鋼のミクロ組織

鋼のミクロ組織(Microstructure of steel)

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本項では、鋼の顕微鏡組織(ミクロ組織)について見ていきましょう。ところで、皆さんは金属学の勉強をしたときに、フェライトやオーステナイトというタームは聞いたことがあるかもしれません。鋼のミクロ組織をあらわすタームには、多くが △○■イト(-ite)のように、”-イト” という語尾が付きます。これは、1888年「鋼の金属学」という論文でハウ氏が、”フェライト”、”セメンタイト”、”パーライト”となずけたのが最初といわれています。”-ite” の接尾辞は岩石学での命名法を鉄鋼組織に適用したといわれています。

 

有名なものでは、フェライト、オーステナイト、パーライト、マルテンサイト、セメンタイトなどがあります。本項では、有名な組織をいくつかその由来を交えて見ていきましょう。

 

 

1.いろいろな鋼のミクロ組織

 

1.フェライト(ferrite)

金属組織学では、α鉄のことをフェライト(Ferrite)と呼んでいます。語源はラテン語の鉄を意味する”Ferrum(フェルーム)” です。
フェライトは最大0.022%の炭素しか固溶できないので、ほとんど純鉄に近い組織です。結晶構造は体心立方晶(B.C.C.)ですが、911℃でγ鉄(F.C.C.)に変態します。ピクリン酸或いはナイタール液(希硝酸アルコール溶液)などで腐食すると、白色の組織として現れます。

亜共析鋼(hypo-eutectoid steel:0.85%C以下)では、パーライト(黒色に発色)と”free ferrite” との割合により、鋼のC%を顕微鏡組織から推定できるといわれています。
フェライトは柔らかくて、展延性が大きく強磁性です。ただし保磁力は小さいです。

ここで注意したいのは、フェライトにはもう一つ意味があることで、磁石や鉄心に使われる亜鉄酸塩もフェライトと呼ばれています。

 

2.セメンタイト(cementite)

冶金学上、炭化鉄(Fe3C:炭素量6.67%)のことをセメンタイトといいます。アメリカのH.M. Howe氏が命名しました。
セメンタイトは金属的光沢を有して、非常に硬くて脆く、磁性を持っています。硬さは焼入れした鋼よりさらに硬く、ブリネル硬さでおおよそ820あります。比重は7.82です。磁性は純鉄のおおよそ2/3、215℃で磁性を消失し非磁性となります。この変態をA0変態もしくはセメンタイトのキュリー点(Curie point)といいます。

顕微鏡組織に現れる形態はいろいろで例えば、層状(層状セメンタイトとして層状パーライト中に存在)や、球状(球状セメンタイト)、網状(網状セメンタイトとして過共析鋼[0.85~2.1%C]中に現れる) 、遊離状(遊離セメンタイト)などがあります。

ピクリン酸アルコール溶液でエッチングすると白色の組織となってフェライトと区別し難いですが、ピクリン酸ソーダのアルカリ溶液で煮沸すれば黒色となり、フェライトと容易に識別ができます。

セメンタイトは不安定な化合物で、900℃で長時間加熱すると、分解して黒鉛が析出します。これをセメンタイトの黒鉛化(graphitizing)といいます。

 

3.パーライト(pearlite)

パーライトは、フェライトとセメンタイトとの共析晶(eutectoid)で、イギリスのH.C. Sorby氏によって名づけられた組織です。フェライトとセメンタイトとがお互いに薄い薄膜の層状(厚さ;2.5/10 000 ~ 5/10 000 mm)になっており、光源を斜めから当てて観察すると、ちょうど真珠貝(pearl)のような色合いを示すことより、パーライトと名付けられました。

パーライトは、オーステナイト状態の鋼を焼なましした時に得られる組織で、鋼の組織としてはベースになるものです。パーライトの炭素濃度は常に一定でおおよそ0.85%です。パーライトは、硬さ、強さとも小さく、磁性を有して、最も安定な組織です。比重はオーステナイトマルテンサイトとの中間です。パーライトを加熱すると、A1変態点(727℃)で全てオーステナイトに変態します。

パーライトは、フェライト層とセメンタイト層との間隔の大小によって、大きいものから普通パーライト(normal pearlite もしくは coarse pearlite)、中パーライト(medium pearlite)、微細パーライト(fine pearlite)の3種類に分類されます。

普通パーライトは、倍率100倍で層状組織が認められます。これは従来からパーライトと呼ばれていたものです。
中パーライトは、層の間隔が3/10 000~3.5/10 000 mmのものをいいます。金属顕微鏡の倍率は2 000倍程度で、層状組織が認められます。この組織は、従来、焼入ソルバイトといわれていた組織です。
微細パーライトは、層の間隔が2.5/10 000 mm以下のもので、倍率が2 000倍でも層状が認められないものをいいます。この組織は従来、焼入トールスタイトまたは結節状トールスタイトと呼ばれていました。

 

4. オーステナイト(austenite)

オーステナイトは、イギリスの Sir Robert Austen(オーステン卿)が発見した組織です。炭素を固溶しているγ鉄、すなわちγ固溶体(侵入型固溶体)で、結晶構造は面心立方晶(F.C.C.)で、鋼をA1変態点(727℃)以上に加熱したときに得られる組織です。炭素の溶解度は1140℃で2.1%で、炭素含有量に応じて物理的/機械的性質が異なります。非磁性体で、電気抵抗が大きく、マルテンサイトよりも硬さは低いです。硬さはC%が多いほど硬くなります。常温では不安定な組織で、常温で加工すればマルテンサイトに変化します。顕微鏡的には多角形の組織です。

鋼を焼入れは、パーライト組織をA1変態点以上に加熱してオーステナイト組織にすることが必要です。これをオーステナイト化といいます。オーステナイト化には2種類あり、鋼をA3変態点(911℃)以上に加熱することを完全オーステナイト化(complete austenitizing)、A1~A3変態区域内に加熱することを部分オーステナイト化(partial austenitizing)といいます。

 

5.マルテンサイト(martensite)

マルテンサイトは、1981年ドイツの Adorf Martens(アドルフ・マルテンス)が発見した組織です。炭素を固溶しているα鉄、すなわちα固溶体(侵入型固溶体)で、結晶構造は体心正方晶(B.C.T.)及び体心立方晶(B.C.C.)で、オーステナイトを急冷して焼入れしたときに得られる組織です。

焼入組織の代表的な組織です。鋼の熱処理組織の内で最も硬く、もろく、かつ強磁性を有しています。顕微鏡的には、麻状または針状の組織です。マルテンサイトはオーステナイトよりも密度が小さいため、オーステナイト→マルテンサイトへの変化の際には膨張します。

マルテンサイトには、α及びβの2種類があります。
αマルテンサイトは、顕微鏡的に白色針状に現れる組織です。軸比(c/a)=1.025~1.06体心正方晶(B.C.T.)系のα固溶体ですαマルテンサイトは、比較的不安定な組織で、100~120℃に加熱すると、発熱を伴ってβマルテンサイトに変化します。
βマルテンサイトは、顕微鏡的に黒色針状に現れる組織です。低炭素鋼を焼入れした場合とか、または焼入れした鋼を100~200℃に焼もどしたときに現れる組織です。結晶構造は体心立方晶(B.C.C.)系です。硬さはαマルテンサイトより硬くて、焼入鋼が硬いのは主としてこの組織によります。

αセメンタイトよりは安定ですが、250℃以上に加熱すると分解してセメンタイトを分離し、350℃でトールスタイトに変化します。
αマルテンサイトとβマルテンサイトとの比較を表に示します。

表1 αマルテンサイトとβマルテンサイトとの比較

 

6.ベイナイト(bainite)

ベイナイトは、1930年アメリカのE.C. Bain が発見しました。オーステナイトをオーステンパ(austemper)と呼ばれる等温熱処理した際に得られる独特な組織です。

顕微鏡組織は、黒色の羽毛状(パーライト様)、もしくは黒色の針状(マルテンサイト様)を呈します。黒色羽毛状組織を上部ベイナイト(upper bainite)、黒色針状組織を下部ベイナイト(lower bainite)と呼び、区別しています。

オーステンパによってできるベイナイトは、焼もどしせずに従来の焼入・焼もどししたものと、同じ硬さで粘い性質なのでタフさが要求される機械部品に適用されます。

 

7.トルースタイト(troostite)

トールスタイトは、フランスのTroost(トルースト)が発見した組織です。α鉄とセメンタイトとの極微粒が混合した状態になっています。マルテンサイトを約400℃に焼もどしした場合、及び焼入れの際A1変態を550~600℃において生じさせたときに得られる組織です。

焼もどしによって得られるトルースタイトは、セメンタイトの極微粒がマルテンサイトの基地から析出した状態で、焼もどしトルースタイト(粒状混合物)と呼ばれます。後者によるものは、Ar’変態(550~600℃)によって生じたもので、結節状をしており結節状トルースタイト(nodular troostite)または焼入れトルースタイト(層状混合物)といわれるものです。

トルースタイトが、マルテンサイトに次ぐ硬さを持っており、弾性限界が高く、マルテンサイトより粘い性質を持っており、高級刃物の組織として使われています。但し、錆びやすいことが欠点です。

 

8.ソルバイト(sorbite)

ソルバイトは、1863年イギリスの H.C. Sorby (ソルビー)が発見した組織です。マルテンサイトを500~600℃で焼戻ししたときに得られる組織です。顕微鏡上は、トルースタイトのセメンタイト粒がやや粗くなった様相を示しています。焼もどしソルバイトともいわれます。

トルースタイトより軟らかく、また、マルテンサイトほど硬くも、もろくもなく、パーライトよりは硬くて強靭で、衝撃抵抗が大きいです。さらに、低温(-25~ -40℃)でも、もろくなりません。スプリングや鋼線などはソルバイト組織になるように熱処理されています。

なお、過去にはAr’変態(550~600℃)によって生じたもので、セメンタイトが微細な層状になっている組織を焼入れソルバイトと呼んでいました。

 

2.ミクロ組織相互の関係

1.では、金相学的に代表的な8つの組織についてみました。このうち、フェライトとセメンタイトとを除いた6つの金属組織については、加熱/冷却プロセスにより相互に関係があります(表2)。

パーライトを加熱して、A1変態点を超えるとオーステナイトになります。オーステナイトを冷して焼入れすると、マルテンサイトもしくはベイナイトになります。マルテンサイトを焼もどしすると、400℃でトルースタイト、600℃でソルバイトが得られます。焼入れ後、400℃以上で焼もどしすることを調質といいます。

表2 組織相互の関係

 

3.ミクロ金属組織の例

   フェライト

    セメンタイト

    パーライト

    オーステナイト

    マルテンサイト

    上部ベイナイト

    下部ベイナイト

    トルースタイト

     ソルバイト

 

 

 

参考文献
鋼・熱処理アラカルト  大和久重雄  日刊工業新聞社
金属熱処理用語辞典  大和久重雄  日刊工業新聞社
鉄鋼の顕微鏡写真と解説  佐藤知雄編   丸善株式会社
京都大学大学院 2014年辻先生講義資料 「先進構造材料特論」インターネット

 

引用図表
表1 αマルテンサイトとβマルテンサイトとの比較   金属熱処理用語辞典
表2 組織相互の関係  鋼・熱処理アラカルト
フェライト  鉄鋼の顕微鏡写真と解説  Fig.34;アームコ鉄
セメンタイト  鉄鋼の顕微鏡写真と解説  Fig.111;球状化セメンタイト
パーライト  鉄鋼の顕微鏡写真と解説  Fig.50;パーライト
オーステナイト  鉄鋼の顕微鏡写真と解説  Fig.348;オーステナイト
マルテンサイト  鉄鋼の顕微鏡写真と解説  Fig.62;マルテンサイト
上部ベイナイト  鉄鋼の顕微鏡写真と解説  Fig.84;上部ベイナイト
下部ベイナイト  鉄鋼の顕微鏡写真と解説  Fig.86;下部ベイナイト
トルースタイト  鉄鋼の顕微鏡写真と解説  Fig.82;トルースタイト
ソルバイト  鉄鋼の顕微鏡写真と解説  Fig.94;ソルバイト

 

ORG:2019/3/7