4.2 損傷機構(Damage mechanism)

4.2 損傷機構(Damage mechanism)

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1. 振動法試験における損傷速度の経時変化

4.1.5で既述したように、キャビテーションによる損傷過程は、潜伏期、増加期、定常期の3つのステージに分けられます。
材料の侵食がほとんど無い潜伏期を経過して、増加期では、材料表面から細分化された結晶が試験片の表面から脱落していきます。そのため材料部には減肉、もしくは質量減少があらわれます。この質量減少の速さ(損傷速度)は、経過時間によって変化することが観察されました(Thiruvengadam と Preiser 、 および Vargaと Sebestyen )。
損傷速度の時間依存性は、キャビテーションに暴露される構造物材料の寿命予測や、耐エロージョン試験による材料の耐久性を評価する際に注意が必要です。例えば、Tichler(1970年)は耐エロージョン試験で試験時間により材料の耐久性の順序が変わることを示しています(図4.2.1)。振動試験法による評価で、試験片表面に早い時期から小さい穴が発生する材料(10)では、その後の損傷量はあまり増加しません。従って、試験時間が600min(3.6×104s)と5000min(3×105s)で、損傷量の序列が異なっていることがわかります。


図4.2.1 試験時間による材料の耐久性序列の変化

Thiruvengadam 等は、振動法試験による材料の損傷速度の経時変化から、損傷過程を4つの期間に分けました(図4.2.2)。そして、最後の期間4の損傷速度がほぼ一定になる定常期における損傷速度が材料の耐久性を示しているので、この期間での損傷速度で材料の耐久性の序列を決めるべきと主張しました。


図4.2.2 損傷速度の経時変化(Thiruvengadm)

これに対して、Plessetと Devineは、図4.2.2に示す期間3で損傷速度が低下している原因として、この区間では材料の損傷が進行し、純鉄の試験片表面に図4.2.3に示すような小さな穴が多数発生して、その小穴のそれぞれに気泡が半固定状態で保持され、気泡が崩壊しにくくなっていること、およびこの気泡によるクッション作用により衝撃圧が緩和されるためであることを示しました。このことから、期間3の損傷速度の変化は、材料の特性に起因するのではなく、気泡の挙動などの攻撃側の条件の変化によるものであることを指摘して、期間3,4での損傷速度は耐エロージョン性の評価に使用すべきでないことを指摘しました。


図4.2.3 純鉄試験片の損傷状態

さらに、Habbsは、最大損傷速度は図4.2.2に示すような狭いピークを持つのではなく、しばらくは一定値を保った後、耐久性に劣る材料の場合は損傷速度が急速に低下するのに対して、ステンレス鋼やモネルのような耐久性に優れた材料の場合は、損傷速度がやや上昇したのちに低下すると報告しています。
いろいろな因子が関与すると思われるこのような実験では、材料の耐エロージョン性についてはその評価にあたっての前提条件を考慮する必要があります。

損傷速度の経時変化に関連して、ASTMが規格化した振動法キャビテーション・エロージョン試験規格では、以下のように決めています。
1)試験に際して、適当な時間間隔で損傷量を測定する。
2)少なくとも最大損傷速度に達して、それを超えるまで試験を継続する。
です。さらに、材料の耐エロージョン性能の評価は、最大損傷速度や最終損傷速度などの単一の因子ではなく、損傷量-試験時間曲線を比較して行うことを推奨しています。

2.振動法試験による損傷過程のモデル

1項で見た、損傷速度の経時変化は、耐エロージョン性の評価や寿命の推定については困難にしていますが、損傷機構を解明するためには好都合です。
Heymannにより、キャビテーション衝撃圧の大きさや、その発生頻度などの攻撃側の条件は一定とする前提で、以下に示す損傷過程のモデルを提案しました。
そのモデルは、材料はその表面が多数の層からなると仮定し、キャビテーションアタックを受けると、これらの層が疲れにより、それぞれの寿命で脱落するというものです。このモデルでは、各層の平均寿命(M)とその層の各部分の寿命のバラツキの標準偏差(σ)を決めると、損傷速度曲線に任意の数の極大値を発生させることができます。図4.2.4にその具体的な例を示します。


図4.2.4 Heymannによる損傷速度曲線のモデル

一方、 McGuinessとThiruvengadam は、材料が脱落するのは、キャビテーション衝撃圧のエネルギーがある程度材料内に蓄積された後であり、材料のある部分がある時間内に脱落するか否かは、疲れ破壊と同様に確率分布関数で表されるとして、Weibullの分布関数の形状係数で損傷速度曲線の形状が決まると述べました。図4.2.5のように、まず最大損傷速度Rmaxとその時の時間t1を基準にした相対損傷速度と相対時間を用いると、いろいろな材料の損傷速度曲線は1つの線にまとめることができるとしました。それぞれの材料の特性は最大損傷速度に到達した後の減衰過程に現れます。この減衰過程の範囲の曲線の勾配dR/dtが、Weibullの形状係数αに対応して変化するというものです。すなわち、形状係数が1,2,3.7と大きくなるにつれて分布関数が指数分布、レーリー分布、正規分布と変化し、それにつれて損傷速度の減衰も早くなります。このモデルでは損傷速度曲線に最大値は一つだけ現れます。


図4.2.5  McGuinessと Thiruvengadamによる損傷速度曲線のモデル

以上の2つの仮設は、材料の損傷過程について、まずモデルを作り、それに従って損傷速度の経時変化を説明しようとしています。これに対して、末沢らは、キャビテーションアタックの過程で材料表面に生じる小穴の成長過程に基づき、損傷速度の経時変化を説明しました。
工業用純鉄試験片を試料にして、振動法試験を行った結果を図4.2.6(図4.2.3再掲)に示します。試験の初期は、試験面の表面粗さが増大するだけです。さらに継続すると直径1mm程度の小穴が多数発生します。この小穴の総面積a(mm2)を測定して、総面積aと試験時間tとの関係を求めました。その結果は、図4.2.7に示すように、4つの区間に大別することができました。


図4.2.6 工業用純鉄試験片表面損傷の経時変化


図4.2.7 工業用純鉄試験片表面に発生する小穴の総面積aの経時変化と損傷速度の比較

最初のaの期間は表面粗さのみが増大して小穴は生じていません。
bの期間では、試験片の中央部に数個の小穴は発生しますが、その数は急激には増加しません。
cの期間では、小穴の数と面積が急激に増大して、小穴は試験片表面のほぼ全域を覆います。
最後のdの期間では、穴の発生は停止しますが、それまでに発生していた穴の面積と深さがゆっくりと増大します。
このaとtとの関係と、同一試験片で得られた損傷速度Rと時間tとの関係(図4.2.7の一点鎖線)を対比します。損傷速度Rは小穴の数と面積とが急激に増加するcの期間で最大になり、dの期間では減少していることがわかります。このdの期間での損傷速度の低下は、PlessetとDevineとが見出したように、大きく深く成長した穴の中に気泡が捕捉されて崩壊し難くなり、またその気泡によりキャビテーションの衝撃圧が緩和されるためであることが、認められます。

他の金属材料について、損傷速度曲線を図4.2.8に示します。


図4.2.8 いろいろな材料の振動法試験による損傷速度曲線

材料によっては、損傷速度曲線の極大値は一つばかりでは無く、二つ現れる材料もあります。極大値が二つ現れる材料の代表的なものはステンレス鋼(SUS304)です。この鋼の損傷速度曲線と小穴の総面積aと試験時間tとの関係を図4.2.9に示します。


図4.2.9 オーステナイトステンレス鋼(SUS304)の損傷速度曲線と小穴の総面積aの経時変化の対比

図4.2.9から、損傷速度曲線に現れる二つの極大値のうち、後の方がcの期間に現れています。これは、二つの極大値を有する他の材料、黄銅および、工具鋼、軟鋼でも同様の現象が認められます。このことは、極大値が一つの材料、工業用純鉄や鋳鉄の場合も最大値はステンレス鋼などで現れる二つの極大値の後ろの方と同類である一方、前の極大値は無視できるレベルで小さいことが推定されます。
一方アルミニウムでは、損傷の初期に現れる表面の荒れが試験時間の経過とともに増加しますが、明確な穴は発生しませんでした。従って、アルミニウムの損傷速度曲線に現れる極大値は、二つの極大値の前側に相当すると考えられます。

次に、aの期間とcの期間とでは損傷機構に差異がるかどうかを、ミクロフラクトグラフィの見地から調べられました。走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて、試験表面の小穴を観察しました(c期間)。小穴の表面を観察すると、「へき開ファセット」と呼ばれる比較的大きい平滑な破面が観察されました。へき開ファセットは脆性破面の特徴ですので、c期間における損傷は脆性破壊によるものであることを示しています。これに対してa期間のは表面の観察では、塑性変形を伴った破面が複雑に重なり合った延性破壊が生じていることがわかりました。その他に、損傷面付近の硬さの分布を測定した結果から、振動法試験による損傷過程は次のように説明されます。
金属材料は、何れも初期には延性破壊を受け、次に脆性破壊を起こします。どの過程での損傷が大きくなるかは、材料の性質によって決まります。損傷量が大きい期間に損傷速度曲線の極大値があらわれます。
この損傷過程を定量的にあらわすために、係数Wc*/Wabcを導入します。ここで、Wabcは、a,b,及びc期間における損傷量の総計を表します。Wc*は、c*期間における損傷量です。c*期間というのは、図4.2.10でc期間におけるa-t曲線を外挿して得たta*からc期間が終了するまでの時間をいいます。


図4.2.10 損傷過程の模式図

すなわち、この係数は全損傷量(材料の特性に関与しない期間は除く)に占めるc*期間の損傷量の割合(=脆性破壊が全損傷に寄与する割合)を示しています。このときdの期間は無視したのは、この期間の損傷速度は材料特性ばかりでなく、気泡の挙動などの攻撃側の強さの変化の影響を受けるためです。また、bのい期間はaからcへの遷移機関であるとみなしました。このWc*/Wabcの値は、図4.2.8、図4.2.11の損傷速度曲線の下に記載しています。いずれの図においても、後の極大値の全体に占める割合とともに、この係数値は大きくなっていて、損傷速度曲線に現れた特性を良く数値で表示します。


図4.2.11 いろいろな材料の振動法試験による損傷速度曲線の対比

3.ウォータートンネル法および対向型振動法試験における損傷過程

ウォータートンネル法試験は、実際の水力機械や装置に生じるキャビテーション・エロージョンに最も近い条件で試験を行うことができると考えられています。この試験方法でも振動法試験と同じように試験片の損傷速度は試験時間によって変化します。一例としてアームコ鉄および、軟鋼、球状黒鉛鋳鉄について行われた結果を、図4.2.12及び図4.2.13に示します。


図4.2.12 ウォータートンネル法試験による各種材料の損傷量対時間の推移


図4.2.13 ウォータートンネル法試験による各種材料の損傷速度曲線

ウォータートンネル法では、試験片の表面に明確な小穴は発生しないので、振動法のようにa~d期間の識別やWc*/Wabcの算出はできません。しかし、損傷面に脆性破壊の特徴である「へき開ファセット」が観察されますので、その数の経時変化と損傷速度曲線とを比較すると、図4.2.14に示すようになりました。
軟鋼では「へき開ファセット」は生じません。軟鋼の場合は、材料のパーライトがキャビテーション衝撃圧により崩壊して、その崩壊個所をき裂が走り、それにより材料が脱離してしまい、ひずみ効果に至るまで材料が保持されないためです。


図4.2.14 アームコ鉄の損傷面に発生する「へき開ファセット」の出現数の経時変化と損傷速度曲線との対比

図4.2.14では、アームコ鉄の損傷速度曲線上の後の方の極大値と、球状黒鉛鋳鉄の極大値の出現時期は「へき開ファセット」の出現が飽和に達する時期と一致しています。これらの極大値が、振動法試験における脆性破壊の極大値に対応していることがわかります。このことから、ウォータートンネル法試験でも材料は最初は延性破壊を受けて、その後にひずみ効果により脆性破壊へ遷移する傾向が認められます。しかし、それぞれの試験方法の材料の損傷過程は必ずしも同一にはなりません。

次に、対向型振動試験で得られた各種金属材料の損傷速度曲線とWc*/Wabcとを、直接型振動法試験の結果と比較したものを図4.2.15(図4.2.11の再出)に示します。対向型と直接型とを比較すると、どちらも2つの極大値の内、後の極大値が大きくなるにつれてWc*/Wabcの値が大きくなります。また、Wc*/Wabcに基づいた材料の序列は、どちらもほぼ一致します。従って、対向型振動法試験の損傷速度曲線の前の極大値は延性破壊に、後の極大値は脆性破壊に対応していると考えられます。


図4.2.15 いろいろな材料の振動法試験による損傷速度曲線の対比

同一の金属材料について、振動法試験の方式の差異がどのようになっているかを考えます。Wc*/Wabcの値を比較すると、アルミニウムと鋳鉄とを除けば、全ての材料で対向型振動法試験の結果の方が小さくなっています。つまり、対向型振動法試験は、直接型振動法試験に比較して試験片減量に占める延性破壊の割合が大きくなります。その理由は、直接型振動法試験では試験片に負荷される加速度(振動数20kHz、振幅25μmで、20,000gになります。)が対向型では負荷されないためと考えられます。
なぜ、アルミニウムと鋳鉄とが、異なった結果を示したかを考えます。まず、アルミニウムは、軟質材料のためその損傷面に明確な小穴は発生しません。つまり、c*期間が無いので、この係数を算出することができません。また、鋳鉄は他の金属材料とは異なり、脆い材料なので、損傷のはじめの時期にも塑性変形が生じません。すなわち、a*期間が存在しないためです。これらを考慮せずに、Wc*/Wabcを無理やり算出するため、他の材料とは異なる結果が得られたためです。

これらの結果をまとめると、一般的な金属では、キャビテーションアタックによる損傷過程は、はじめは延性破壊が生じて、その後脆性破壊に移行する形になります。

 

 

参考文献
エロージョン・コロージョン    (社)腐食防食協会    裳華房

 

引用図表
[図4.2.1] 試験時間による材料の耐久性序列の変化   エロージョン・コロージョン
[図4.2.2] 損傷速度の経時変化(Thiruvengadm)   エロージョン・コロージョン
[図4.2.3] 純鉄試験片の損傷状態   エロージョン・コロージョン
[図4.2.4] Heymannによる損傷速度曲線のモデル   エロージョン・コロージョン
[図4.2.5] McGuinessと Thiruvengadamによる損傷速度曲線のモデル   エロージョン・コロージョン
[図4.2.6] 工業用純鉄試験片表面損傷の経時変化   エロージョン・コロージョン
[図4.2.7] 工業用純鉄試験片表面に発生する小穴の総面積aの経時変化と損傷速度の比較   エロージョン・コロージョン
[図4.2.8] いろいろな材料の振動法試験による損傷速度曲線   エロージョン・コロージョン
[図4.2.9] オーステナイトステンレス鋼(SUS304)の損傷速度曲線と小穴の総面積aの経時変化の対比   エロージョン・コロージョン
[図4.2.10] 損傷過程の模式図   エロージョン・コロージョン
[図4.2.11] いろいろな材料の振動法試験による損傷速度曲線の対比   エロージョン・コロージョン
[図4.2.12] ウォータートンネル法試験による各種材料の損傷量対時間の推移   エロージョン・コロージョン
[図4.2.13] ウォータートンネル法試験による各種材料の損傷速度曲線   エロージョン・コロージョン
[図4.2.14] アームコ鉄の損傷面に発生する「へき開ファセット」の出現数の経時変化と損傷速度曲線との対比    エロージョン・コロージョン
[図4.2.15] いろいろな材料の振動法試験による損傷速度曲線の対比    エロージョン・コロージョン