8.6弾性流体潤滑(EHL)理論

8.6弾性流体潤滑(EHL)理論(Elastohydrodynamic Lubrication (EHL) Theory)

 

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1. 弾性流体潤滑(EHL)理論とは

弾性流体潤滑(EHL)理論とは、高負荷および高圧環境下における潤滑現象を説明するための理論です。EHLは、主に歯車、ベアリング、クラッチなどの機械部品の接触面において発生する高圧下での潤滑状態を解析するために用いられます。従来の流体潤滑(HDL;Hydrodynamic Lubrication)理論では、このような接触面の油膜厚さは、表面粗さより小さくなって、短期間で表面に損傷を生じると予測されます。ただ実際の接触面は、接触面の微小な弾性変形や潤滑剤粘度の圧力依存性などの特性を考慮する必要があります。弾性流体潤滑理論では、接触する部品の表面が弾性的な変形、潤滑剤の圧力上昇による粘度増加により、潤滑膜を形成します。
弾性流体潤滑理論によれば、機械部品の信頼性向上に寄与するだけでなく、メンテナンス頻度を減らし、長期間にわたって安定した性能を提供することが期待されます。例えば、自動車のトランスミッションや工業用機械のベアリングなど、過酷な環境で使用される機械要素において、弾性流体潤滑の適用が広く行われています。
このように、弾性流体潤滑理論は、摩擦と摩耗の抑制だけでなく、機械の寿命延長とメンテナンスコスト削減に大きな効果をもたらすため、現代の機械工学における重要な基盤技術の一つとして認識されています。

 

2. 弾性流体潤滑(EHL)の基本メカニズム

弾性流体潤滑(EHL)における潤滑膜の形成は、潤滑剤が高圧下で大きく変化する粘度特性に依存しています。接触する部品間の圧力が上昇すると、潤滑剤の粘度が著しく増加し、これに伴って潤滑膜が形成されます。また、部品の表面は高圧力を受けて弾性的に変形し、これが潤滑膜の厚みや形状に直接影響を与えます。この弾性変形と流体の相互作用を正確に予測することが弾性流体潤滑理論の目的です。

 

2.1弾性流体潤滑(EHL)における力学的モデル

弾性流体潤滑の解析は、流体の挙動を記述する Navier-Stokes方程式 と、接触面の弾性変形を記述する 弾性理論 とが用いられます。以下に示す数式が、弾性流体潤滑(EHL)モデルを構築する際に用いられます。

(1) Navier-Stokes方程式

弾性流体潤滑(EHL)下での流体の運動は、次の Navier-Stokes方程式 によって記述されます。

\( \rho \left( \displaystyle\frac{ \partial u }{ \partial t } + u \cdot \nabla u \right) = – \nabla p + \mu \nabla^2 u + \rho g \)

ここで:
\( \rho \) : 流体の密度
\( u \) : 流速ベクトル
\( p \): 圧力
\( \mu \): 動粘度
\( g \): 重力加速度
この方程式は、潤滑剤が高圧下で非ニュートン流体的な挙動を示す状況に適用されます。

(2) Reynolds方程式

弾性流体潤滑解析においては、薄い潤滑膜の挙動を簡潔に記述するために Reynolds方程式 も用いられます。

\( \displaystyle\frac{ \partial }{ \partial x } \left( \rho h^3 \displaystyle\frac{ \partial p }{ \partial x } \right) + \displaystyle\frac{ \partial }{ \partial y } \left( \rho h^3 \displaystyle\frac{ \partial p }{ \partial y } \right) = 6 \eta U \displaystyle\frac{ \partial h }{ \partial x } \)

ここで:
\( h \): 潤滑膜の厚さ
\( \eta \): 潤滑剤の動粘度
\( U \): 表面速度
この方程式により、接触面における圧力分布を予測し、薄い潤滑膜がどのように形成されるかを解析します。

(3) 接触面の弾性変形

弾性流体潤滑状態では、接触する部品の表面が高圧力によって弾性変形するため、これを考慮する必要があります。弾性変形は Hertzの接触理論 に基づいて解析されます。

\( \delta = \displaystyle\frac{ 3 F ( 1 – \nu^2 ) }{ 4 E R^{ 1/2 } } \)

ここで:
\( \delta \): 接触面の変位
\( F \): 接触荷重
\( \nu \): ポアソン比
\( E \): ヤング率
\( R \): 接触半径
この式は、弾性流体潤滑状態における接触面の変形量を計算し、潤滑膜の形成にどのような影響を与えるかを定量的に評価するために使われます。

(4) 高圧下での粘度変化

潤滑剤の粘度は圧力の増加に伴って増大します。この関係は次の Barusの式 で表されます。

\( \eta ( p ) = \eta_{ 0 } exp ( \alpha p ) \)

ここで,
\( p \): 接触面間の圧力
\( \eta ( p ) \): 圧力\( p \) における粘度
\( \eta_{ 0 } \): 大気圧下での粘度
\( \alpha \): 粘度圧力係数
この式により、潤滑剤の圧力依存性を考慮した解析が可能になります。高圧下では粘度が急激に増加し、潤滑膜の安定性を高めます。

 

2.2 数値解析の重要性

弾性流体潤滑(EHL)の基本メカニズムでは、流体力学と弾性力学とが融合した解析が必要です。Navier-Stokes方程式やReynolds方程式に加え、Hertzの接触理論、さらには潤滑剤粘度の圧力依存性を考慮することで、接触面の圧力分布や弾性変形が予測可能となります。その結果、設計精度が向上し、機械部品の耐久性と性能の向上が期待されます。
ただ、弾性流体潤滑の問題は、非線形性が高いため、通常は、有限要素法(FEM)や有限差分法(FDM)などの数値解析手法が広く用いられています。これらの手法により、複雑な形状や異なる材料特性を持つ部品間の接触問題を詳細に解析することが可能になります。

 

3. EHL理論の数値解析手法

EHL解析は、非線形かつ複雑な連立微分方程式を解く必要があり、有限要素法(FEM)や有限差分法(FDM)といった数値解析手法が使用されます。これらの手法により、接触面の弾性変形と潤滑膜の形成を同時に解析し、精度の高いシミュレーションが可能です。さらに、解析の精度向上のために、実験データとの比較を通じたモデルの妥当性の検証が行われます。特に、潤滑剤の圧力依存性や非ニュートン流体としての特性がモデルに反映されることで、現実に即した解析結果を得ることができます。
ここでは、主に使用される数値解析手法である有限要素法(FEM)や有限差分法(FDM)の特徴と、解析精度向上のための取り組みについて、簡単に記述します。

 

3.1 有限要素法(FEM)による解析

有限要素法(FEM)は、EHL解析において最も一般的に使用される手法の一つです。この手法では、解析対象の領域を多数の小さな要素(メッシュ)に分割し、それぞれの要素に対して物理法則を適用します。これにより、接触面の変形と潤滑膜の形成を高精度に解析することが可能です。
FEMを用いたEHL解析では、次のような連立方程式が解かれます。

\( [ K ] \{ u \} = \{ F \} \)

ここで,
 \( [ K ] \): 剛性マトリックス
 \( { u } \): 変位ベクトル
 \( { F } \): 外力ベクトル

接触部の弾性変形は、これらの連立方程式を解くことにより求められます。FEMは特に複雑な形状の解析や、異なる材料の部品同士の接触解析などに適しており、EHLモデルにおいて重要な役割を果たします。

 

3.2 有限差分法(FDM)による解析

有限差分法(FDM)は、解析領域を格子状に分割し、微分方程式を差分近似で離散化して解く手法です。FDMを用いることで、流体の挙動を記述するNavier-Stokes方程式やReynolds方程式を数値的に解くことができます。
ここでは例として、Reynolds方程式を離散化した例を示します。

\( \displaystyle\frac{ p_{ i+1,j } – 2 p_{ I,j } + p_{ I-1,j }}{ \Delta x^2 } + \displaystyle\frac{ p_{ i,j+1 } – 2 p_{ I,j } + p_{ I,j-1 }}{ \Delta y^2 } = \displaystyle\frac{ 12 \eta U }{ h^3 } \)

このように、FDMでは圧力分布や潤滑膜厚さの数値解が得られます。FDMは計算が比較的高速であるため、大規模なシミュレーションに適しています。

 

3.3 数値解析の課題

弾性流体潤滑(EHL)解析では、数値解の精度が重要です。しかし、EHLのような非線形問題では、数値解析にいくつかの課題が伴います:
 1. 計算の安定性と収束性: 非線形性の高い問題では、計算が発散することがあります。そのため、反復法や適切な初期条件の設定が重要です。
 2. 高計算コスト: 解析の精度を上げるためには、非常に細かいメッシュが必要となり、計算時間が長くなることがあります。
 3. モデルの妥当性確認(バリデーション;validation): 数値解析によって得られた結果を実験データと比較し、モデルの妥当性を検証する必要があります。

 

4. 潤滑剤の選定と特性評価

弾性流体潤滑(EHL)理論の効果的な適用には、潤滑剤の選定が極めて重要です。潤滑剤の粘度は圧力と温度に大きく依存するため、高圧下でも適切な粘度を維持できる潤滑剤が求められます。さらに、潤滑剤の組成や添加剤の種類も摩耗防止や耐熱性に影響します。弾性流体潤滑(EHL)解析では、潤滑剤の物性データを活用し、最適な潤滑条件を設計します。これにより、機械の性能向上とメンテナンス頻度の低減が実現されます。

 

4.1 潤滑剤の基本的な選定

弾性流体潤滑(EHL)理論が適用される潤滑剤を選定するために、以下の要因が考慮されます。
 ・ 粘度とその圧力依存性: 潤滑剤の粘度は、圧力が高くなると増加します。高圧環境下でも適切な粘度を維持できることが、潤滑膜の安定化に重要です。
 ・ 温度依存性: 潤滑剤は温度の上昇で粘度が低下するため、使用条件に応じた耐熱性が求められます。
 ・ 化学的安定性: 潤滑剤が長期間にわたって劣化しないことが重要です。酸化や熱による分解を防ぐ安定性が必要です。
 ・ 摩耗防止特性: 潤滑剤には、摩耗を低減するための添加剤が配合されることが一般的です。

これらの要素を総合的に評価し、使用する機械の運用条件に最適な潤滑剤を選定します。

 

4.2 潤滑剤の粘度と圧力・温度依存性

EHLの潤滑膜形成において、粘度は最も重要な特性の一つです。高圧下では、潤滑剤の粘度は著しく増加し、潤滑膜を安定させる効果を発揮します。この関係は、先に示したBarusの式で表されます。

\( \eta ( p ) = \eta_{ 0 } exp ( \alpha p ) \)

ここで,
\( p \): 接触面間の圧力
\( \eta ( p ) \): 圧力\( p \) における粘度
\( \eta_{ 0 } \): 大気圧下での粘度
\( \alpha \): 粘度圧力係数

この方程式は、潤滑剤が圧力の上昇に応じてどの程度粘度が増加するかを示します。潤滑剤の粘度が高くなりすぎると流動性が低下し、過剰な抵抗が発生するため、適切なバランスが求められます。

また、温度が上昇すると粘度が低下するため、温度の影響も考慮する必要があります。温度変化による粘度の変化は、以下のArrheniusの式でモデル化されます:

\( \eta(T) = \eta_{ 0 } exp \left( \displaystyle\frac{ E }{ RT } \right) \)

ここで、
\( \eta( T ) \): 温度\( T \)における粘度
\( E \): 活性化エネルギー
\( R \): 気体定数
このように、弾性流体潤滑(EHL)においては圧力と温度の両方に対応する粘度特性を持つ潤滑剤が求められます。

 

4.3 添加剤の種類とその役割

弾性流体潤滑(EHL)に使用される潤滑剤には、いろいろな添加剤が配合されます。これにより、摩耗防止や耐熱性の向上、酸化防止といった機能が強化されます。代表的な添加剤の種類とその役割を以下に示します。
 ・極圧添加剤(EP添加剤): 高圧条件下で摩耗を防ぐため、表面に保護膜を形成します。硫黄系やリン系の化合物が一般的に使用されます。
 ・摩擦調整剤: 摩擦係数を低減するために用いられ、金属表面に吸着して潤滑性を高めます。
 ・酸化防止剤: 潤滑剤の酸化を防止し、長期間にわたって劣化を抑える役割を果たします。
 ・耐熱添加剤: 高温下での安定性を向上させるために添加され、潤滑剤の分解を抑えます。
これらの添加剤が適切に配合されることで、EHL潤滑剤は過酷な環境下でも安定した性能を発揮します。

 

4.4 潤滑剤の物性データを活用した設計

弾性流体潤滑(EHL)の解析では、潤滑剤の詳細な物性データが必要です欠かせません。粘度、圧力依存性、温度特性、化学的安定性などのデータをもとに、解析モデルが構築されます。これにより、接触面における潤滑膜の厚さや圧力分布を正確に予測し、最適な潤滑条件を設計することが可能になります。
例えば、FEM(有限要素法)を用いたシミュレーションでは、潤滑剤の粘度圧力係数や温度特性をパラメータとして組み込むことで、実際の運用条件に近い解析が行われます。これにより、潤滑性能を最大化しつつ、摩耗や損傷を最小限に抑える設計が可能になります。

 

5. 弾性流体潤滑(EHL)の応用例

弾性流体潤滑(EHL)は、機械要素間の接触面における潤滑と摩耗の制御を目的とし、広範な分野で活用されています。特に、回転運動や高負荷がかかる部品においては、EHL理論が不可欠です。

 

5.1転がり軸受における弾性流体潤滑(EHL)の応用

転がり軸受は、回転軸を支えるための重要な機械要素であり、弾性流体潤滑(EHL)理論により、摺動現象を説明することができます。高負荷下での回転運動が繰り返されるため、接触面の摩耗を防ぐために潤滑膜の形成が不可欠です。弾性流体潤滑(EHL)の応用により、以下のような効果が得られます。
 ・摩耗の低減: 潤滑膜が接触面を覆うことで、金属同士の直接接触が避けられ、摩耗が抑えられます。
 ・寿命の延長: 高圧下でも安定した潤滑膜が維持されるため、ベアリングの寿命が向上します。
 ・低振動・低騒音: 潤滑膜が衝撃を吸収し、振動や騒音を低減します。

図に、転がり軸受のEHL理論に基づく圧力分布形状の例を示します。

図 転がり軸受のEHL理論に基づく圧力分布形状の例  出典:東芝レビュー Vol.53 No.9

 

5.2 歯車における弾性流体潤滑(EHL)の応用

歯車は、動力伝達に欠かせない機械要素であり、その効率を最大化するために弾性流体潤滑(EHL)が重要な影響を果たします。歯車の歯面が高圧で接触する際、弾性流体潤滑(EHL)による潤滑膜が形成され、以下のような効果が得られます:
 ・効率の向上: 潤滑膜が滑らかな接触を促進し、摩擦損失を低減します。
 ・摩耗防止: 弾性流体潤滑(EHL)理論に基づいた潤滑により、歯面の摩耗・損傷を抑制します。
 ・振動の低減:歯面の衝撃が緩和され、振動と騒音が減少します。
自動車のトランスミッションや工業用減速機では、高速回転と高負荷がかかるため、弾性流体潤滑(EHL)の考え方が欠かせません。歯車潤滑の最適化により、効率的なエネルギー伝達と部品の長寿命化が実現します。

 

5.3 カム機構における弾性流体潤滑(EHL)の応用

カム機構は、往復運動や不規則な動きを制御するために用いられ、特に自動車エンジンで使用されることが多いです。カムとフォロワーが接触する箇所には非常に高い圧力がかかるため、弾性流体潤滑(EHL)が重要な役割を果たします。
 ・潤滑膜の形成による摩耗防止: 高圧環境でも潤滑膜が形成され、カム表面の摩耗を防ぎます。
 ・エネルギー損失の低減: 滑らかな接触がエネルギー損失を抑え、エンジン効率が向上します。
 ・騒音の低減: カムとフォロワーの接触時に潤滑膜が衝撃を吸収し、騒音を低減します。

 

5.4トラクションドライブにおける弾性流体潤滑(EHL)の応用

トラクションドライブとは、自動車の無段変速機に適用される機構で、ローラーやディスクなどの円盤状の部品が相互に接触しながら動力を伝達する機構で、これらの接触部は接触面が非常に狭く、高圧力がかかりますので、潤滑が適切に行われることが必要です。
トラクションドライブでは、弾性流体潤滑(EHL)理論が重要な役割を果たします。
 ・トラクション係数の予測: EHL理論を用いることで、潤滑油の種類、温度、圧力、すべり率などの条件から、トラクション係数を予測することができます。トラクション係数は、トラクションドライブの効率やトルク伝達能力を決定する重要なパラメータです。
 ・油膜厚さの予測: EHL理論により、接触面における油膜の厚さを予測することができます。油膜が薄すぎると金属同士が直接接触し、摩耗や焼付きが発生する可能性があります。
 ・潤滑油の選定: EHL理論に基づいて、トラクションドライブに適した潤滑油の粘度、添加剤の種類などを選択することができます。

 

6. EHLの課題と今後の展望

弾性流体潤滑(EHL)は摩擦と摩耗を制御し、機械要素の信頼性を向上させるために欠かせない技術ですが、その解析と応用にはいくつかの課題が存在します。弾性流体潤滑(EHL)理論を効果的に活用するためには、数値解析の効率化、ナノスケールでの理解の深化、そしてAI技術を活用した新しい解析手法の開発が求められています。
弾性流体潤滑(EHL)における現在の課題と、それに対する解決策や今後の技術的な展望について示します。

 

6.1 数値解析における計算負荷の課題

弾性流体潤滑(EHL)解析は、非線形連立方程式を数値的に解く必要があるため、非常に高い計算負荷が伴います。例えば、有限要素法(FEM)や有限差分法(FDM)を用いる解析では、接触面の変形、潤滑剤の粘度変化、圧力分布などの複数の要素を同時に考慮する必要があります。そのため、解析の精度を上げるためにメッシュを細かく分割すると、計算時間が膨大になります。この計算負荷を低減するために、以下のような取り組みが進められています。
 ・並列計算の導入: 複数のプロセッサで解析を同時に実行し、計算時間を短縮します。
 ・効率的なアルゴリズムの開発: 反復法や適応メッシュ技術を用いることで、計算資源の使用を最適化します。
 ・クラウドコンピューティングの活用: 大規模な解析を外部のクラウドサーバーで実行し、計算能力を拡張します。
これらの取り組みにより、EHL解析の実行時間が短縮され、より現実的なシミュレーションが可能になります。

 

6.2 ナノスケールでの潤滑挙動の研究

弾性流体潤滑(EHL)理論は、接触面における潤滑膜の形成をミクロスケールで理解することを基礎としていますが、近年の研究ではさらにナノスケールでの挙動解析が進められています。ナノスケールでの潤滑挙動の理解は、以下のような分野で重要です:
 ・表面粗さの影響の解析: ナノレベルの表面の凹凸が潤滑膜の安定性に与える影響を評価します。
 ・潤滑剤分子の挙動のモデリング: 分子動力学シミュレーションにより、潤滑剤分子が高圧下でどのように動くかを予測します。
 ・界面現象の解明: ナノスケールでの液体-固体間の相互作用を理解し、より高度な潤滑剤設計に役立てます。
このようなナノスケールの理解が進むことで、弾性流体潤滑(EHL)の理論はさらに進化し、機械要素の設計やメンテナンスの精度が向上します。

 

6.3 AI技術を活用した予測モデルの開発

AI(人工知能)技術の発展に伴い、大量のデータをもとにした弾性流体潤滑(EHL)解析の効率化が進んでいます。特に、機械学習を活用した予測モデルは、従来の物理モデルを補完し、以下のようなメリットをもたらします:
 ・大規模データからのパターン抽出: 多くの実験データやシミュレーション結果をもとに、摩擦と摩耗のパターンを学習します。
 ・迅速な解析: 物理モデルに基づく解析に比べ、短時間での予測が可能になります。
 ・異常検知とメンテナンスの最適化: AIモデルが異常を早期に検出し、適切なメンテナンス時期を予測します。
AI技術の導入により、弾性流体潤滑(EHL)解析の効率が向上し、運用コストの削減と信頼性の向上が期待されています。

 

6.4 マルチフィジックス解析との統合

弾性流体潤滑(EHL)解析では、潤滑剤の流動だけでなく、熱伝導、構造力学、表面化学など、複数の物理現象が関与します。これらを統合的に解析するためのマルチフィジックス解析が重要です。マルチフィジックス解析の導入により、以下のような高度な解析が可能になります:
 ・熱と圧力の同時解析: 高温下での圧力変化が潤滑膜に与える影響を評価します。
 ・構造変形の影響の評価: 部品の変形が潤滑性能に与える影響を詳細に解析します。
 ・材料特性の最適化: 異なる材料の組み合わせによる潤滑性能の向上を目指します。
これにより、より現実に即した解析が可能となり、設計の最適化が促進されます。

 

6.5. 今後の展望

弾性流体潤滑(EHL)理論は、今後もさらなる技術的な進展が期待されます。以下のような新しい研究分野が注目されています:
 ・自己潤滑材料の開発: EHLの原理を応用し、摩擦が減少する材料の開発が進められています。
 ・次世代潤滑剤の開発: ナノ粒子を含む潤滑剤や、生分解性のあるエコフレンドリーな潤滑剤の研究が進んでいます。
 ・スマートメンテナンスの導入: AI技術を活用し、EHL潤滑の状態をリアルタイムで監視し、予防保全を行うシステムの開発が進行中です。
これらの技術進展により、EHL理論はより広範な分野での応用が可能となり、機械工学全体の進化を支える基盤技術としての地位を強化していくでしょう。

 

7. 最後に

本コンテンツでは、数理的な記述が出来ていません。改稿時に追加するようにします。

 

参考文献
「弾性流体潤滑理論(EHL理論)」NACHI TECHNICAL REPORT Vol.11 D1 2006年October
「機械システムの信頼性・性能向上に貢献するトライボロジー技術」 大富浩一 
      東芝レビュー Vol.53 No.9 1998年
chatGPT他、生成AI

引用図表
図 転がり軸受のEHL理論に基づく圧力分布形状の例  出典:東芝レビュー Vol.53 No.9

ORG:2024/10/18