5.1 電子顕微鏡の原理

5.1 電子顕微鏡の原理(Principle of Electron Microscope)

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フラクトグラフィは、破面に残された損傷の痕跡を手がかりとして、破壊の原因や機構を調査する技術です。これを調査する方法として、肉眼や、光学顕微鏡などの低倍率装置を用いる方法のマクロフラクトグラフィ、電子顕微鏡をなどの高倍率装置を用いる方法のミクロクラフトグラフィとがあります。

マクロクラフトグラフィは、破壊現象の診断に極めて有効であり、破損解析の方向付けに重要な手段ですが、観察の精度が低く、破壊力学により導かれる理論との結びつきも不明確です。光学顕微鏡は倍率を上げると焦点深度が浅くなり、凹凸のある破面の観察には適さないこともあり、破面観察の手段としては非常に限定されたものでした。

その観察の困難さが、電子顕微鏡の発明により克服されました。電子顕微鏡によるミクロフラクトグラフィでは、破面の微細構造と破壊理論との対応とがかなりうまく説明されるので、その妥当性が明確になったといえます。

電子顕微鏡は、まず透過型電子顕微鏡(TEM;Transmission Electron Microscope)が発明されました(1936年ドイツ・シーメンス社により商品開発)。続いて走査型電子顕微鏡(SEM;Scanning Electron Microscope)の発明(1965年イギリス・ケンブリッジインスツルメント社が商品化)により、さらに破面観察は容易になりました。それぞれの原理と特徴について見ていきたいと考えます(図5.1.1)。

 

[図5.5.1] 電子顕微鏡の原理  出典:日本電子株式会社HP https://www.jeol.co.jp/science/sem.html

 

1. 透過型電子顕微鏡(TEM)

透過型電子顕微鏡の原理は、試料に電子銃で発生・加速させた電子線を磁気コイルで製作された収束レンズにより細く絞り、試料に照射して、試料を透過してきた電子を対物レンズ及投影レンズにより拡大して蛍光版スクリーンに映した試料像を観察したり、フィルムやCCDカメラで記録します。構造的には、光学顕微鏡の光学レンズを電子レンズに置き換えたものに類似しています。

対象の構造や構成成分の違いにより、電子線がどれくらい透過するかは異なるので、試料を電子線が透過する場所により電子の密度が変わり、これが顕微鏡像として観察されます。

観察対象を透過して観察することになるため、試料はできるだけ薄いことが要求されます。金属の破面観察の場合は、直接観察することは困難なので、通常は破面の模様を転写したレプリカを観察することにより、間接的に実施されます。

レプリカの観察の特徴は
(1) 分解能に優れた写真が撮影できます。

(2) 構造物などの大きな構造物からでも、任意の位置から非破壊的にレプリカを作成して、観察が可能です。

(3) 凹凸の激しい試料では、破面の様子を完全に転写することは困難です。また、レプリカが破損することがあります。このため。レプリカの製作条件は、写真の出来栄えに影響するばかりでなく、場合によっては破面の様子からかけ離れた人工像(artifact)が現れて、破面の解釈を誤る場合もあるので、レプリカを製作する際には十分な考慮を払う必要があります。

透過型電子顕微鏡は、最低倍率が数十倍程度であり、マクログラフィ的な破面観察との対応が困難なことが欠点です。
破面観察には現在では、圧倒的に走査型電子顕微鏡による事例が多いといえます。

 

2. 走査型電子顕微鏡(SEM)

走査型電子顕微鏡の原理は、細い電子線(電子プローブという)を試料に照射すると、試料表面から二次電子が放出されます。電子プローブを走査しながら、試料表面から放出される二次電子の多い少ないを検出して1枚の画像にすると、試料表面の凹凸を観察することができます。
透過型電子顕微鏡と違い、試料から放出される二次電子を観察するため、試料のレプリカの観察で無く、直接試料の観察ができる長所があります。

2.1 装置の構成

SEMは、電子線を加速させるための電子銃、試料を載せるための試料ステージ、二次電子を検出するための二次電子検出器、画像を表示するための表示装置、いろいろな操作を行うための操作系などで構成されています。電子光学系(鏡筒内部)と試料周囲の空間は真空に保たれています。
図5.1.2に走査型電子顕微鏡の試料から放射される電子線と検出部とを示します。

図5.1.2走査型電子顕微鏡の検出部   出典:精密工学誌Vol.77 No.11 2011年

対象の表面の形状や凹凸の様子、比較的表面に近い部分の内部構造を観察するのに優れています。以前は観察対象が導電性のないものの場合、電子線を照射し続けると表面が帯電してしまい、反射する電子のパターンが乱れるため、観察対象の表面をあらかじめ導電性を持つ物質で薄くコーティング(カーボンなど)しておくことが行われていましたが(今でももちろん行われていますが。)、現在では、前処理が不要で低真空にて観察できる製品も増えてきています。

本サイト管理者も、永年電子顕微鏡で非導電体は直接観察できないと思っていましたが、最近新しい電子顕微鏡にさわる機会があり、ゴムの損傷面を直接観察できたことに感激しました。

2.2 走査型電子顕微鏡の特徴

(1)破面自体を直接観察できます。

(2)拡大倍率の可変範囲が広くとれます。10倍程度から10万倍程度まで連続的に観察できます。そのためマクロ破面とミクロ破面との対応が良好です。

(3)凹凸が激しく、レプリカでは、観察が困難な試料が観察できます。また、立体感に優れた像が得られます。

(4)試料ステージの大きさに制限があるため、観察するために試料を切断する必要があります。

3. 透過型電子顕微鏡と走査型電子顕微鏡との比較

TEMとSEMとを比較すると、それぞれ長所と短所とがありますが、破面観察の観点からはSEMの方が優れています。

(1)TEMでは、破面のレプリカを作成して、それを観察するのに比較して、SEMでは、直接破面を観察することができます。レプリカはその再現性に注意を払う必要があります。

(2)SEM は、倍率の範囲が広く、マクロフラクトグラフィとミクロフラクトグラフィとの結果を滑らかに接続することができます。

 

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補足

4. 透過型電子顕微鏡試料作製法(レプリカ作製法)

透過型電子顕微鏡(TEM)で、破面を観察するためには、破面の状態をプラスチックや蒸着膜などで、転写したレプリカを作製して、それを顕微鏡で観察することにより間接的に行われます。
破面のレプリカの作製には、1段レプリカ法、2段レプリカ法が用いられます。

1段レプリカ法は、破面に金属やカーボンを直接蒸着するか、あるいは50nm程度の酸化膜を作り、これらを破面から化学的あるいは電気化学的に剥離させ、顕微鏡観察の試料にします。この方法は、分解能に優れており、例えば、白金パラジウムのプレシャドウイングによるカーボンレプリカでは、2,5nm程度の分解能が得られています。
一方欠点として、1段レプリカ法では破面からレプリカ膜を、損傷させないで剥離することはかなり難しい、また破面自身が損耗してしまい、再度同じ観察試料を製作することができない欠点があります。

そのため、特別な場合を除き、通常はプラスチック2段レプリカ法が用いられます。
プラスチック2段レプリカ法は、一般的には以下の手順で行われます(図5.1.3)。
(1) エチルセルロースフィルム、柵酸メチル、アセトン、カーボン棒、クロムなどの蒸着物質、パラフィン、スライドグラス、シャーレ、秤量瓶などを用意する。

(2) 破面に柵酸メチルを少量滴下して、蒸発しないうちにアセチルセルロースフィルムを、空気泡が入らないように注視して貼付け、数分間放置する。

(3) フィルムを注意深く剥がして、転写面が上になるようにしてフィルムの周囲をテープを用いてスライドグラス上に固定する。

(4) フィルムを固定したスライドグラスを、真空蒸着装置に入れて、フィルムに対して30~45°方向から、クロムや白金などでシャドウイング( 影づけ) した後、補強のためにカーボンを真上から蒸着する。

(5) 真空蒸着装置から取出したフィルム面に針で1.5~2mm2程度の碁盤目状に線を入れてから、フィルム全体をスライドグラスからはがす。そして、あらかじめ50℃程度に加熱しておいた別のスライドグラスにパラフィンを塗布し、フィルムの蒸着面が下になるようにして、溶融したパラフィンの上に置く。

(6) スライドグラスを加熱器からおろして自然冷却し、フィルムをパラフィンで固定する。

(7) スライドグラスを酢酸メチルの入った秤量瓶の中に入れて、5~10分程度放置すると1 段レプリカであるアセチルセルロースが溶解し、2段レプリカとなる蒸着膜だけが残る。

(8) 蒸着膜の入った秤量瓶とは別に、酢酸メチルを入れた秤量瓶とを一緒に加熱器上あるいは恒温槽中に置き、約50℃に数分間保持する。この操作により1.5~2 mm2の大きさの蒸着膜が秤量瓶中に浮遊するようになるので、これらの膜を網などですくい上げて、もう一方の秤量瓶に移し変える。つまり蒸着膜の洗浄を行なう。

(9) 水とアセトンとが別々に入ったシャーレを用意して、蒸着膜をアセトンに漫漬後、水の入ったシャーレに移すと、表面張力によって蒸着膜が広がるので、これらの膜をシートメッシュですくい上げて顕微鏡の試料とする。

なお、破面の清浄のために、破面へのアセチルアセテートフィルムの貼付け、引き剥がしを繰り返すことにより、破面を清浄化することができます。このような方法をブランクレプリカ法といいます。

図5.1.3 2段レプリカの製作手順    出典:金属破断面 写真集  小寺澤 良一 テクノアイ出版部 

 

 

 

 

参考文献
フラクトグラフィとその応用   小寺澤良一   日刊工業新聞社
SEMを使うための基礎知識    日本電子株式会社HP  https://www.jeol.co.jp/science/sem.html
走査電子顕微鏡の原理と応用(観察,分析)  渡邊俊哉 精密工学誌 Vol.77 No.11 2011年

 

引用図表
図5.5.1  電子顕微鏡の原理    https://www.jeol.co.jp/science/sem.html(日本電子株式会社HP)
図5.1.2  査型電子顕微鏡の検出部   出典:精密工学誌Vol.77 No.11 2011年
図5.1.3 2段レプリカの製作手順    出典:金属破断面 写真集  小寺澤 良一 テクノアイ出版部 

 

ADD:2023/09/11
ADD:2017/07/25
ORG:2017/06/22