4. 7 その他の摩耗
Contents
4.7 その他の摩耗(Other type of wear)
スポンサーリンク
1.フ レッチング摩耗(fretting wear)
1.1 フレッチング摩耗とは
接触している2表面が、多数回接線方向に微小な振幅で往復運動をした場合に、大きな摩耗を生じる場合があります。この摩耗をフレッチング摩耗といいます。
2面間の微小振動により、その2面間に潤滑剤があったとしても、接触面から追出されてしまいます。また、その振幅は極めて小さいので、押し出された潤滑剤が接触面に戻ることができません。その結果、接触面は乾燥摩擦状態になり、摩耗量が増加します。
相対的な滑り速度は小さいので、摩耗はマイルド摩耗状態で行われます。また、発生した摩耗粉は酸化された状態で存在します。酸化された摩耗粉は硬いので、接触面はアブレシブ摩耗状態になります。
鉄系材料の場合、酸化鉄もしくは水酸化鉄になりますので赤褐色を呈します。そのため錆と間違えられやすいですが、フレッチングが接触部分にのみ発生するのに対して、錆はそれ以外の部分でも生じますので、発生部分を観察すれば外観から区別できます。なお、大気中での鉄の摩耗ではフレッチングによる摩耗粉は、非常に微細で色も茶色なので、ココアと呼ばれます。
さらに、フレッチングが発生する条件では大きな摩擦力が繰返し作用するため、材料表面に疲れによるクラックが発生することがあります。これは材料全体の疲れ強さを低下させる原因になりますので注意を払う必要があります。フレッチングによる疲れ現象をフレッチング疲労といいます。
1.2 フレッチングの発生機構
フレッチングの発生機構について考えます。
弾性接触(Hertz接触)する部分を有する機械部品、例えば、転がり軸受やカム、スプライン軸、軸の嵌め合い部、たわみ軸継手などが、微小な振動を受けると、接触面内に固着域(Stick region)と滑り域(Slip region)が生じます。
例えば、球と平面との接触では、2つの面が滑り出さない範囲(静摩擦力以下)での微小な接線力が振動しながら作用すると、図4.7.1(a)のように、弾性接触する円の中で中央部の固着域とその周囲の環状の滑り域とが生じます。
本図の記号はそれぞれ、P:法線荷重(接触荷重)、T:接線力(せん断力)、μ0:静摩擦係数です。
図4.7.1 (a) 球と平板との弾性接触部における固着域と滑り域
法線荷重による垂直応力pは、接触面境界でゼロから滑らかに中心部で最大値をとります(図4.7.1(b))。
図4.7.1 (b),(c),(d) 球と平板との弾性接触部における応力
静摩擦係数は一定値をとるので、摩擦応力μ0pは垂直応力に比例して周辺部で0、中心部で最大値をとります。
接線力Tが静摩擦力μ0pより小さければ、接触面に滑りを起こしません。その結果接線応力qは周辺部で無限で中心部で有限値をとります(図4.7.1(c))。例えば、本図のような接線応力の分布は次式で表されます。
ここで、
qx:滑り方向の軸に沿って計算される接線応力[Pa]
a:接触面の半径[m]
T:接線力 [N]
式4.7.1で計算されるqxが、垂直応力と静摩擦係数との積の摩擦応力を超える部分では、滑りが発生します(図4.7.1.(d))。これが滑り域になります。この部分には接触条件によっては損傷が発生します。この損傷はフレッチング損傷と呼ばれるもので、通常の滑り摩耗と類似の機構によります。
この現象を、実験的に示したものを図4.7.2に示します。これらは、鋼球をガラス板に接触させたものをガラス面側から観察したものです。
図4.7.2 微小振幅下のフレッチング摩耗の発生
図4.7.2(a)は、静的に接触している状態です。灰色に見える中央部の接触円とその周囲にニュートンリングが認められます。この状態で微小な接線力を繰り返し負荷すると、1 000サイクル後に図4.7.2(b)のように接触円に内接する形で環状の摩耗が鋼球側に生じて、黒色の摩耗粉がガラス面に付着しているのが観察されます。この摩耗粉は極めて微細で接触面外にはほとんど排出されていません。
さらに実験を進めると摩耗域が広がって、数千~数万サイクル後には、弾性接触円に沿ってガラス面上に疲労によるき裂が発生して、弓状に進展します。鋼球摩耗が発生するまでには、ある程度の繰り返しを必要とします。摩耗発生に至る繰り返し数と振幅との関係を図4.7.3に示します。
図4.7.3 鋼球の摩耗が発生するまでの繰返し数と振幅との関係
これより摩耗粉が発生するまでの繰返し数は振幅が小さいほど大きくなり、振幅が大きくなるに従い繰返し数は小さく、ほぼ一定になることがわかります。
図4.7.2に示す、環状摩耗域は図4.7.1に示す滑り域とほぼ一致することがわかっています。図4.7.1(a)に示すように、滑り域の環状部の内半径をa’、外半径をaとすると、その比は次式で表されます。
式4.7.2から、T=μ0Pのときにa’/a=0になって、接触面内全域で滑りが起こり、2面が往復運動を行うようになります。この振幅を臨界振幅といいます。
フレッチング摩耗量は、臨界振幅を超えると多くなって、比摩耗量(単位荷重・単位距離当たりの摩耗体積)が、おおよそ二桁増加します。
なお、本項で記述したのは弾性モデルですが、弾塑性モデルも考えられています。弾塑性モデルでは固着域と滑り域との間に降伏領域が設けられます。このモデルはほとんどの金属に適用できるが、実務上は弾性モデルで十分と考えます。
1.3.摩耗粉の発生機構
フレッチング摩耗の特徴は、通常の滑り摩耗と比較して格段に小さい摩耗粉が発生することです。この微細摩耗粉について観察した結果が示されていますので記述します。
接触界面に存在する摩耗粉の性状について、接触界面外に排出された摩耗粉と区別して調査して、鋼について摩耗粉の発生・排除過程をレプリカ法により観察された結果を示します。
接触面内に存在する摩耗粉は10μm以上の比較的大きいものが多数存在します。この大型摩耗粉の形状は扁平、全体の色は灰色で部分的にうすい褐色ないし紫色になっていることがわかりました。
これら大型摩耗粉の下には、その大きさにほぼ対応するピットが存在し、その表面が振動方向に直角な縞模様が観察されることから、摩擦面が局部的に疲労破壊を起こして大型摩耗粉を発生することや、発生位置からの移動量が極めて小さいことなどがわかりました(図4.7.4)。
図4.7.4 焼き戻し軸受鋼の摩耗粉はく離部
そして、摩耗粉に生じた二次き裂や、接触面外に排出された摩耗粉が微細で茶褐色を呈することから、接触面内で発生した大型摩耗粉は、その場所で粉砕・微細化されて接触面外に排出される過程で著しい酸化や水酸化が起こると推定されます。
補遺
フレッチング摩耗の用語について
フレッチング摩耗(Fretting wear)については、1939年に発表されたTomlinsonの論文” An Investigation of the Fretting Corrosion of Closely Fitted Surfaces”で示された”Fretting corrosion(フレッチング腐食)” からといわれています。当時は、振動を受けたり生じたりする接触面や摩擦面に発生する腐食現象ととらえられていたことがわかります。
機械を使用している方々、特に機械保全をされている方にはなじみが多いと思いますが、特に大気中での鋼に生じるフレッチングの特徴は、ココアと呼ばれる極めて微細な赤褐色の酸化物もしくは水酸化物の摩耗粉を生じることす。生成物が化学反応により発生する 化学現象である腐食と考えられていました。
しかし、その後の研究でフレッチング損傷が真空中や不活性ガスの雰囲気中でも起こることより、腐食が主要因ではないことがわかり、摩耗現象と考えられるようになり、フレッチング摩耗という言葉が一般的になりました。また、フレッチングに起因する疲労強度の低下を、フレッチング疲労(fretting fatigue)といいます。
2. エロージョン(erosion)
2.1 エロージョンとは
固体を含む気体や液体中が材料表面に衝突して浸食することをエロージョンといいます。代表的なものとしては、サンドエロージョンやスラリーエロージョンなどがあります。固体粒子が材料表面に繰返し衝突することにより、塑性変形や、き裂、掘り起し、切削、剥離などを生じます。従って流体のみの噴流やキャビテーションによるエロージョンと比較すると、材料の損失速度が大きくなります。エロージョンは、4.2~4.6項で記述した摩耗とは、材料損失のメカニズムが異なります。本来であれば区別して考えるべきではありますが、広義的にはいずれも機械的作用により材料欠損を引き起こす現象のため、エロージョンも摩耗に定義されます。
エロージョンは、元来は地政学上の自然現象である、氷河や風雨、河川、砂ぼこりなどによる、山や谷の岩石の侵食や、海岸の波浪による侵食現象を示す言葉でした(図4.7.5)。
図4.7.5 自然界のエロージョン(風食)
本項で記述するエロージョンについては、スラリーポンプのインペラや、水車のランナやライナ、ジェットエンジンのタービンブレード、船舶にプロペラなど回転機器で広く経験されています。
2.2 エロージョンの摩耗形態
図4.7.6に噴流式土砂摩耗試験機による試験の概要を示します。また本試験機よる材料損傷部の断面形状と、各位置での微視的な摩耗の形態を示します(図4.7.7)。ノズルに近いA部では砂がほぼ垂直に材料に対して衝突するので、押込み痕が多数認められます。衝突角度が45°のB部では、切削形態をとります。さらに衝突角度が小さいC部では掘り起し形態が主要な形態となります。また、その中間ではウェッジ形態になります。
図4.7.6 噴流式土砂摩耗試験機
図4.7.7 噴流投射各位置での摩耗の形態
このように、エロージョンによる摩耗形態は、噴流が材料に衝突する角度によって押込み型摩耗(衝突摩耗)と引掻き摩耗(アブレシブ摩耗)に大別されます。引掻き摩耗はさらに、掘り起し(Ploughing)タイプ、ウェッジ(Wedge)タイプ、切削(Cutting)タイプに分類されます。
図4.7.8に実際に土砂が多い河川水で運転されたフランシス水車のランナベーンとランナライナ、及びペルトン水車のランナバケット部の表面をレプリカ法により転写して、電子顕微鏡で観察した結果を示します。これらの材質はいずれも13Cr鋼です。表面はすべてアブレシブ摩耗の掘り起しタイプの摩耗が認められます。
図4.7.8 実機水車の微視的摩耗形態
2.3 土砂摩耗による摩耗特性と摩耗機構
土砂摩耗による材料表面の微視的な損傷形態は、土砂の大きさや、衝突角度、及び材料組織や硬さなどの要因で変化します。本項では土砂摩耗に関する特性、土砂摩耗機構について記述します。
(1)延性材料とぜい性材料の損傷特性の差異
図4.7.9に、アルミニウム(延性材料)とアルミナ(ぜい性材料)について、土砂の衝突角度と摩耗量との関係をしまします。
図4.7.9 Al及びAl2O3の衝突角度とエロージョン量との関係
摩耗量がアルミニウムでは低角度側にピークがあるのに対して、アルミナでは高角度側に摩耗量の最大値があります。このことは、延性材料では土砂による切削作用による摩耗が優位になり、一方ぜい性材料では土砂の衝突による割れ(クラック)が主な要因になって損傷が進行することがわかります。ただし、スケールに注意してください。アルミナの方が約10倍摩耗量が大きいです。
(2)延性材料の表面離脱
図4.7.10は、延性金属材料が土砂の噴流の衝突角度に対して摩耗する場合の、材料の離脱モデルを3つの状態についてモデル化したものです。実践は摩耗量、破線は衝突粒子の速度ベクトルの水平方向成分を表しています。
図4.7.10 延性金属材料のエロージョンにおける材料脱離の基本的な3つの機構
衝突角度が20°より小さい場合は、粒子が衝突して材料表面を削り取ります。衝突角度が20~45°では、粒子は材料表面を削りますが、材料は離脱せず表面に残ります。次の粒子の衝突に対して離脱しやすくなります。衝突角度が45°以上では、粒子は材料表面を切削しないで凹凸状の痕跡を付けます。粒子の衝突が繰返されると凸部は次第に表面から離脱して、表面は平坦になります
(3)ぜい性材料の割れ発生モデル
球形粒子が、ぜい性材料に衝突した場合の割れの発生状態を、図4.7.11に示します。材料表面に円すい状(A)の割れが、表面に垂直(B)及び平行(C)の3つの割れの形態が発生します。
図4.7.11 ぜい性材料に球形粒子が衝突した場合の割れ
3. キャビテーション摩耗(cavitation wear)
3.1 キャビテーション摩耗とは
キャビテーション摩耗は、湿り蒸気中で作動する蒸気タービンのブレードやターボ機械のインペラー、バタフライバルブの弁座など流体が通過する部分で発生します。キャビテーションによる摩耗はキャビテーション気泡が崩壊するときに発生する大きな衝撃圧力が繰返し作用することにより、材料が疲労してピットが形成されることにより進行し、ついには材料表面が崩壊して剥がれてしまうことにより進行します。
3.2 キャビテーション摩耗のメカニズム
キャビテーション現象の特徴は、液体に接触している固体表面近傍で気泡(cavity)が、周期的に形成及び崩壊することにあります。気泡の形成は液体の流れが低圧化して、液体が蒸気圧以下になって気体化したり、溶存ガスの放出によって起こります。発生した気泡が、移動して高圧雰囲気の場所に移動したときに崩壊して周囲の液体を加速してマイクロジェットを固体表面に向かって衝突させます。その際の圧力は条件によっては1.5GPa程度まで瞬間的に上昇するといわれています。高圧力を受けて金属表面にピットを生じます。
図4.7.12は、キャビテーションによる気泡が、固体表面に付着して崩壊する際に表面に向かって噴流を発生させるプロセスを示します。固体表面に付着しなくても、壁面近傍で噴流が崩壊する場合も、壁面に向かって噴流が発生し、壁面近傍での崩壊であれば表面に大きな応力を発生させます。
図4.7.12 壁面に付着した気泡により発生する噴流
図4.7.13は、純アルミニウムのシートに生成された、キャビテーション気泡の崩壊によるクレータを示します。
図4.7.13 キャビテーション気泡の崩壊により形成されたクレータ
セラミックスのようなぜい性材料では、同じ条件でもクレータやピットを形成するのではなく、クラックや破砕の摩耗モードになります。ほとんどの材料はキャビテーションにより何等かの表面付近の損傷を受けます。加工硬化が蓄積して表面にき裂が形成されます。
腐食性流体でキャビテーションが発生すると、応力腐食割れが発生して摩耗を促進することがあります。
キャビテーション摩耗は、エロージョンと比較すると進行が穏やかです。また、どちらも摩耗過程に潜伏期を有します。キャビテーション摩耗とエロージョンには相関関係があります。図4.7.14は、縦軸にキャビテーションによる体積損傷率をとり、横軸に液滴衝突による体積損傷率をとって、両者の相関を調べたものです。キャビテーション損傷に強い材料は液滴衝撃による損傷にも強い抵抗力を有することを示しています。
図4.7.14 キャビテーション損傷と液滴衝撃による損傷との相関関係
3.3 材料のキャビテーションに対する耐摩耗性
耐キャビテーション摩耗性材料の選択のために基本的な決定要因は、キャビテーションを発生する機器の規模であることが多いです。キャビテーションはポンプインペラーからダム放水路に至るまで、あらゆる要素で発生する可能性があります。
キャビテーションの基本的な特徴は、材料の最も脆弱な部分を優先的に攻撃することです。
例えば、鋳鉄がキャビテーションに暴露する場合グラファイト(黒鉛)がそれに当たります。グラファイトはぜい性破壊を起こしてき裂の起点になり、急速な摩耗が起こります。ステンレス鋼は、鋳鉄と比較すると耐キャビテーション性能に優れています。ステンレス鋼では、マルテンサイト鋼が最も優れたキャビテーションに対する抵抗性を持ち、続いてオーステナイト鋼で、フェライト系ステンレス鋼が性能的に最も劣ります。
参考文献
トライボロジー入門 岡本純三 他 幸書房
フレッチング摩耗と最近の見解 佐藤準一 防食技術 Vol.37,No.1 1988
摩耗はなぜ起こるのか 水本宗男,宇佐美賢一 ターボ機械Vol24,No5 1996
キャビテーション(3) (損傷) 小林陵二 ターボ機械 Vol3,No4 1975
Engineering Tribology G.W. Stachowiak, A.W. Batchelor Butterworth Heinemann
Cavitation and Multiphase Flow Phenomena F.G. Hammitt McGraw-Hill 1980
引用図表
図4.7.1 (a) 球と平板との弾性接触部における固着域と滑り域 フレッチング摩耗と最近の見解
図4.7.1 (b),(c),(d) 球と平板との弾性接触部における応力 Engineering Tribology
図4.7.2 微小振幅下のフレッチング摩耗の発生 フレッチング摩耗と最近の見解
図4.7.3 鋼球の摩耗が発生するまでの繰返し数と振幅との関係 フレッチング摩耗と最近の見解
図4.7.4 焼き戻し軸受鋼の摩耗粉はく離部 フレッチング摩耗と最近の見解
図4.7.5 自然界のエロージョン(風食) pxabay
図4.7.6 噴流式土砂摩耗試験機 摩耗はなぜ起こるのか
図4.7.7 噴流投射各位置での摩耗の形態 摩耗はなぜ起こるのか
図4.7.8 実機水車の微視的摩耗形態 摩耗はなぜ起こるのか
図4.7.9 Al及びAl2O3の衝突角度とエロージョン量との関係 摩耗はなぜ起こるのか
図4.7.10 延性金属材料のエロージョンにおける材料脱離の基本的な3つの機構 摩耗はなぜ起こるのか
図4.7.11 ぜい性材料に球形粒子が衝突した場合の割れ 摩耗はなぜ起こるのか
図4.7.12 壁面に付着した気泡により発生する噴流 Cavitation and Multiphase Flow Phenomena
図4.7.13 キャビテーション気泡の崩壊により形成されたクレータ Cavitation and Multiphase Flow Phenomena
図4.7.14 キャビテーション損傷と液滴衝撃による損傷との相関関係 キャビテーション(3) (損傷)
ORG:2018/11/26
REV:2018/12/1