3.4 調査のためのチェックポイント

3.4 調査のためのチェックポイント(Checkpoint for investigation)

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破損事故を調査する場合、金属学的な検討や部材への負荷状況の確認等、破壊検査をともなう、種々の調査・検討が必要です。

本項では、「100事例による機械部品の疲労破壊、破断面の見方  藤木榮先生」に基づき、私が実務で経験したことを追加する形で記述していきたいと考えます。

詳しくは、藤木先生の著書をご参照ください。

それでは、損傷品の調査のために考慮すべきチェックポイントについて示していきます。

1.破面の状態

(1)き裂発生の起点

き裂の発生位置が表面部か内部かを観察します。最大せん断応力は部材の表面で受ける場合が多く、その場合のき裂の起点は表面部にあります(図3.4.1)。ただし、高周波焼入れや浸炭、窒化などの表面硬化部材は、硬化層の厚さや、負荷応力の大きさ、硬化層の厚さなどにより、部材の内部にき裂発生点がある場合もあります(図3.4.2)。

図3.4.1 疲労破壊の起点の例(球状黒鉛鋳鉄)

図3.4.2 内部き裂発生起点の例(窒化鋼)

(2)起点の数

き裂発生の起点が、1カ所か複数カ所あるかにより、切欠き効果の影響や負荷応力の掛かり具合、材料強度の不足などが判断可能です。

(3)起点近傍の模様

起点近傍に段差模様があるか否か、ある場合はその数が多いか少ないか、或いは長いか短いかを感圧します。

段差は、その長さが1回の負荷応力により生じたことを意味します。長さが長いほど、また数が多いほど負荷応力が大きい、もしくは材料が強度不足であると判断できます。

(4)き裂の進展方向

一方向にき裂が進展している場合は、片振り応力が作用しています。外周部の二方向から中心に向かってき裂が進展していれば、両振り応力が作用しています(図3.4.3)。また、き裂の進展方向が円を描いているのであれば、ねじり応力が作用しています。

破面に方向性がない場合は、静的な軸力の作用がまず考えられます。

図3.4.3 両振り応力によるき裂進展

 

(5)破面の凹凸

破面の凹凸が大きくて破面が粗い場合は、負荷応力が大きいか、材料の強度不足により、き裂進展速度が速くなって、粗い破面になったと推定されます。

また、焼ならし材や、焼なまし材など材料、調質材など、材料の靭性を考慮した場合や、鋳造材では破面が比較的粗くなります。

(6)最終破断面に対する疲労き裂進展領域の割合

疲労き裂進展領域の面積が広くて、最終破断部の面積が小さい場合は材料の強度不足はあまり考えなくてもよいので、き裂発生原因について追及すればよいですが、逆に最終破断面の面積の割合が大きい場合は、破損品の使用応力や、材料の強度不足、使用環境(低温、高湿度等)などを広範囲にわたって検討する必要があります。

(7)潜在き裂の有無

材料欠陥や、熱処理時の焼割れなどの発生が無かったかであるが、潜在き裂を確認することは非常に困難です。

ただ、めっき部材では、潜在き裂が存在していると、き裂の内部にめっき処理材の痕跡が認められたり、鋳造品では、部材表面に酸化物の巻込みや脱炭層の存在が確認できる場合もあります。

2.破断面近傍の表面の状態

(1)相手部材との接触の有無

接触痕がある場合は、片振りによる見かけ上の過大負荷応力により発生した摩擦痕・摩耗と判断します。ただし、片振りの原因は初期から存在しているのか、使用中に生じたものかの判断が難しいです。

(2)変形、打痕の有無

最初からき裂の発生を起こすような変形や損傷痕をいいます。製品の製造時や使用中に変形、打痕を生じると、その大小にかかわらず応力集中源になり、き裂の発生起点となる可能性はあります。

(3)ツールマーク、研削痕、腐食ピットなどの有無

これらは、何れも応力集中源になります。き裂は原子レベルのオーダで転位が発生して起こるため、表面の傷は応力集中源になりやすいです。

3.部材設計

(1)ノッチ、キー溝、ネジ部、油穴

これらは、部材の断面が急激に変化する部分であり、いずれの場合も応力集中源となりやすいので、加工時にできるだけ鋭角部を形成しないように、十分に注意する必要があります。

(2)刻印、ポンチマーク

ポンチマークはもちろん、数字などの刻印についても特に角がある4や7などは、0や8と比較して応力集中源になりやすいので、刻印の位置などに注意が必要です。

(3)段付き部形状(R,C)

段付き部のRやCなどは、大きい方が応力集中が緩和されます。とくにRは小さくても付ける方が安全側です。

図3.4.4は、疲労限度曲線における、段付き部などの切欠き形状の影響を示します。

図3.4.4 疲労限度曲線における、段付き部などの切欠き形状の影響

 

(4)材料取り方向

特に圧延材や鍛造材のように材料内に流線があるものは、材料取りの方向により、平滑材と切欠き材とでは疲労強度が異なります(図3.4.5)。従って、主応力が作用する方向と圧延方向とが一致するように材料取りをする必要があります。

図3.4.5 疲労強度と繊維組織との関係

 

(5)適正寸法

肉薄部に過大応力が負荷しないように部材設計を行う必要があります。

4.加工方法

(1)成形方法

鋳造品か、鍛造品、または溶接部材などの成形方法の違いにより、同じ金属組成でも機械的性質は異なります。

(2)熱処理

熱処理の有無、種類などにより子会的性質は大きく異なります。例えば溶接構造物では、溶接後の後熱処理の巧拙により強度の低下をきたす場合があります。

(3)表面処理

浸炭や窒化などの表面改質処理、めっき処理などは、多くの場合の破壊開始点である表面の性状を決める要因ですので、よく調査する必要があります。

例えば、めっき品ではめっき後のベーキング処理が適切でない場合は、水素脆性による遅れ破壊の原因になることがあります。

5.材質

(1)化学組成

元素の含有量により、材料の強度に影響を与えます。また、最適な熱処理も異なります。

(2)機械的性質

疲労破壊の場合、硬さや引張強さなどの機械的性質から破壊原因の調査が始まります。部材に繰返し応力が負荷される場合、引張強さよりもはるかに低い応力でき裂が発生して破壊に至ります。

一般的に、硬さがHV500以下の場合、表3.4.6の関係が経験的に得られています。幅はありますがそれぞれの繰返し応力に対する疲労限は、曲げ応力の場合は引張強さのおおよそ50%、軸力が作用する場合は約40%、ねじり応力の場合はおおよそ30%程度になります。

表3.4.6 各種材料の耐久比の比較

図3.4.7は、いろいろな負荷応力における引張強さに対する疲労限を示したものです。

図3.4.7 いろいろな負荷応力における引張強さに対する疲労限

硬さについても、引張強さとほぼ比例関係が成り立ちます。

σB = 0.33 x HB = 2.1 x HS = 3.2 x HRC  (kgf/mm2

硬さの測定は比較的簡単なので、簡便的には硬さから上記の換算式により引張強さを求め、さらに表3.4.6により疲労限度を推定することができます。

(3)物理的性質

特に熱に関する要因が重要です。加熱、冷却の熱サイクル、部材の熱膨張係数などが重要な要因となります。熱が部材に作用することより、部材には熱応力が発生します。

また、部材の熱伝導率も重要な要因となります。特に温度依存性が関与する破面を観察する場合には考慮が必要です。

6.応力

(1)残留応力

特に、部材表面に残存している応力は、き裂発生寿命の重要な因子の一つです。表面の残留応力が圧縮応力か引張応力かにより、き裂発生寿命が異なります。図3.4.8 にこれらの関係を模式的に示します。圧縮応力が大きいほどき裂発生が遅延されます。従って疲れ寿命が要求される部材では、如何に圧縮応力を表面に残留させるかがポイントになります。

図3.4.8 平均応力の考え方

例えばスプリングには表面に残留応力を与えるためにショットピーニングがしばしば適用されます。この他高周波焼入れなどの表面硬化処理が有効です。

(2)外部応力

負荷応力の大小により、寿命の長短が決まります。疲労限度をを左右する重要な因子です。

7.組立

(1)調整不良

ミスアライアメントの大小は、部材の疲労に影響します。組立時、補修時の調整が重要です。

(2)公差不良

不適正な公差は、製品のガタや過大な接触応力の発生により、部材の損傷や疲労に影響します。

8.使用状況

(1)応力の負荷状況

部材の設計応力に適合する負荷応力かどうかにより、製品寿命が大きく変化します。

(2)安全率

不適正な安全率は、過大な部材による製品重量の過大による動的特性の不良や、負荷に対する尤度の減少による安全性の低下等の不具合が発生します。

(3)繰返し速度

オーバスピードは、部材に負荷される慣性応力の過大や、焼付きなどに不具合を生じます。

(4)注油不良

注油が適切でないと、摺動面の焼付きによる部材損傷等の不具合が生じます。

9.使用環境

(1)化学的作用の有無

人体には影響を与えない程度でも、わずかな腐食環境により、応力腐食割れ(図3.4.9)や水素脆化割れなどの不具合が発生する場合があります。

図3.4.9 応力腐食割れ(SUS316,塩素による)

(2)使用温度、湿度

使用温度は、低温では低温脆性、高温ではクリープ現象など、特に鉄系の金属類の破壊形態は、温度に影響されます。湿度の発錆による水素脆性破壊ややき裂発生点になる割合が増加します。

 

 

参考文献
100事例でわかる機械部品の疲労破壊・破断面の見方   藤木榮   日刊工業新聞社
フラクトグラフィとその応用   小寺沢良一
金属破断面写真集    小寺沢良一     テクノアイ
Fractgraphy       Vol.12  ASM

 

引用図表
[図3.4.1] 起点の例   金属破断面写真集 pp257
[図3.4.2] 内部き裂発生起点の例   フラクトグラフィとその応用   pp30
[図3.4.3] 両振り応力によるき裂進展   機械部品の疲労破壊・破断面の見方  pp120
[図3.4.4] 疲労限度曲線における、段付き部などの切欠き形状の影響 機械部品の疲労破壊・破断面の見方  pp13
[図3.4.5] 疲労強度と繊維組織との関係 機械部品の疲労破壊・破断面の見方  pp14
[表3.4.6] 各種材料の耐久比の比較 機械部品の疲労破壊・破断面の見方  pp15
[図3.4.7] いろいろな負荷応力における引張強さに対する疲労限 機械部品の疲労破壊・破断面の見方  pp15
[図3.4.8] 平均応力の考え方 機械部品の疲労破壊・破断面の見方  pp17
[図3.4.9] 応力腐食割れ(SUS316,塩素による) ASM Vol.12 Fractography