2.2 酸洗処理

2.2 酸洗処理

熱間加工や熱処理により、金属表面に酸化物の皮膜であるスケール(mill scale)が生じます。このスケールを除去するのに、酸洗処理を行います。 スケールを除去するために、比較的長時間酸洗を行うものをピックング(pickling)といいます。また、一度表面を清浄化した後、放置したために発生した錆や酸化被膜を除去するために表面処理を行う直前に行う短い酸洗を酸浸漬(acid dipping)といいます。この他、常温加工で発生する表面変質層は、めっきする際に有害ですので、これを除去するために行う酸洗をエッチング(etching)といいます。

 

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1.酸洗の機構

ここでは、酸洗の機構を、鋼の場合を例にして説明を行います。 Fe-O系の平衡状態図を、図2.2.1に示します。

図2.2.1_Fe-O平行状態図

 

560℃(570/575℃ とする文献もあります)以上の高温では、スケールは地金の金属からウスタイト(FeO),マグネタイト(Fe3O4),ヘマタイト(Fe2O3)の順に層状に形成されます。実際のスケールはその大部分はウスタイト層です。 このウスタイト(FeO)層は560℃以下の温度では、マグネタイト(Fe3O4)とフェライト(Fe)に共析変態します。この変態速度は比較的緩慢なため、その分布は冷却速度により著しく異なりますが、ウスタイト(FeO)の中にマグネタイト(Fe3O4)とフェライト(Fe)とが、細かく分散した組織になっていることが多いといわれています。 酸洗処理により、スケール表面にある穴や裂け目に、酸が浸透することにより、マグネタイト(Fe3O4)とフェライト(Fe)とで局部電池が形成されます。

     Fe(共析)/ 酸 / Fe3O4(共析)

この局部電池により、陽極側になるフェライト(Fe)が溶解する一方、陰極側のFe3O4は発生する水素により2価の状態のウスタイト(FeO)に還元されます。フェライト(Fe)と各酸化物との電位差を、表2.2.2に示します。

図2.2.2_Feと酸化物との電位差

これより共析フェライト(Fe)と共析マグネタイト(Fe3O4)が存在するウスタイト(FeO)層が最も溶解しやすいことがわかります。このようにして、スケールは最も下地の鉄に近いウスタイト(Fe)層が溶解するので、その外側の層は下地の鉄との結合が解かれるとともに、発生した水素により、はね飛ばされて除去されます(図2.2.3(a))。

560℃以下で生じたスケールの場合は、最下層のウスタイト(FeO)層は生成されないので、下地の鉄とスケールのマグネタイト(Fe3O4)層との間に局部電池を形成して、Fe素地が陽極的に溶解して、マグネタイト(Fe3O4)層は陰極的にウスタイト(FeO)に還元されて、酸に溶解することによりスケールが除去されることになります(図2.2.3(b))。下地金属も痛めて除去するため、この低温スケールの方が除去しにくいです。

図2.2.3_酸洗によるスケール除去

 

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2. 酸洗液

酸洗液には、コストの問題から温度が65~88℃の5~10%硫酸溶液が用いられます。浸漬時間は5~20min程度になります。また、20~40℃、5~10%塩酸溶液も使用されます。10~20%リン酸溶液は、高価なため、酸洗のみの用途には一般に使用されません。ただし、表面改質のためリン酸皮膜を形成する目的で使用されることもあります。

鋳造品の鋳肌や、サンドブラストの施工面には、砂などが表面に食い込んでいますが、それを除去するために、3~4%のフッ酸を硫酸に添加して使用することがあります。

スケールが除去された後の下地金属は酸により腐食されます。その腐食防止のために酸洗液にはインヒビタ(inhibitor)が添加されています。インヒビタというのは、金属表面に吸着されて、酸と金属との間の緩衝材となり、金属の溶解を抑制する作用を果たす物質の総称です。酸洗液に採用されているインヒビタは、ほとんど有機物です。 インヒビタとしては、キノリン(C9H7N)、チオ尿素(CS(NH2)2)、ビリジン(C6H5N)などがあります。ただし、インヒビタの中には、ある量以上添加されるとかえって腐食を促進する場合もあるので、定められた比率を守る必要があります。

 

3. スマット除去

スマット(smut)とは、鋼を酸洗すると表面に残る黒い微粒子状の付着物をいいます(図2.2.4)。これは、鋼に含まれる微量成分(C,P,S,Ni,Cu,As)や、Feやその他の金属の酸化物、水酸化物、塩基性塩などからなっています。塩酸の方が、硫酸より溶解作用が強いので、スマットの量が少なくきれいな面が得られます。そのため電気めっきのように清浄な面を必要とする場合は、塩酸による酸洗を実施します。

図2.2.4_smut_frm HP_S

場合によっては、硫酸で酸洗してから、4%HClに酸浸漬したり、NaCNを2~6gr/Lを含むNaOH溶液(pH11)中で中和清浄(FeSo4をNa4Fe(CN)6(可溶性)に変える)してスマットを除去します。 あるいは、NaCN 45gr/Lの水溶液中で電流密度1.5~2.0A/dm2で、0.5~1min陽極的処理を行ってスマットを除去します。

 

4. 水素脆性

酸洗処理により水素が発生しますが、この水素の一部は鋼に吸収されます。金属内の水素に分圧は105~106MPaに達すると計算されます。このため材料が脆くなります。この現象を水素脆性といいます。 水素脆性は高合金鋼ほど感受性が高くなります。水素の拡散速度が大きいマルテンサイト組織やフェライト組織の鋼におきやすくなります。従って、熱処理や加工方法によっても影響を受けます。 また、酸洗液の種類や不純物によっても影響を受けます。硫酸の方が塩酸より水素脆性がおきやすく、さらに酸中にAs,Sb,PH3,H2S,SO2等が微量でも存在すると水素過電圧が高くなるので、水素脆性がおきやすくなります。
対策としては、硝酸、無水クロム酸、重クロム酸塩などの酸化剤を2~5%添加して金属表面の水素を水に変化させて水素脆性を防ぐ場合もあります。 また、鋼を100℃で2Hr、200℃で30min程度加熱すると水素が放出されてじん性がある程度回復します。このことより、沸騰水で煮沸する操作が採用される場合もあります。

 

5. 電解酸洗

酸洗処理を、短時間に完了する必要がある場合、電解法が採用されます。陽極的酸洗、陰極的酸洗とも実施されます。 陽極的酸洗は、25~30%硫酸溶液で1.0~8.1A/dm2で行います。陰極的酸洗の場合の電流密度は10.8~32.4A/dm2で行います。
陽極的酸洗は、水素脆性の心配がありません。電極電位を鋼の不動態領域に保てば下地金属が溶解することはなく、スケールは発生酸素により除去できます。
陰極的酸洗では、水素脆性の可能性はありますが、下地金属をほとんど溶解しない長所があります。

 

 

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参考文献
表面処理   日本金属学会

引用図表
icon  Pixabay
[図2.2.1] Fe-O系平衡状態図   表面処理
[表2.2.2] Feとその酸化物との間の電位差  表面処理
[図2.2.3] 酸洗によるスケール除去  表面処理
[図2.2.4] スマット     不明  

 

REV.2017/11/19