2.1 コロージョンとは何か

2.1 コロージョンとは何か

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エロージョン・コロージョンは、機械的なエロージョン作用と化学的なコロージョン作用との組み合わせによって生じるメカノケミカル反応(mechano-chemicalreaction)です。したがって,エロージョン・コロージョンによる金属材料の損傷は,コロージョン作用(腐食)により支配されます。コロージョン作用を制御すれば,金属材料のエロージョン・コロージョン侵食を抑制することも可能になります。

ここからは、コロージョンではなく日本語で腐食という言葉で話を進めていきます。

1.金属の腐食

  腐食は、化学反応により電気を発生させて、その電気により化学反応を起こさせる電気化学反応です。これを考える上でいくつかの考え方があります。

(1)イオン化傾向

  金属表面からは水溶液中に金属イオンが溶け出しますが、その度合を表すものとしてイオン化傾向というものがあります。例えば、亜鉛(Zn)やマグネシウム(Mg)は水溶液中ではイオン化し易く、金(Au)や銀(Ag)はイオン化されにくい性質を持っています。前者をイオン化傾向の大きい金属、後者をイオン化傾向の小さい金属といいます(表2.1.1)。

出典:エロージョン・コロージョン

出典:エロージョン・コロージョン

表2.1.1 イオン化傾向

(2)ガルバニ序列

イオン化傾向と同様に,熱力学的計算に基づいて作成された標準電極電位序列というものがあります。しかし、実用金属材料の腐食挙動を理解するためには、海水中で測定された電極電位が有用です。これは腐食電位列もしくはガルバニ序列(galvanic series)と呼ばれます(表2.1.2)。

2.1.2に示されるように、AlTiはイオン化傾向ではイオン化しやすい金属ですが、実用的な金属としては、金属表面に不動態膜が形成されるので、ガルバニ序列では貴側に移行します。また、ステンレス鋼の例でもわかるように不動態皮膜の有無によって、電位は異なります。

出典:エロージョン・コロージョン

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表2.1.2 ガルバニ序列

2.腐食電池

水溶液中での金属の腐食は、全面腐食と局部腐食とに分けて考えるとわかりやすくなります。表2.1.3に示しています。

出典:エロージョン・コロージョン

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表2.1.3 腐食電池のアノードとカソードとの関係

(1)全面腐食

水溶液中における金属の腐食現象は、電気化学的過程でありアノード部とカソード部によって構成される腐食電池(corrosion cell)が形成されることによって進行します。

アノード(anode) では、金属(M)の酸化反応が生じています。

      M(金属) → M+ + e

一方,カソード(cathode) では、水溶液のpHによって異なり、

中性またはアルカリ性水溶液中では、酸素還元反応を生じます。

     1/2 02 + H20 + 2e → 20H

一方、酸性水溶液の場合は、水素イオンの還元反応が生じます。

     2H+ + 2e → H2

アノードおよびカソードにおける電極反応によって腐食が起きる場合腐食電位corrosion potential は図2.1.1のように示されます。図2.1.1 は、Feを酸性溶液中に浸漬した場合の腐食電位を示しています。この場合、Feを酸性水溶液中浸漬すると,

Feアノード反応(酸化):  Fe → Fe2+ + 2e

カソード反応(還元): 2H+ + 2e- → H2

とが、同時に進行して、 ic = ia となる電位が腐食電位 Ecorr になります。

出典:エロージョン・コロージョン

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図2.1.1 鉄の電位・電流曲線と腐食電位

通常、分極曲線(電流密度電位曲線)の測定は、 Ecorr  を通る破線部が実測されます。   

(2)局部腐食

2.1.2 に示す電位の異なる金属どうしの組合せでは、電位差によるガルバニ電池(galvanic cell)が形成されます。また、同一金属においても、異種金属どうしの組合せに類似した活性態-不動態電池(passive-active cell)が発生します。例として、表2.1.3 の局部腐食(loclized corrosion)の孔食があります。

異種金属どうしに限らず、同一金属の場合でも、環境上、または材質上の理由によって、局部的な電位差変化が生じれば、腐食電池が形成されて、金属イオン濃淡電池、及び、酸素濃淡電池、応力差電池、温度差電池など色々な形態の電池が形成されます。

 1)イオン濃淡電池

2.1.2 (a)に示すように、金属間の隙間部分で水溶液に溶出する金属イオンの濃度差がある場合、低イオン濃度部はアノードになり、鋼イオン濃度部はカソードになってイオン濃度が均一化する方向に反応が進行します。すなわち、低イオン濃度部の金属は溶出して流れ去り、遊離電子は隙間部の金属イオンと結合してイオン濃度を均一化します。隙間部近傍の腐食が進みます。

 2)酸素濃淡電池(通気差電池)

1)のイオン濃淡電池とは逆に、局部腐食としてのすきま腐食の原因となり、ステンレス鋼のすきま腐食は酸素濃淡電池の作用によります。図2.1.2 (b)に示すように、高酸素濃度部はカソードとなり、一方、酸素供給量の少ない低濃度部(すきま部)がアノードになって溶解します。

出典: エロージョン・コロージョン

出典: エロージョン・コロージョン

図2.1.2 (a);イオン濃淡電池 (b);酸素濃淡電池

  3)温度差電池

出典:エロージョン・コロージョン

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図2.1.3 温度差電池

化学反応槽や熱交換器で温度差がある場合に、図2.1.3の模式図に示したように、低温の金属面がカソードになり、高温金属面はアノードになります。温度の高いほどEcorr は、卑側に移るため、温度差が大きいほどアノード電流が増加します。例として、10NaCl水溶液中において25℃76℃の金属の場合、Alでは0.03V18-8ステンレス鋼の場合は0.12Vの電位差が生じます。

 4)不動態について

不動態とは、金属の常態よりも電気化学的に貴な状態を意味します。図2.1.4Feの活性態と不動態を模式的に示します。 この図はアノード分極曲線と呼ばれます。腐食電位(Ecorr)より電位を上昇させると、アノード電流が増加して腐食速度は増加します。この領域は活性態と呼ばれます。

出典:エロージョン・コロージョン

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図2.1.4 鉄合金の活性態と不動態

電位を更に上昇させて不動態化電位またはFlade電位 Ep に到達すると、図に示すように電流密度は、icrit(不動態化限界電流密度; Critical Current Density for Passivation)をピークとして降下し、不動態化した状態になります。

不動態では、金属表面には保護的な皮膜が生成し、腐食電流は皮膜を通して金属イオンが移動することにより制限されて、低い電流密度 ip (不動態保持電流密度)を示します。

金属を活性態より不動態へ移行させるには、図 2.1.2のように外部電流を流して電気化学的に行なう方法と、酸化カの強い酸化剤の導入する化学的方法とがあります。

不動態化するする金属は、Feの他に、CrNiCoTiAl 等の金属またはその合金です。 例えば、Cr12%以上鉄に添加した合金は、ステンレス鋼になります。

3.腐食速度に及ぼす色々な因子

腐食反応に及ぼす因子としては、次のようなものが考えられます。

pH, ・溶存酸素, ・金属材質

(1)環境因子としてのpHの影響

腐食反応に及ぼす環境因子の中で、pHの影響は重要です。ここでは、各種金属の電位-pH図(potentioal -pH diagram)(プルーベ(Pourbaix)による)を使って、各種金属の水溶液中での腐食挙動を理解することにしましょう。

2.1.5には、実用金属であるAlFe,Ti,及びCuの電位-pH図を示しています。これらは、熱力学的平衡論に基づいて作られています。

出典:エロージョン・コロージョン

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図2.1.5 各種金属のPourbaix図

これらを見ると、例えば、Alでは、中性域では耐食性を示しますが、酸性、アルカリ性領域とも腐食域があります。このような金属は両性金属と呼ばれます。

Feの場合は、アルカリ性域では不働態化しますが、水素の酸化還元電位(図の下側の破線)より下に腐食域があり、Feは全pH域にわたって、水素発生により腐食する可能性があります。

Tiに腐食域は、酸性の還元性域に限られていますので、耐食性は良好なことがわかります。

Cuの場合は、水素の酸化還元電位(図の下側の破線)が不活性域にありますので、Cuは水素発生型の腐食は生じないことがわかります。しかし、酸素の酸化還元電位(図の上側の破線)は中性域以外は腐食域にあり、酸化性の環境では腐食を生じることがわかります。

Pourbaixの電位-pH図は、熱力学的平衡論に基づいて作成した図ですので、反応速度についての情報は載っていません。実環境または実用合金について、アノード分極曲線(anodic polarization curve)より作成した電位-pH図、及びCDC図(current density counter map)の利用によって、腐食形式または腐食速度を理解することができます。

金属材料のアノード分極曲線(2.1.2参照)または電位-pH 図より、腐食を制御するための条件を推測することが可能であり、環境液中での腐食電位がわかれば、腐食域か耐食域にあるかを理解できます。

[電位-pH図の利用例]

出典:エロージョン・コロージョン

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図2.1.6 鉄の電位-pH図

Feの電位-pH図の一部を示します(図2.1.6)。図のA点の電位にあった場合、腐食反応を抑制する方法は、次に示す、3つの方法があります。

 1)電位を卑方向(-側)に移動させて、不活性域にあるようにします。これは陰極防食(cathodic protection)法として、実用化されています。

 2)電位を貴方向(+側)に移動させて、不動態域にあるようにする方法です。環境を強酸性としたり、陽極防食(anodic protection)等の手段が考えられますが、適用は限定されます。

 3)環境のpHをアルカリ側に調整して、不動態域に移動させる方法です。

これらの方法の適用が難しい場合は、腐食抑制剤(corrosion inhibitor)が使われます。

( 2 ) 環 境 因 子 と し て の 溶 存 酸 素 の 影 響

水溶液中では、258ppmの酸素が溶存しています。カソードでは、中性またはアルカリ性水溶液の時、酸化還元反応により腐食速度が律速されますので、溶存酸素の作用が重要になります(図2.1.7)。

出典:エロージョン・コロージョン

出典:エロージョン・コロージョン

図2.1.7 水温と溶存酸素量との関係

2.1.8に、Feの腐食速度に及ぼすpH及び溶存酸素の影響を表した図を示します。

出典:エロージョン・コロージョン

出典:エロージョン・コロージョン

図2.1.8 鉄の腐食速度に及ぼすpHおよび溶存酸素量の関係

pHの影響については

(1)pH4以下の領域では、水素発生型反応によりFeが腐食します。

(2)pH410の範囲では、腐食速度はpHに依存しません。

(3)pH10以上の領域では、更に腐食は抑制されます。

溶存酸素の影響について考えると、全pH域にわたって、溶存酸素量が多いほど腐食速度は早くなりますが、特にpH=410の範囲では、pHに依存しないで、溶存酸素量によってのみ、Feの腐食速度が律速されます。これを、酸素拡散型腐食といいます。

材料の腐食速度に及ぼす酸素の効果は、相反する2つの特徴があります。ひとつは、図2.1.8に示すように、酸素還元反応を伴なうアノード溶解反応の促進です。もうひとつは、金属表面に酸化物の皮膜を生じることによる不動態化による腐食速度の減少です。

大気中の酸素分圧程度でしたら、Feの腐食速度は酸素濃度によって増加します。しかし、酸素分圧が、おおよそ60kPa以上になると酸素は腐食促進剤でなく、腐食抑制剤として有効となります。 しかし塩化物を含有する水溶液中では、18-8ステンレス鋼は酸素分圧が20kPa以上で不動態化しますが、Feの場合は、酸素分圧が増加しても、不動態化することなく腐食速度は増加します。このように、金属材料が酸素の供給により不動態化するかどうかは、金属組成、及び材料が浸漬されている液体(環境液)の組成とによって決められます。

2.1.9は、溶存酸素を含む水溶液中で、温度の影響によりFeの腐食速度がどう変化するのかを示します。Feの腐食速度は、酸素の拡散によって律速されるので、温度上昇に伴い腐食速度は増加します。しかし、温度が上昇すると開放系では、水溶液中の溶存酸素量が低下するので、80以上では腐食速度は低下します。一方、密閉系の場合は温度上昇に伴い、腐食速度は増加し続けます。

出典:エロージョン・コロージョン

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図2.1.9 鉄の腐食速度に及ぼす水溶液中の溶存酸素の影響

(3)金属の材質因子の影響

2.1.6においては、Feの電位-pH図に基づいて、pHの調整による腐食抑制法について示しました。本項では、材質を改善することによる腐食抑制法について述べます。

出典:エロージョン・コロージョン

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図2.1.10 金属材料の耐食性改善方法

2.1.10は、Feのアノード分極曲線とカソード分極曲線とを、模式的に示しています。アノード特性を調整して耐食材料にするには、矢印1のように活性溶解のピーク電流、すなわち、不動態化限界電流密度 ic を低下させる方法です。これは、Fe中へのCrNiMoなどの添加が有効です。

矢印2は、不動態化電位Epを卑側に移動することで不動態化する方法で、これはCrの添加が有効です。矢印3は、不動態保持電流密度ipの低下させることにより不動態化する方法で、CrNiSiは低下する方向に作用し、Moは逆の作用をします。

カソード特性の調整については、矢印4のカソード反応促進では、NiCuが有効ですが、これは不動態化が生じる場合に限られます。矢印5のカソード反応抑制では、CdMnが有効とされています。

環境下のアノード分極挙動を知ると、電気化学的な考え方を適用して、材質改善または環境制御によって、腐食を抑制することができます。

 

 

引用文献
エロージョンとキャビテーション  腐食防食協会編  裳華房

 

引用図表
エロージョンとキャビテーション