2.19 ステンレス鋼

2.19 ステンレス鋼(stainless steel)

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1. ステンレス鋼の定義

ステンレス鋼は、鉄にクロムやニッケルを一定量添加して、錆びにくくした特殊鋼に分類されます。JISでは材料記号として”SUS” と書きます。”SUS”の意味は、錆びにくい特殊鋼を表す”Steel Used Stainless” の頭文字をとったものです。

また、ステンレス鋼の錆びにくい特徴は、クロムの添加量が増えるにつれて錆びにくくなります(図2.19.1)。国際的な定義では、ステンレス鋼は、炭素含有量が1.2%以下、かつクロム含有量が10.5%以上の合金鋼と定義されています。

図2.19.1 Crの含有量による耐錆性

JIS規格では、鋼材として63種類が規定されています。さらにこれらの鋼種をベースにして、メーカーが独自に開発した鋼種を含めると200種類を超えるステンレス鋼が流通しているといわれています。

2. ステンレス鋼の分類

ステンレス鋼を成分から分類すると、添加元素がクロムをベースにしたものと、クロム-ニッケルをベースにしたものに大別されます。
また、金属組織により、クロム系はマルテンサイト系とフェライト系に、クロム-ニッケル系はオーステナイト系、オーステナイト-フェライト系(二相系)、および析出硬化系の5系統に分類されます(JIS規格による分類)。

・マルテンサイト系ステンレス(クロム系)
・フェライト系ステンレス(クロム系)
・オーステナイト系ステンレス(クロム-ニッケル系)
・⼆相系ステンレス(クロム-ニッケル系))
・析出硬化系ステンレス(クロム-ニッケル系)

各種元素が添加されることにより、特徴のあるステンレス鋼種が得られます。ここでは、マルテンサイト系、フェライト系、およびオーステナイト系のステンレス鋼について、鋼種のつながりを示します(図2.19.2、図2.19.3)。

 

図2.19.2 フェライト系、マルテンサイト系ステンレス鋼系統図

 

図2.19.3 オーステナイト系ステンレス鋼系統図

 

3. 添加元素が金属組織及び機械的性質に及ぼす影響

本項では、ステンレス鋼を構成する添加元素が、金属組織及び機械的性質に及ぼす影響を、JIS規格に表示される順序で述べます。

(1) 炭素 (C)

オーステナイト系鋼の場合、Cはオーステナイトの安定化元素です。Cは結晶格子間に侵入する侵入型元素で、結晶格子を歪ませることにより材料を強化します。強化される割合は、Nとともに元素中最大になります。
高温での使用の場合、炭化物生成元素を添加していないと、長時間ではCr炭化物が析出して、強度が低下します。
フェライト系ステンレス鋼の場合は、C含有量を低減することにより、じん性が改善されます。

(2) シリコン (Si)

Siは、Crと比較して強力なフェライト安定元素です。Siの増加は引張強さを向上させますが、じん性は著しく低下します。

(3)マンガン(Mn)

Mnは、オーステナイト安定化元素で、マルテンサイト変態を抑制します。機械的性質への影響は小さいです。

(4)リン(P)

Pは不純物元素として、含有量は低く抑えられます。偏析を起こしやすい、粒間腐食を誘起しやすい、熱間割れ性の増加、じん性の低下などをもたらして、有害な面が多い元素です。

(5)硫黄(S)

Sは、Pと同様不純物元素として、含有量は低く抑えられます。熱間加工性の低下、耐食性の低下をもたらします。ただ、積極的に添加して切削性の向上を図った快削鋼があります。

(6)ニッケル(Ni)

Niは、オーステナイト安定化元素で、マルテンサイト変態を抑制します。オーステナイト系ステンレス鋼では、Niの含有量が増加すると引張強さ、降伏点などの機械的性質が低下する一方、じん性は向上します。Ni含有量が低い場合、オーステナイト層が不安定になります。そのため加工硬化を起こしマルテンサイト相を生じ、延性が低下します。

(7)クロム(Cr)

Crは、ステンレス鋼の基本となる成分です。フェライト相は安定ですが、シグマ相析出によるぜい化である475℃ぜい性が問題になります。
フェライト系ステンレス鋼では、Crの増加とともに、硬さ、引張強さは増大する一方、伸びや絞り性は低下します。Crの含有量が30%を超えると、衝撃値が急激に低下します。

(8)モリブデン(Mo)

Moは、Crと同様フェライト生成元素で、マルテンサイト変態を抑制します。Moの添加は、結晶粒を微細化して強度が向上します。

(9)銅(Cu)

Cuは、オーステナイト生成元素です。オーステナイト系ステンレス鋼では、置換型の固溶になるため、引張強さを低減させ、加工硬化が低減します。析出硬化系ステンレス鋼ではマルテンサイトに過飽和状態に含有させて、熱処理によりCuリッチ相を微細析出させることで硬化させます。

(10)窒素(N)

Nは、オーステナイト系ステンレス鋼では、オーステナイトを安定させます。侵入型になるため材料を固溶強化します。

(11)チタン(Ti)

Tiは、Crよりも強力なフェライト安定化元素で、CとNと結合して炭化物や窒化物を形成します。オーステナイト系ステンレス鋼では、結晶粒を微細化し、クリープ破断強度の向上が図れます。

(12)ニオブ(Nb)

Nbは、強力なフェライト安定化元素で、Tiと同様にCやNとの結合力が強く炭化物、窒化物を形成します。強度向上に有効な元素です。オーステナイト系ステンレス鋼では、結晶微細化により、600℃程度までの高温強度が向上します。

4. フェライト系ステンレス鋼

フェライト系ステンレス鋼は、11~30%のCrを含むクロム系ステンレス鋼です。耐食性、耐熱性および加工性の面で有利な材料です。
金属組織はフェライト単相で、熱処理を施しても機械的性質はあまり変化しません。通常は、焼きなまし状態で用いられます。

低Cr系は、475℃ぜい性が生じやすい鋼種です。

中Cr系は、SUS430、SUS434などの極低C鋼、N鋼以外では、溶接などの加熱、冷却により、粒界腐食に対する感受性が高くなり、じん性も低下します。その他に475℃ぜい性、シグマぜい性もあり、高温での使用に注意が必要です。

高Cr系では、C,Nの含有量を低く抑えないと衝撃値が低下して、475℃ぜい性と複合して不具合の発生に注意が必要です。

フェライト系ステンレス鋼では、いくつかの特性に注意しなければなりません。

(1)鋭敏化

鋭敏化は、860℃以上の高温から急冷する場合に起きる現象です。粒界腐食により耐食性が著しく低下します。
材料に含まれるCが、基地に固溶しているCrと容易に結合してCr炭化物を生成して、主に結晶粒界に析出します。図2.19.4にその模式図を示します。このCr炭化物の近傍の点線で囲んだ部分のCr固溶量は著しく減少し、数%程度の低Cr組織になり、耐食性を著しく低下させるのが原因です。

図2.19.4 粒界腐食の模式図

粒界腐食を防止する方法として広く用いられている方法は、Cとの親和力がCrよりはるかに大きいTiやNbを添加して、これらにCを結合させて安定な炭化物にしておく方法です。これらの化合物にはCrを含まないので、基地に固溶しているCr量を減少させることはありません。ただし、この場合に高温度から急冷したままのものを、600℃前後に加熱すると、拡散速度が大きいCrの方が先に炭化物を生成し粒界腐食の原因になります。その対策として安定化焼きなましといい、850~900℃で2~4時間加熱して、あらかじめTiやNbの炭化物に代えておく必要があります。

(2)シグマぜい性

15%以上の高Cr鋼を、500~800℃、特に700~800℃に長時間加熱すると、炭化物の析出によるぜい化の他に、もろいシグマ相の析出によるぜい化が起こります。これをシグマぜい性といいます。シグマ相が細かく分散して析出すると、強さや硬さは増加しますが、伸びや、絞り、衝撃値などの粘り強さは低下します。
シグマぜい性は、Crが多いほど発生しやすく、25~30Crの場合に冷却速度が遅いと特にその危険性が増します。シグマ相を生成して、機械的性質が劣化したものは、950℃以上に短時間加熱後急冷することにより粘り強さが回復します。

(3)475℃ぜい性

12%以上の高Cr鋼を、450~550℃で長時間加熱後冷却すると、著しくぜい化し耐食性も劣化します。この現象を475℃ぜい性といいます。

フェライト系ステンレス鋼を、600℃以上に加熱したまま、冷却することなく使用する場合は475℃ぜい性は起こりませんが、450~550℃の温度範囲の加熱冷却を繰り返す装置の材料として用いる場合、注意が必要です。

475℃ぜい性の原因については、酸化クロム説や、リン化物説、炭窒化物説、シグマ相生成説、規則格子説、α固溶体の共析分解説などいろいろな説が提示されていますが、まだ十分な説明には至っていません。

5. マルテンサイト系ステンレス鋼

フェライト系ステンレス鋼が、低炭素のステンレス鋼であるのに対して、Cが通常は0.25~0.50%、用途によっては1.2%まで高めた、高Cr鋼です。熱処理により、高温のオーステナイト状態から急冷する焼入れ処理により、マルテンサイト組織にして、適当に焼き戻したものがマルテンサイト系ステンレス鋼です。
この鋼は、刃物や医療用器具、蒸気タービン翼、ダイス、ゲージ、耐食性ベアリング、耐摩耗性を要求される機械部品などに用いられます。

C量が高いほど、硬さは高くなり刃物としての切れ味や、機械部品としての耐摩耗性は良くなる一方、CrとCとが結合して炭化物を生成して、基地に固溶するCr量を減少させるため耐食性が劣化します。

焼入れ温度はCr量が多いほど高く、950~1050℃に加熱後、急冷します。焼戻し温度は、用途に応じて
100~300℃、または650~750℃とし、この中間の温度での焼戻しは行いません。その理由は、焼戻し温度が400~600℃の場合、Crを固溶した微細な炭化物が析出して、その付近の基地の固溶Cr濃度を局部的に著しく減少させて、耐食性が劣化するとともに、焼戻しぜい性を起こし粘り強さが低下するからです。

また、マルテンサイト系ステンレス鋼は、特に硬化状態では水素ガスによる影響が顕著であり、酸洗やめっき等は十分注意が必要です。

6. オーステナイト系ステンレス鋼

オーステナイト系ステンレス鋼は、オーステナイト単相の金属組織であり、1000~1100℃のオーステナイト状態から急冷することにより、オーステナイト単相にする固溶化処理を行います。
主として、耐食性を重視した目的で使用されます。また、低温じん性にも優れていることから低温用材料として、非磁性のため磁気が問題となる部品に適用されます。

FeにNiを合金すると、Ni量の増加に連れてA3変態点が低下します。通常の冷却方法では、Niが約30%の合金では、常温でオーステナイト組織になります。しかし市販の鋼のように少量のCやNを含む場合、同時にCrを合金成分とすると、オーステナイト単相組織になるNi量は少なくて済みます。

図2.19.5は、FeにNiとCrとを合金したものを徐冷した時の組織図です。これより、オーステナイトステンレス鋼の代表的な種類である18-8ステンレス鋼(18%Ni,8%Cr)は、オーステナイトの限界に近い組成であることがわかります。この場合に得られるオーステナイトは、平衡状態では単一相では無く若干のフェライト及び炭化物と共存する範囲にありますので、通常は1050~1100℃に加熱して炭化物を固溶させてから急冷して、単一相の非磁性の準安定オーステナイト組織として用いられます。ただ、実際の18-8ステンレス鋼は、線材や板材に冷間加工して使用されるので、加工により一部強磁性のフェライトを生じます。

図2.19.5 Fe-Cr-Ni系の組織図

オーステナイトステンレス鋼は変態点を持ちませんので、熱処理により機械的性質を改善したり、結晶粒の調整を行うことができません。また、オーステナイト組織であるため、軟らかくて加工性に富み、板材や、棒材、線材に容易に加工する事ができます。機械的強度は、高温から急冷した状態で引張強さが500~600N/mm2程度です。

しかし、加工硬化性が大きく、加工によりさほど粘り強さを低下させることなく、強さを著しく高くすることができます。また、オーステナイト組織のためフェライト系ステンレス鋼と比較して高温でも強い特徴があります。

この鋼種の欠点は、

(1) 応力腐食割れを発生しやすいこと。
(2) 熱膨張係数が普通鋼の約1.5倍あること。
(3) 熱伝導度、電気伝導度が、普通鋼の約1/4であること。
などです。

7. 二相系ステンレス鋼

二相系ステンレス鋼は、固溶化熱処理により、950~1100℃から急冷して製作します。フェライト基地に、オーステナイトが細かく分散した二相組織になっています。フェライト相は、高温から冷却する際に過飽和の炭素が炭化物として析出するため硬化します。

機械的性質では、引張強さや耐力はフェライト系やオーステナイト系より高く、伸びはフェライト系と同等程度の特徴があります。
圧延加工の場合、金属組織が圧延方向に展伸しているので、材料異方性があります。550~950℃の温度領域で加熱されるとシグマぜい性が起き、特に700℃で最大になります。耐応力腐食割れ材料として用いられます。

フェライト系ステンレス鋼、マルテンサイト系ステンレス鋼と、オーステナイト系ステンレス鋼とを比較すると、
全般的な耐食性は、オーステナイト系ステンレス鋼が勝りますが、以下の点については優れた特性を示します。

(1) 応力腐食割れの現象が起こらない。
(2) Sを含むガスまたは水溶液に対しては、オーステナイト系ステンレス鋼より耐食性に優れる。
  これは、Sに対する親和力の高いNiを、オーステナイト系ステンレス鋼のように含有しないからです。
(3) 熱膨張係数が小さい。

8. 析出硬化系ステンレス鋼(precipitation-hardening stainless steel)

析出硬化系ステンレス鋼は、ステンレス鋼としての耐食性を保持して、析出硬化を利用して強度の向上を図ったものです。

基地の組織により、マルテンサイト系、セミオーステナイト系、オーステナイト・フェライト系、オーステナイト系に分類されます。

析出硬化元素として、Al,Cu,Mo,Nb,Tiなどが添加されます。

JIS規格では、SUS630(17-4PH)、SUS631(17-7PH)が規定されています。実際にこの2鋼種が最も代表的な鋼種で、生産量も析出硬化系ステンレス鋼中では最も多いです。

17-4PHは、マルテンサイト系で17Cr-4Ni-4Cu-0.06C-0.25Nb、17-7PHは、セミオーステナイト系で17Cr-7Ni-1.2Al-0.07C が組成です。
析出物は、17-4PHの場合はCuに富む析出相、17-7PHではNiAl相で、これらが微細に分散析出して硬化に寄与します。これら両鋼種の耐食性は18Crのフェライト系ステンレス鋼より優れています。

9. JIS規格

JIS規格に示される鋼種を以下に示します(表2.19.6)。

表2.19.6 ステンレス鋼材の成分

 

 

 

参考文献
若い技術者のための機械・金属材料   丸善
機械設計 Vol.41,No.15  機械設計者のための金属材料講座
ステンレス協会HP  http://www.jssa.gr.jp/contents/about_stainless/key_properties/
機械工学便覧 第6版 β02-02章
JIS G4303

引用図表
[図2.19.1]  Crの含有量による耐錆性    日本ステンレス協会HP(http://www.jssa.gr.jp/contents/about_stainless/key_properties/)より
[図2.19.2]   フェライト系、マルテンサイト系ステンレス鋼系統図   ORIGINAL
[図2.19.3]  オーステナイト系ステンレス鋼系統図    ORIGINAL
[図2.19.4]  粒界腐食の模式図    若い技術者のための機械・金属材料
[図2.19.5]  Fe-Cr-Ni系の組織図   若い技術者のための機械・金属材料
[表2.19.6]  ステンレス鋼材の成分   JIS G4303

 

ORG: 2018/3/21
Cor.; 2018/7/3