高周波焼入れ(JIS記号: HQI)
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高周波焼入れ(Induction hardning)(JIS記号: HQI)
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1.概要
高周波焼入れは、ワーク表面を高周波電流により発生する誘導加熱を利用して急速に加熱した後、ただちに急冷して表面を硬化させる表面熱処理方法の一種です。
高周波による加熱の原理は、磁性体である鋼の周囲にコイル状に成形した導線(誘導子)を配置して電流を流すと、鋼の表面に交番磁束が生じて、二次電流が誘導電流として発生します。この二次電流を渦電流といいます。
発熱は、鋼によるヒステリシス損失と、誘導電流による渦電流損によって生じます。すなわち鉄損により発生するジュール熱により、ワークを加熱します。この渦電流は、ワークの表面ほど電流密度が高くなります。いわゆる表皮効果というものです(図1)。
高周波電流の浸透深さは、鋼の比透磁率や抵抗が同じであれば、周波数によって決まります。そのため、いろいろな周波数の発生に対応する高周波発振機があります。
高周波焼入れが適用される鋼種は、機械構造用炭素鋼(S∗∗C)及び低合金鋼(SCM∗∗∗)です。一般的には、炭素鋼ではS45Cがよく使用されます。焼割れが少ないうえに硬さも得られるます。低合金鋼ではSCM435がよく使用されます。
2. 高周波焼入れの特徴
高周波焼入れは、以下の特徴があります。
① 直接ワークを加熱するため、熱効率が良く、作業時間が短くて済みます。
② 部分焼入れが可能で、硬化層深さの設定も比較的容易です。
③ 短時間加熱、急冷処理のため、ワークの酸化、脱炭、変形が少なくて済みます。
④ 条件設定が比較的単純なため、焼入れ作業の標準化、自動化が比較的容易にできます。
⑤ 急熱、急冷するため、表面に大きな圧縮残留応力が生じて、耐摩耗性のみならず耐疲労性も向上します。
3. 高周波焼入れ装置
高周波焼入れ装置の構成要素は、以下の通りです(図2)。
高周波発振機及び、操作盤、焼入れ機、ワーク保持具、誘導子(コイル)等からなります。
(1) 高周波発振機
高周波発振機は、要求される周波数によって、真空管方式(高周波)及び、トランジスタ方式(中間周波数)、サイリスタ方式(低周波)などがあります。従来は効率や使い勝手の良さから真空管式、サイリスタ式が多く使用されていましたが、近年では、高周波、低周波の領域とも、トランジスタ方式が主流になりつつあります。
表3に高周波焼入れの標準的な条件を示します。
焼入れ面積が大きいワークや、短時間での加熱が要求される場合は、大出力の発振機が要求されます。
経験的には電流密度は0.5~1.0kW/cm2の範囲と言われています。加熱時間を考慮しながら発振機の出力を設定します。この辺りは、要求仕様に対して、メーカの技術者により経験的、試行錯誤的に決定されることが多いようです。
(2) 誘導子(コイル)
高周波焼入れにとって、ワークの焼入れ状態を決定する重要な因子です。対象となるワーク形状によって、色々な形状のコイルが設計されます。図4に代表的な形状を示します。
図5に、炭素鋼の長物シャフトへの高周波焼入れの適用例をyou tubeから引用します。ここで誘導子(コイル)は固定されて、シャフトは回転しながら下方に移動して誘導子(コイル)を通過して加熱された後、冷却液により急冷される様子がわかります。
図6は、歯車の焼入れの例で全歯焼入れの例です。
4.硬化層の深さ
(1) 電流浸透深さ
誘導子(コイル)に流れる交流により、誘導子に近接する磁性体の表面に発生する交番磁束による誘導電流が渦電流と呼ばれるものです。この渦電流が表面の電流強さの0.368倍に減少した点までの深さを、電流浸透深さと定義されます。
電流浸透深さをδ(cm)、周波数f(Hz)との間には、以下の関係が成り立ちます。
ここで、ρは材料の固有抵抗(μΩ・cm)、µは透磁率です。
電流浸透深さは、硬化層深さにある程度の相関があります。
(2) 周波数による硬化層の影響
硬化層が電流周波数により、どう影響するかを考えてみましょう。
① 加熱深さは、周波数の平方根に反比例します。
② 誘導作用は、周波数に比例します。
③ 発熱作用は、周波数の2乗に比例します。
④ 電流浸透深さは周波数が低い場合には厚くなります。周波数が高い場合には浅くなります(図7)。電流浸透深さは硬化層の厚さにほぼ比例します。
(3) 加熱時間による硬化層の影響
硬化層深さは、加熱時間の影響を大きく受けます(図8)。図8より、1.5秒加熱の場合の有効硬化層厚みは0.3mmに対して、8秒加熱の場合は2.6mmにもなります。
ただし、加熱時間が長くなると、焼割れや、変形、脱炭などの悪い影響が出ますので、以下のようなじょいう権設定を行います。
① 浅い硬化層が要求される場合は、加熱時間は3秒以内とします。
② 変形を防止したい場合は、加熱時間は3秒以内とします。
③ 切欠きや段付きがあるワークに高周波焼入れを適用する場合は、底部やR部も硬化するように、低い周波数(10~20kHz)で加熱時間を長く取ります。
④ 発振機が小出力の場合は、焼割れに注意しながら、加熱時間を長く取ります。
(4) JISに規定された硬化層深さ
JISによれば、硬化層深さは全硬化層深さと有効硬化層深さとの2種類が定義されます。
これらの定義は、図9に示されます。
図9 全硬化深さと有効硬化層深さ
全硬化層深さは、硬化層表面から鋼内部の母材硬さに達するまでの深さです。有効硬化層深さは、硬化層表面から50%マルテンサイトになる限界硬さに達するまでの深さです。限界硬さは鋼の炭素量により決められています(表10)。
硬化層深さは、表3に示すように、耐摩耗性のみを目的とする場合は、0.5~1.0mmと浅く設定し、耐疲労性を重視する場合は、4~6mmと深く設定します。
5.表面硬さ
通常の焼入れ処理の鋼と比較すると、高周波焼入れの場合は表面硬さが高いものが得られます。例えば、S40Cを水焼入れした場合の硬さがHRC55程度であるのに比較して、高周波焼入れの場合、焼きなまし材でHRC60、調質材でHRC64に達します。
この理由は、鋼を急速加熱するため、マルテンサイトが微細なこと、炭化物(セメンタイト;Fe3C)の一部が溶解しないで残留するためと、考えられます。
しかし、焼入れ硬さが高いと、焼割れや変形が生じやすくなりますので、あまり硬さのみを追求しないように注意が必要です。
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6.残留応力
高周波焼入れでは、鋼表面はマルテンサイト組織になって、膨張しようとします。内部組織は変わらないので膨張を抑える方向に働き。鋼表面では圧縮応力、内部には引張応力が残留します。
表面に圧縮残留応力があると、疲労強度が向上します。ただし、加熱時間のわずかな差でも、疲労強度が影響を受けますので、条件設定には注意が必要です(図11)。
7. 高周波焼入れのトラブルと対策
高周波焼入れは、表面硬化法として浸炭や窒化よりはるかに生産性が高い熱処理方法です。
一方、短時間加熱のため、処理時間のコントロールが難しい方法です。わずかな時間不足でもフェライトが残ってしまいますし、わずかな時間過多で結晶粒の粗大化を招いてしまいます。時間の管理を正しく行わないと、硬さや、硬化層深さ、残留応力に大きな影響を与えます。
本項では、高周波焼入れの際に生じる3大トラブルである、焼割れ、軟点、はく離について考えましょう。
(1) 焼割れ
高周波焼入れで発生する焼割れは、微小なものが多く、磁粉探傷試験などの非破壊検査でも見落とす可能性があります。
従って、まず焼割れの発生しにくい鋼を選定する必要があります。高周波焼入れに適した鋼種は、炭素量が0.3~0.5%の機械構造用炭素鋼(S∗∗C)、や低合金鋼であるSCM435です。SCM440も使用されることがあります。
高周波焼入れに適した金属組織は、ソルバイトです。微細なソルバイト組織は、短時間加熱でも均一なオーステナイト組織になりやすく、焼割れの恐れが減少します。
一方熱処理条件からは、オーバヒートを避ける必要があります。鋭角部やキー溝部、穴の周辺部などはオーバヒートしやすく、焼割れを起こしやすい部位です。この様な部分は丸みを付けたり、キー溝や穴には銅片を充填するなどの工夫が必要な場合もあります。
また、高周波焼入れは、表面層に熱応力と変態応力との2つの応力が作用します。加熱だけで焼きが入らなければ表面層は熱応力による引張応力が作用するだけですが、焼き入れができれば、熱応力を変態応力が上回って、表面には圧縮応力が残留します。焼きが入っていない場合は熱亀裂を生じる可能性があります。
また、高周波焼入れしたワークを高周波加熱で焼き戻しを行うと、表面に研磨割れと同じようなひび割れを生じます。従って、焼き戻しは電気炉で行うのが安全です。
焼き戻しについては、研削するワークや耐摩耗性を重視するワークに対しては、180~200℃で肉厚25mmに対して1時間の割合で低温加熱します。ただし、耐疲労性を目的とするワークについては疲労強度が低下するので焼き戻しは行いません。
(2) 軟点
高周波焼入れ部品の表面に暗紫色のバンドを生じることがあります。シャフト材のように回転移動焼入れを行う場合、らせん状のバンドが生じる場合があります。この着色部分は焼ムラで、硬さが低くなっています。着色部は研磨で除去されますが、軟点であることには変わりなく、発生しないように注意しなくてはなりません。
この現象は、高周波焼入れ時の温度ムラや、冷却液の噴出口のゴミ詰まり、噴出口のサイズ、数が不適当な場合に発生します。対策としては、誘導子(コイル)が単巻であれば複巻にするか、冷却水噴出口をスリット状にしたりします。
(3) はく離
はく離は、断面の硬さの変化の勾配が急激な場合や、硬化層深さが浅すぎる場合に発生します。対策としては予熱焼入れを採用して、硬化層を深くします(図12)。
引用文献
1.機械マンのための実用熱処理読本 (株)サーマル 松本 伸 氏 「ジャパン マシにスト連載」
2.トコトンやさしい熱処理の本 坂本 卓 氏 日刊工業新聞社
3.熱処理108つのポイント「テクニカブックス」 大和久 重雄 氏
4.STEEL HEAT TREATMENT – EQUIPMENT AND PROCESS DESIGN Taylor & Francis
5. 若い技術者のための機械・金属材料第1版 丸善株式会社
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図1. https://www.tama-eng.co.jp/heatcube/ 玉川エンジニアリング(株)様
図2.https://www.k-neturen.co.jp/products/ihsystem/tabid/149/Default.aspx ネツレン 高周波熱錬(株)様
表3.機械マンのための実用熱処理読本
図4.若い技術者のための機械・金属材料第1版
図5.三洋電子株式会社様
図6.https://koushuha.cocolog-nifty.com/koushuha/prouducts.html 高周波工業(株)様
図7.機械マンのための実用熱処理読本
図8.機械マンのための実用熱処理読本
図9.機械マンのための実用熱処理読本
表10.機械マンのための実用熱処理読本
図11. 機械マンのための実用熱処理読本