面付近で、せん断された面に対して、相手面の次の突起部分が到達するまでに、空気中の酸素によりせん断された面に酸化膜が形成されるだけの十分な時間があります。この酸化膜が表面を保護します。

一方、摩擦速度が大きい場合は、酸化膜を形成するために時間が不足するので、次の突起が到達すると、強く凝着して大きな摩耗粉を生じます。

また、荷重が増加すると、極小値を示す点が低速側に移動します。その理由は、荷重が増すことは真実接触面の点数が増加し、突起同士の距離が短くなって、次の突起に遭遇する頻度が増え、滑り速度が増加したのと同じ結果になることです。

 

図4.3.5に示される極小値は、マイルド摩耗の限界条件であるので、この条件における滑り速度と荷重との関係をまとめると、図4.3.6になります。曲線は滑り速度と荷重との積が一定になります。また、摺動特性が良い組合せほど右上方に移動します。

図4.3.6 焼入れ軸受鋼に対するマイルド摩耗の限界曲線

図4.3.6で、ナイロンのみが金属とは異なった曲線になります。その理由は、ナイロンは高分子材料で金属と比較すると熱伝導率が低いため、高速になるに従って摺動面の表面温度が上昇して材料自体が溶融しやすくなるためです。

なお、本項では明示されていませんが、凝着摩耗は潤滑油中でも発生します。ただ、脂肪酸などの摩耗低減剤による吸着膜や、極圧添加剤による反応皮膜が存在するので、潤滑油がない場合より大幅に軽減されます。

 

 

 

 

 

参考文献
トライボロジー入門   岡本純三 他   幸書房
摩耗メカニズムの研究事例と動向  長谷亜蘭  表面技術Vol.65 No.12_2014

 

引用図表
図4.3.1 笹田の凝着摩耗モデル  摩耗メカニズムの研究事例と動向
図4.3.2 摩擦の形態   トライボロジー入門
図4.3.3 摺動材の組合せによる摩耗の時間的変化  トライボロジー入門
図4.3.4 ホルムの凝着摩耗モデル  摩耗メカニズムの研究事例と動向
図4.3.4 焼入れ軸受鋼の比摩耗量と滑り速度及び荷重との関係 トライボロジー入門
図4.3.5 焼入れ軸受鋼に対するマイルド摩耗の限界曲線 トライボロジー入門

 

ORG:2018/11/3