3.4 加工硬化と再結晶温度

3.4 加工硬化と再結晶温度(work hardning and recrystallization temperature)

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1. 加工硬化

加工硬化とは、金属に力を加えると硬くなることをいいます。
例えば、針金を切ろうとしてペンチが無い場合、現場的には交互に繰り返して折り曲げることによって切る場合があります。この折り曲げという加工を加えることにより、針金は硬くもろくなり、ついには折り曲げ部で破断します。

全ての金属は、加工によって硬化します。加工の程度が増加すると硬さや強さが増加する一方で、伸びや絞りのような粘り強さを示す性質は低下してしまいます。加工の程度が増すにつれて、金属顕微鏡で見る組織は著しく乱れたものになります。また電気抵抗は増加し、比重は減少します。

電気抵抗が増加する理由は、加工することにより金属内に格子欠陥が発生して、そのために結晶内の原子配列の周期性が乱されるためです。また、比重が減少する理由は、空格子点や転移が増加するため金属内に空間が発生するためです。この空格子や転移が、加工硬化の回復過程で重要な役割をすることになります。

2. 加工硬化の回復

加工した金属には、転位をはじめとする種々の格子欠陥が蓄積されます。これらは材料の自由エネルギーを増加させます。加工された金属は、格子欠陥を減少させて自由エネルギーを減少させようとします。特に加熱すると、反応が促進されます。
加工した金属を加熱すると、加工によって増加した強さ/硬さは減少します。逆に加工により減少した粘り強さは増加します。

図3.4.1 加工硬化の回復過程 (京都大学_辻先生講義資料_Internet)

図3.4.1 加工硬化の回復過程 (京都大学_辻先生講義資料_Internet)

図3.4.1 にその変化を模式的に示します。加工したものを、ある温度以上に加熱すると、加工によって増加した強さ(硬さ)は、急激に減少します。一方加工によって減少した粘り強さは急速に回復します。それぞれ大体は加工前の状態に戻ります。

加熱によって、加工によって変化した、これらの性質が加工前の状態の戻る過程は、おおよそ3つに分割して考えることができます。

(1)回復(recovery)

この過程では、顕微鏡組織的には、何の変化も認められませんが、加工によって内部に蓄積されていたひずみエネルギーが解放されていきます。
加工に要したエネルギーの一部は、格子欠陥という形で結晶内部に余分に蓄積されます。ただ、この格子欠陥は熱的に不安定なので、機会があれば消失しようとする傾向があります。加熱により熱エネルギーを付与するとこの傾向は更に促進されます。

空格子は、転位と比較すると移動しやすい性質があります。加工したものを少し加熱すると空格子は容易に動き出して結晶表面や結晶粒界に抜け出そうとします。しかし、これらの界面に到達するには、原子的な尺度としては非常に長い距離を動く必要があるため、その前に加工によってたくさん作られている転移と結合してしまいます。この時結合エネルギーに相当する分の熱放出が行われ、加工によって蓄積されたひずみエネルギーが減少します。

回復の初期においては、加工によって過剰に生成された空格子がほとんど消滅して、多数の転移が残った状態になります。また、空格子が大量に無くなることにより、密度がこの段階では増加します。

さらに温度が上昇すると、熱平衡的に生じてくる空格子の数が急激に増加し、残存していた転位は、これらの空格子を吸収して転位を界面に上昇させる運動を起こして、ついには結晶表面や結晶粒界に到達して、転移は次第に消滅します。

図3.4.2 曲げ変形を受けた単結晶のポリゴン化 (京都大学 辻先生講義資料_Internet)

図3.4.2 曲げ変形を受けた単結晶のポリゴン化 (京都大学 辻先生講義資料_Internet)

転位は界面に上昇する過程でより安定な分布に再配列されます。図3.4.2 に曲げ変形を受けた単結晶の転位の再配列の様子を模式的に示します。転位は図(a)のように無秩序に並んでいる状態から、同一すべり面上の正負の転位の合体消滅や、異なるすべり面上に存在する刃状転位が縦に1列に並ぶ方がエネルギー的により安定になります。広範囲に安定した正の転位が並ぶ(c)と、一つの結晶粒の中にさらに小さな角度の異なった領域を生じます。この角度は通常の結晶粒界間の角度と比較すると非常に小さい角度を取っています。これを亜粒界といい、これによって囲まれた領域を亜結晶粒といいます。また、格子面が多角形状になるので、この現象をポリゴン化(polygonization )といいます。

回復の過程を要約すると組織的な変化を伴わないで、加工によって過剰に生じた格子欠陥が、移動して相互に消滅したり、或いはよりエネルギーの低い状態に再配列する過程です。このようにして次の段階、再結晶の準備が整いました。

(2)再結晶(recrystallization)

回復の過程で生じた亜結晶粒は転位密度の低い、内部ひずみが非常に少ない安定した微小結晶粒です。材料をさらに長時間あるいは高温で保持すると、この亜結晶粒が核となり周囲のまだ転位密度の高い部分を取り込んで大きくなったり、或いは隣接する亜結晶粒同士が合体して大きくなったりして、結晶粒の転位が減少してひずみが解消されて行きます。

図3.4.3 再結晶の組織変化 (京都大学 辻先生講義資料_Internet)

図3.4.3 再結晶の組織変化 (京都大学 辻先生講義資料_Internet)

図3.4.3 に模式的に再結晶の過程を示します。顕微鏡組織でも加工によって乱れた組織の中に、ひずみのない新しい結晶ができて、次第に乱れの大きい結晶粒に代わって増加していく変化が見られます。

この過程では、加工によって発生した転位が急激に消滅して、結晶粒は内部ひずみを持たない安定したものだけになります。硬さは急激に低下して、一方延びや絞りは急激に上昇します。

(3)粒成長(grain growth)

再結晶した金属をさらに加熱すると、再結晶によってできた結晶粒が、隣接する結晶を取り込んで成長し、結晶粒の平均的な大きさは増加します。これを粒成長といいます。

この場合の結晶粒の成長の仕方は必ずしも一様ではありません。条件によって様々な場合が起こります。

 

図3.4.4 鋼種による結晶粒の成長の違い (若い技術者のための機械・金属材料)

図3.4.4 鋼種による結晶粒の成長の違い (若い技術者のための機械・金属材料)

一例として、鋼を高温度に加熱した場合のオーステナイト結晶粒の成長の様子を示します(図3.4.4)。曲線BはSi、Mnで脱酸した鋼の加熱温度と粒度との関係を、曲線AはAlで脱酸した鋼の同様の関係を示します。曲線Bの場合は、加熱温度が高くなるにつ入れて連続的に結晶粒が大きくなるのに対して、曲線Aの場合はある温度までは粒度に変化が無いが、ある臨界温度を超えると急に結晶粒の粗大化を起こします。結晶粒が成長するのは、結晶粒界全体の面積が減少することによって生じる自由エネルギーの低下が大きい要因となります自由エネルギーを小さくする方向に現象は進行します。

結晶粒の成長の過程で、結晶粒の大きさを決める要因は温度で、時間の影響は少ないといえます。

 

3. 再結晶温度

冷間加工した材料を加熱すると、ある温度温度範囲で再結晶が起こります。図3.4.5 は再結晶を完了した時の結晶粒の大きさ、加工時の加工度及び加熱温度の関係を立体的に示した立体図です。

図3.4.5 加工度と再結晶温度 (若い技術者のための機械・金属材料)

図3.4.5 加工度と再結晶温度 (若い技術者のための機械・金属材料)

例えば、同じt2℃に加熱した場合、加工度が小さい場合は図の曲線bcに示すように、結晶粒の大きさはほとんど変わりません。これが、数%程度の軽微な加工をしたものを加熱すると、曲線mdのように著しく大きい結晶粒になります。さらに加工度が上がると、同一温度に加熱しても、加工度の大きいほど再結晶粒の大きさは、曲線defに示すように小さくなります。数%の加工度が低いものを焼きなましすると結晶粒が著しく粗大化して、金属の機械的性質を低下させるので注意が必要です。

曲線mnhk(点線)は、金属の再結晶温度を示しています。再結晶温度は加工度が大きくなるほど低くなり、加工度が非常に大きくなるとほぼ一定温度になります。加工度が大きくなると再結晶温度が低下する理由は、回復や再結晶は冷間加工によって金属内部にたくわえられたエネルギーを放出する過程です。加工度の大きいものほどたくわえられているエネルギーが多いので、加熱時に放出されるエネルギーも多くなり、その分だけ加える熱エネルギーも少なくても良いためです。

従って、金属の再結晶温度をいう場合、加工度何%の場合に何度かをいわなければなりません。しかし、通常は加工度を示さずに再結晶温度を示すことが多いですが、この場合は図に示すほぼ一定値になった時の温度t0℃をいいます。

表3.4.6 は、普通の純度の金属の再結晶温度を示します。金属の再結晶温度の絶対温度Tγと、融点の絶対温度Tmの比、Tγ/Tmの値は、金属の種類によらず、いずれも0.4前後の値になります。

表3.4.6 再結晶温度 (京都大学 辻先生講義資料_Internet 参照)

表3.4.6 再結晶温度 (京都大学 辻先生講義資料_Internet 参照)

金属の再結晶温度は、不純物の影響がかなり大きいです。高純度になるほど再結晶温度は低くなります。例えば、アルミニウムの場合、99.99%のかなり高純度のものの再結晶温度は、表に示すように180℃前後であるが、99.9999%の超高純度のAlの場合は -50℃で再結晶します。また、超高純度の鉛でも -100℃でも再結晶します。

金属が通常の純度の金属では超高純度の金属ほど再結晶温度が低くならない理由は、加工硬化の回復過程は、回復または再結晶の過程で空格子や転位の移動に基づくものであるため、不純物(溶質原子)があると、空格子や転位が移動する途中で不純物の原子に捕捉されてしまい動きにくくなるからです。また、結晶粒界も格子欠陥の集まったところなので不純物原子の多い結晶粒界はその不純物原子の拡散速度に支配されます。そのため再結晶温度は著しく高くなります。不純物粒子の量は、空格子や転位と結合するのに必要な程度の量、a%(atmic percent 原子%)で0.001~0.01%があれば再結晶温度の上昇には十分効果があります。言い換えれば、99.99%程度の純度では再結晶温度は、不純物原子の影響で急激に高くなります。

 

この項目については、下記の文献を参考にしました。

出典:若い技術者のための機械・金属材料
京都大学 工学部 辻先生講義ノート(インターネット)
特に、若い技術者のための機械・金属材料については、学生時代に授業で使用させて頂いて以来、社会人になっても折に触れて参照させて頂いています。この本を離れて文章を書くことは難しく、かなりの部分を使わせて頂きました。

 

MOD:2023/11/08