1.1鋼の変態

1.1鋼の変態(steel transformation)

 

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1. 純鉄の変態

固体状態の鉄は2種類の同素体(同一元素の単体からなるもので、原子の配列(結晶構造)や結合様式の関係が異なる物質)が知られています。鉄を加熱すると温度上昇につれて熱膨張します。純鉄の場合、910℃になると急激に収縮し、さらに温度を上昇させると1400℃になると急激に膨張します。

これは、鉄(iron)の結晶状態が変化するからで、これを変態(transformation)といいます。純鉄は、低温(0K)からを加熱すると、910℃で体心立方(body centered cubic;BCC)格子から面心立方(face centered cubic:FCC)格子に変態し、1400℃では面心立方格子から再び体心立方格子に変態します。これは変態点の部分を除いて可逆性があり、冷却時も加熱時と同じ曲線になります(図1.1.1)。

図1.1.1. 純鉄の変態   出典:機械マンのための実用熱処理読本

このように温度により変化する鉄の状態は、以下のように名付けられています。まず、910℃以下を\( \alpha \)α(アルファ)鉄、910~1400℃の範囲をγ(ガンマ)鉄、1400℃以上融点(1538℃)までの範囲をδ(デルタ)鉄と呼んでいます。純鉄の格子定数は、体心立方格子(α鉄、δ鉄)が0.286nm、面心立方格子(γ鉄)は0.364nmになります。また、体心立方格子1個が占有する原子数は2個、面心立方格子では4個になります。

低温では、α鉄は強い強磁性を示します。絶対温度(-273℃)~700℃付近までの変化はわずかですが、700℃付近から急激に変化して770℃では強磁性が完全に消滅し常磁性に変化します。この変態をキュリー点といいます。この変化は、電子の自転運動に基づく原子の内部エネルギーの変化によるものです。

過去には、770℃~910℃までの間をβ鉄ということもありましたが、現在では低温から910℃までの状態をα鉄といいます。

鉄が1つの同素体形態が別の形態に変態する点は、変態の順序番号を示す下付き数字を付した文字Aでとを組み合わせて示します。下付き数字0と1とは、純鉄には存在しませんが、鉄の炭素合金である炭素鋼では観察される変態になります。下付き数字2はα相の強磁性の消失点(770℃)を表し、下付き数字3は、α鉄からγ鉄へ、4はγ鉄からδ鉄への変態を表します。

鉄は、ある形態から別の形態に移行する際に過冷却になる可能性があります。 これにより、加熱時と冷却時の変態点の位置に差が生じます。 この差は冷却速度に依存し、ヒステリシスと呼ばれます。

α鉄がγ鉄に変態する際の密度の変化により、材料の体積が急激に変化します。 場合によっては、これにより弾性限界を超える応力が発生し、破損につながることがあります。 γ鉄の密度は、α鉄の密度より約 4%大きくなります。

 

2. 炭素鋼の変態

通常、純鉄の状態で使用されることは少なく、ほとんどの場合炭素を含有させます。これは鋼(steel)と呼ばれるものです。鋼の場合については、炭素の含有量により変態点は変化します(図1.1.2)。

まず、A3変態点は含有炭素量が増加するにつれて下降します。また、鋼には炭素量に関係しないA1変態点があり、723℃と一定です。炭素量が0.765 wt%以上の鋼ではA3変態点はA1変態点に一致します。

炭素量が0.765%以上の鋼では、A1変態点の他にAcm変態点があり、炭素量の増加によりAcm変態点は上昇します。

例えば、焼入れする場合、0.765 wt%C以下の鋼のときはA3変態点以上、0.765 wt%以上の鋼はA1変態点以上に加熱した後、急冷する必要があります。加熱温度がA1変態点やA3変態点以下の場合は、どんなに急冷しても焼入れすることは出来ません。

つまり鉄鋼には、A1変態点やA3変態点があることにより、焼入れにより硬くすることができます。

図1.1.2 Fe-C系状態図   出典:若い技術者のための機械・金属材料

なお、鋼は純鉄に炭素が固溶していますが、純鉄のα鉄、γ鉄及びδ鉄に炭素が固溶した鋼は、それぞれフェライト、オーステナイト、δフェライトと呼ばれています。

 

3. 変態点の種類

2項で主要な変態点については示しましたが、もう少し詳しく示します。なお、変態点の位置は、加熱時と冷却時、さらには平衡状態の場合では異なります。一般に下付き文字をつけて状態をあらわします。下付き文字”c”は、加熱時を、”r”は冷却時、そして”e”は平衡時の変態点を表します。

・A0変態点:鉄鋼中のセメンタイトの磁気変態点(210℃)。
・A1変態点:オーステナイト ⇄ フェライト+セメンタイトの共析変態点(723℃)。
・A2変態点:α鉄の磁気変態点(770℃)。
・A3変態点:α鉄 ⇄ γ鉄の変態点(910℃)。
・A4変態点:γ鉄 ⇄ δ鉄の変態点(1400℃)。
・Ac1変態点:加熱時、フェライト+セメンタイトからオーステナイトへの変態が開始する温度。
・Ac3変態点:加熱時、純鉄ではγ鉄からδ鉄への変態が開始する温度。また亜共析鋼ではフェライトからオーステナイトへの変態が完了する温度。
・Ac4変態点:加熱時、純鉄ではγ鉄からδ鉄への変態が開始する温度。包析点より炭素濃度が低い鋼ではオーステナイトからδフェライトへの変態が完了する温度。
・Accm変態点:過共析鋼において、加熱時オーステナイトへのセメンタイトの固溶が完了する温度。
・Ar1変態点:冷却時、オーステナイトからフェライト+セメンタイトへの共析変態が開始する温度。
・Ar3変態点:冷却時、純鉄ではγ鉄からα鉄への変態が開始する温度。または、オーステナイトからフェライトへの変態が開始する温度。
・Ar4変態点:冷却時、純鉄ではδ鉄からγ鉄への変態が開始する温度。または、δフェライトからオーステナイトへの変態が開始する温度。
・Ae1,Ae3,Ae4,Aecm変態点:平衡状態における各変態点の温度。
・Ar’変態点:冷却時、Ar1変態点よりある程度低い温度まで過冷却されたオーステナイトからフェライト+セメンタイトへの変態が開始する温度。
・A3線:オーステナイトに対するフェライトの溶解度線。
・Acm線:オーステナイトに対するセメンタイトの溶解度線。セメンタイトと平衡するオーステナイトの炭素濃度を示す線。

 

 

参考文献
STEEL HEAT TREATMENT HANDBOOK Metallurgy and Technologies Second Edition   George E. Totten  Taylor & Francis  2006年
若い技術者のための機械・金属材料   矢島悦次郎他  丸善 S42年
機械マンのための実用熱処理読本   松本伸  ジャパンマシニスト社

 

引用図表
図1.1.1. 純鉄の変態   出典:機械マンのための実用熱処理読本
図1.1.2 Fe-C系状態図   出典:若い技術者のための機械・金属材料

 

ORG: 2023/07/24