2.6防錆処理

2.6 防錆処理(Rust prevention treatment)
― 錆から金属を守る技術の基礎と実務
スポンサーリンク
アフィリエイト広告を利用しています。
Contents
1. 防錆処理の重要性
金属は産業・社会生活のあらゆる場面で利用されており、自動車、鉄道、橋梁、配管、建築資材、電子機器など、数えきれないほどの製品や構造物に不可欠な素材です。特に鉄鋼材料は機械的強度と価格のバランスが良く、構造材として多用されますが、一方で「さび(錆:腐食)」に対する脆弱性を持っています。鉄は空気中の酸素や水分と反応して酸化鉄を生成しやすく、腐食が進行すると材料の強度や外観を大きく損なうだけでなく、製品の信頼性、安全性にも重大な影響を及ぼします。
防錆処理は、こうした金属の腐食を未然に防ぎ、製品の寿命や性能を確保するための不可欠な工程です。防錆が不十分であると、たとえば自動車の車体に穴が開く、橋梁の桁が落下する、あるいはプラント配管からの漏洩によって化学災害が発生するなど、重大事故のリスクを高めます。過去には、腐食を原因とした原子炉冷却配管の破断事故や、高速道路橋の鋼材の落下など、多くの事故事例が記録されています。
経済的観点から見ても、腐食が引き起こすコストは膨大です。日本で実施された大規模な腐食コスト調査では、1974年時点で約2.6兆円、1997年では約3.9兆円、2015年では約4.3兆円もの腐食損失(直接的な腐食対策費)が報告されています。2015年のデータでは国内総生産(GDP)の約0.78%に相当します。しかもこの数値はあくまで直接コスト(補修、塗装、交換費など)のみであり、操業停止、製品不良による信頼性低下、環境への影響といった間接的損失を含むと考えると、約6.6兆円でGDPの約1.3%にも達します。現実には、こうした間接損失の方が企業経営や社会的信用に大きな影響を与えるケースが少なくないのです。
図 腐食損失の推移 出典:金属材料における腐食対策の現状と今後のあり方 篠原正 G&U 2023 Vol.23 (現出典わが国における腐食コスト)
加えて、現代社会ではインフラの長寿命化が急務となっており、特に高度成長期に建設された橋梁、上下水道、鉄道設備などが次々と更新時期を迎えています。しかし、新たなインフラ整備に充てられる予算は限られており、既存設備の維持・補修を重視した「ストック型社会」への転換が求められています。このような背景の中、防錆処理は単なる技術的手段にとどまらず、社会資本を次世代に受け継ぐための戦略的な投資でもあるのです。
技術者にとって、防錆は「余計なコスト」ではなく、「長期的な価値創出」としての視点が必要です。腐食対策を設計初期段階から盛り込み、適切な処理方法を選定・実施することで、保守費用の抑制、信頼性向上、事故防止、そして社会的評価の向上に直結します。防錆処理はまさに、製品の品質を内側から支える「見えない品質保証」であると言えるでしょう。
2. 金属の腐食メカニズム
金属が「錆びる」あるいは「腐食する」という現象は、金属がその周囲の環境と化学的に反応し、金属以外の物質(例えば酸化物や水酸化物、硫化物など)に変化することをいいます。金属にとってはエネルギー的に不安定な状態(還元状態)で存在しており、自然界の法則に従って安定な酸化状態へと向かうのが腐食の本質です。私たちが日常で目にする赤っぽい鉄のさびは、水和酸化鉄(水酸化鉄(Ⅲ);Fe(OH)3、酸化水酸化鉄(Ⅲ);FeOOHなど)と呼ばれるもので、最も一般的な腐食生成物の一つです。腐食は、その進行形態や環境によって多様な種類に分類されます。
腐食は大きく2つに分けられます。
図 腐食の種類 出典:金属表面処理の基礎知識2 金属の腐食と防錆・防食法 イプロス 2016年
第一に「乾食」と呼ばれる、金属が高温ガス(空気中の酸素や硫黄ガスなどの反応性ガス)と直接反応することによる酸化です。ボイラーチューブや高温炉内部で起こる高温酸化、高温硫化腐食、バナジウム腐食が代表例です。これは高温下で進行するため、材料選定によってのみ対応が可能で、表面処理による対策は限定的です。
第二に「湿食」があり、これが私たちの身近な腐食現象の大部分を占めます。湿食は金属表面に水分が存在し、かつ酸素などの電子受容体があることで、電気化学的反応が発生します。鉄が水に触れると、Fe → Fe²⁺ + 2e⁻ のように陽イオンとなり電子を放出し、これが酸素と反応して水酸化物や酸化物を生成します。
湿食の進行メカニズムは、電気化学的な反応、すなわち「腐食電池」の形成に類似しています。金属がイオンに変化して電子を放出し、失われる現象が腐食です。この電気化学的反応は、直流電流が金属から環境へ流れ出すことによって発生します。
腐食電池は、その規模によって「ミクロ腐食電池」と「マクロ腐食電池」に分けられます。
(1)ミクロ腐食電池(均一腐食):
金属単体が腐食環境に置かれた際に、金属表面にごく微細な多数のアノード(溶解部分)とカソード(還元部分)が形成され、電流が均一に流れ出すことで、表面全体が一様に腐食していく現象です。例えば、鉄を食塩水に入れると、鉄表面の原子配列の乱れなどにより、腐食しやすい部分とそうでない部分が多数でき、時間とともにその位置が変化するため、表面は均一に腐食していきます。これは「全面腐食」とも呼ばれます。
(2) マクロ腐食電池(局部腐食):
異なる種類の金属の接触や、金属表面の不均一性、あるいは環境条件の差によって、アノードとカソードが肉眼で見えるような大きさで固定されて形成される腐食電池です。電流がアノード部分に集中して流れ出すため、カソード部分に比べてアノード部分が非常に狭い場合には、激しい腐食が特定の場所に集中して発生します。これが「局部腐食」です。局部腐食には以下に示すような多様な形態があります。
・ 孔食:金属表面の特定のごく小さな領域に集中して穴が開くように腐食が進行する現象です。ステンレス鋼のように不動態皮膜を形成する金属で特に問題となります。皮膜が局部的に破壊され、その部分がマクロ腐食電池の陽極となり、大面積の健全な皮膜部分が陰極として働くことで、激しい腐食が進行します。塩化物イオン(Cl-)が多い環境で発生しやすいことが知られています。
・ すきま腐食:金属製品において、ガスケット下、ボルト締結箇所や溶接箇所など、金属板同士の狭いすきまなどに発生する腐食です。すきま内は外部周辺よりも溶存酸素の供給が不十分となり、酸素濃度が希薄になります。この部分が陽極となり、酸素濃淡電池が形成されてアノード側が腐食されます。
・ 粒界腐食:金属の結晶粒界は不純物の偏析や化合物の析出を伴うことが多いため、結晶粒界に沿って局部的に腐食が進行します。これが粒界腐食です。SUS304などのオーステナイト系ステンレス鋼の溶接の際、熱影響部に生じるクロム炭化物 Cr23C6 の析出(鋭敏化)し、周囲のクロム欠乏域の耐食性が低いので、腐食環境卯において選択的な腐食が進行します。
・ ガルバニック腐食(異種金属接触腐食):腐食環境下に置かれた、異なる種類の金属が電気的に接触し、かつ水などの電解液が存在する環境下で、イオン化傾向の小さい金属(電位が貴な金属)から、イオン化傾向の大きい金属(電位が卑な金属)に電流が流れ、電位が卑な金属が選択的に腐食され、金属イオンが溶出することで腐食電池が形成されます。
イオン化傾向の大きい金属をアノード、小さい金属をカソードと呼びます。
アノード側では酸化反応を生じて溶解(腐食)が進行します。カソード側では還元反応を生じて水素ガスが発生します。
反応式は以下のとおりです。
/ アノード側での反応(酸化反応):
M(金属)→Mn+(金属イオン)+ne– … 金属の溶解(腐食)
/ カソード側での反応(還元反応):
2H++2e– → H2 ・・・ 水素の発生
腐食電池が形成される要因には、金属材料中の化学成分や金属組織の不均一、表面処理層(めっき膜など)の欠陥、異種金属の接触などがあります。金属材料別に見る腐食電池が形成される事例を示します。単一金属によるミクロ的な事例と、2種類の金属によるマクロ的な事例があります。
図 ガルバニック腐食の発生原理 出典:金属表面処理の基礎知識2 金属の腐食と防錆・防食法 イプロス 2016年
図 腐食電池の形成例 出典:金属表面処理の基礎知識2 金属の腐食と防錆・防食法 イプロス 2016年
・ 応力腐食割れ(SCC):加工による残留応力や外部応力などの引張応力と、特定の腐食環境とが同時に作用することで、金属にき裂が発生し、最終的に破断に至る現象です。金属の引張強さ以下の応力でも発生するため、非常に危険な腐食形態です。応力腐食割れによるき裂の形態には、2種類あります。
一つは、金属内部を横切って、幅が1μmにも満たない面状の部分が腐食により溶解し、割れを形成するのもので、代表的なものに塩化物イオン(Cl-)が存在する環境でのSUS304などのオーステナイト系ステンレス鋼や、アンモニアガス環境における黄銅の応力腐食割れが相当します。
もう一つは、腐食によって生じた水素が金属中に入り込み、金属を脆くなり、引張応力により割れるものです。強度の大きい鋼材で発生しやすく、高強度ボルトで発生します。この場合は使用環境が中性でも、腐食により多少は水素が発生します。
これは、管理人も仕事で多く経験しました。
・ 摩耗腐食(エロージョン・キャビテーション):液体が衝撃的にぶつかる箇所や流速が急変する箇所で発生した気泡が、崩壊することによって表面摩耗する現象で、これを「キャビテーション・エロージョン」といいます。また、液体中の硬質粒子が衝突することによって生じる摩耗現象は「エロージョン」といいます。
図 キャビテーションの事例 出典: CAVITATION R.T. Knapp et al
・ 通気差腐食:「さびこぶ」の下など、金属表面への酸素供給が不均一な場所で生じる腐食です。酸素が豊富に供給される部分がカソード、酸素が少ない部分がアノードとなるマクロ腐食電池が形成され、酸素が希薄な側が腐食します。水配管の内面で発生する「さびこぶ」の下の孔食や、土中に埋められた配管で土質の違いによって酸素供給が不均一な場合に発生します。
スポンサーリンク
3. 防錆処理の種類と原理
防錆処理とは、金属が腐食環境にさらされた際に、その劣化を防ぎ、性能や寿命を維持するために施される各種の手法の総称です。腐食の発生メカニズムが多様であることから、それに対応する防錆処理の方法もまた多岐にわたります。
これらは大きく分類すると、「環境制御型」、「材料選定型」、「表面処理型」、「電気化学的防食」の4つのカテゴリに分けられます。それぞれの処理は、対象物の用途、使用環境、コスト、加工性、保守性などの観点から総合的に判断され、選定されます。
(1) 環境制御型
これは腐食の三要素(電解質、水分、酸素)のうち、少なくとも一つを除去することにより腐食を抑制する方法です。たとえば湿度を下げる除湿装置の設置や、密閉容器に乾燥剤や気化性防錆剤(VCI)を配置することにより、金属表面に水分が付着するのを防ぎます。また、腐食を促進する塩化物イオンを除去する、酸性環境を中和するなどの化学的手法もこの分類に含まれます。
(2)材料選定型
腐食環境が避けられない場合や、長期使用が前提の構造物においては、初めから腐食に強い金属を選択することが有効です。代表的な耐食材料には、ステンレス鋼、耐候性鋼、銅、アルミニウムなどがあります。これらの材料は、表面に安定な酸化被膜(不動態皮膜や保護皮膜)を自然に形成する性質を持っており、腐食反応が進行しにくくなっています。
(3)表面処理型
最も広く利用されているのがこのタイプで、塗装、めっき、溶射、黒染め、防錆油など、金属表面に物理的あるいは化学的な保護層を形成することで、腐食因子との接触を遮断する方法です。たとえば塗装は、水・酸素・汚染物質などを遮断する非金属被覆の代表例ですし、亜鉛めっきは犠牲防食の原理で鉄を保護します。
表面処理は適用範囲が広く、構造物から精密部品までさまざまな対象に対応できます。塗膜やめっきの選定、被膜の厚さ、付着強度など、設計段階からの仕様管理が重要となります。
(4)電気化学的防食
この手法は、腐食の発生が電気化学的反応(腐食電池の形成)であることを逆手にとり、外部から電気的な制御を加えることで腐食を抑制するものです。代表的なものに陰極防食(外部電源法)と犠牲陽極法があります。これは海中構造物や土中配管など、導電性媒体中にある構造物でよく使用され、適切な維持管理により腐食進行をほぼゼロに抑えることも可能です。
これらの処理方法は、単独で使用されることもありますが、特に過酷な環境では複合処理(たとえば亜鉛めっき+塗装)を施すことで、高い防食性能を発揮します。処理方法の選定には、初期コストだけでなく、長期的なライフサイクルコスト(LCC)の視点を持つことが極めて重要です。
スポンサーリンク
4. 代表的な防錆処理技術:被覆処理
防食処理技術として最も一般的な方法は、被覆処理です。被覆処理は、金属表面を別の層で覆うことで、腐食環境から材料を物理的に遮断したり、電気化学的な保護を与えたりする防食法の総称です。ここでは、最も広く用いられる塗装、めっき、そして精密部品に用いられる黒染め処理について、その詳細を解説します。
4.1. 塗装(非金属被覆)
塗装は、金属製品の防食において最も一般的な手法であり、日本の腐食コストの約50%を占めるほど広範に利用されています。その原理は、金属表面に塗料の膜(塗膜)を形成し、腐食環境(水、酸素、イオンなど)が金属本体に到達するのを物理的に遮断することです。
(1) 塗装工程の要点:
優れた塗膜の耐久性を確保するためには、以下の工程が不可欠です。
1. 素地調整:塗装の前に、素地表面からさび、ミルスケール(鋼材製造時に高温加熱で表面に生じる酸化鉄)、油分、その他の汚れを完全に除去することが最も重要(素地調整)です。素地調整が不十分だと、塗膜の密着性が低下し、早期の劣化や腐食を招きます。パワーブラシなどの電動工具による方法や、研削材を吹き付けるブラスト法が用いられます。
2. 塗装層の構成:塗装は通常、下塗り、中塗り、上塗りの3層構造で塗り重ねて行われます。場合により、中塗りを省略して2層構造にする場合もあります。
・ 下塗り塗料:素地への密着性を高めるとともに、防錆顔料の作用により、塗膜をわずかに透過して侵入する水分による腐食作用を抑制する特性が求められます。例えば、ジンクリッチペイント(亜鉛粉末を多量に含む塗料で、亜鉛めっきに似た防食機能を持つ)などが下塗りに使われることがあります。
・ 中塗り塗料:下塗りと上塗りの接着を良好にする役割を担います。また、塗膜全体の厚みを持たせ、水分や酸素の侵入を抑制し、高い電気抵抗によって腐食電池の作用を抑制します。
・ 上塗り塗料:着色顔料によって製品に美しい外観を与えるとともに、太陽光(紫外線)による分解に強い耐候性が求められます。塗膜の物理的・化学的保護の特性が要求されます。
(2) 塗料の種類と特性:
塗料は、塗膜を形成する物質(ビヒクル)に顔料などを加えたものです。
1. 油性塗料:大豆油や亜麻仁油などの乾性油をビヒクルとし、空気中の酸素と反応して固化することにより塗膜を形成します。
2. 合成樹脂塗料:フタル酸樹脂、ビニル樹脂、エポキシ樹脂、ポリウレタン樹脂、フッ素樹脂など、様々な合成樹脂がビヒクルとして使用されます。
・ エポキシ樹脂系塗料:優れた耐水性と密着性を持ち、特に水中の構造物(タンク、プール、水門など)や、厳しい腐食環境下の構造物(海上長大橋の下塗りなど)の防食に広く用いられます。かつて水道管の内面にも使われましたが、タール系は発がん性が指摘され、現在では飲料水に触れる用途では純粋なエポキシ樹脂塗料が使われます。
・ フッ素樹脂系塗料・ポリウレタン樹脂系塗料:高い耐候性と耐久性を持つため、長期間の塗替え期間を必要とする橋梁や建築物の重防食塗装に利用されます。初期費用は高いですが、ライフサイクルコストで有利になる場合があります。
3. 防錆顔料:塗料に色を付ける着色顔料のほかに、腐食を抑制する役割を持つ防錆顔料(例えばエポキシ樹脂系錆止め塗料、ジンクリッチプライマーなど)が含まれることがあります。
(3) 塗装の課題と対策:
塗装は万能ではありません。塗膜が剥がれたり損傷したりすると、その部分から腐食が進行します。特に、足場費用や塗装作業にかかる費用が塗料自体のコストよりもはるかに高いため、一度の塗装で高い耐久性を持たせ、塗替え間隔を長くすることが経済的にも得策とされます。このため、厳しい環境下では、エポキシ樹脂とフッ素樹脂を組み合わせたような高耐久性の「重防食塗装」が採用されています。
4.2. めっき(金属被覆)
めっきは、下地の金属表面に別の金属の薄い膜を形成することで防食を行う方法です。めっきの防食原理は、被覆する金属と下地金属のイオン化傾向(金属が水中で陽イオンになるなりやすさ)の関係によって大きく異なります。
4.2.1. 卑な金属によるめっき(犠牲防食)
(1) 原理:
下地の金属(例えば鉄Fe)よりもイオン化傾向が大きい(卑な)金属(例えば亜鉛Zn、マグネシウムMg、アルミニウムAlなど)でめっきを施す方法です。 腐食環境下でめっき層にピンホールや傷が生じ、下地の鉄が露出した場合でも、イオン化傾向の大きいめっき金属が優先的にアノード(溶解側)となって溶解し、電気化学的に鉄を保護します。これを「犠牲防食(Sacrificial corrosion protection)」と呼びます。 鉄には環境から電流が流入し、電気防食作用を受けることで腐食が抑制されるか停止します。
(2) 主な例:
・亜鉛めっき:鉄鋼材の防食に最も広く用いられ、経済的にも有利な方法です。溶融亜鉛めっき(溶融亜鉛槽に浸漬)や電気めっきなどで施されます。屋根、鉄柱、鉄骨、自動車ボディなど多岐にわたる用途で使われています。めっきの厚さや種類によって防食効果が異なり、厳しい環境下では亜鉛めっきの上にさらに塗装を施す複合防食も行われます。
・ アルミニウムめっき:アルミニウムめっきも、塩分が多い環境で鉄に対して卑となる性質を利用して防食に用いられることがあります。
(3) 長所:
めっき層に多少の欠陥(ピンホール、傷、溶接部など)があっても、下地の金属の腐食を促進せず、むしろ保護する効果があるため、実用性に優れます。
4.2.2. 貴な金属によるめっき
(1) 原理:
下地の金属(例えば鉄Fe)よりもイオン化傾向が小さい(貴な)金属(例えばニッケルNi、クロムCr、スズSn、金Auなど)でめっきを施す方法です。 乾式環境下での装飾目的(美観の向上)には非常に有効です。 しかし、湿潤環境下でめっき層に欠陥(クラックやピンホールなど)が存在すると、貴なめっき層がカソードとなり、露出した下地の卑な金属(鉄)がアノードとなって、かえって下地金属の腐食を促進してしまうという大きなリスクがあります。電流がめっきの欠陥部に集中して流れ出すため、その部分で激しい局部腐食を引き起こす可能性があります。
(2) 主な例:
ニッケルめっき、クロムめっき、スズめっき、金めっきなどがあります。
(3) 課題:
湿潤環境下での防錆・防食効果を期待するには、めっき欠陥を極力なくす必要があり、高い品質管理が求められます。特に機能部品の防食目的で貴金属めっきを用いる際は、この点を十分に考慮した設計が必要です。
4.3. 黒染め(四三酸化鉄皮膜化成処理)
黒染めは、特に精密機械部品において、外観の美化と防錆を目的として古くから用いられてきた表面処理方法です。その代表的なものが、四三酸化鉄皮膜化成処理です。
(1) 原理と特徴:
・ 皮膜の組成:鉄の表面に緻密な黒色の酸化皮膜、すなわち四三酸化鉄(Fe3O4)を形成させます。Fe3O4は「磁鉄鉱(magnetite)」とも呼ばれる安定した酸化物です。
・ 皮膜の生成メカニズム:高温のアルカリ溶液中で、素地の鉄自体が酸素の拡散・浸透により、表面から内側に向かって化学的に変化して生成されます。FeOが生成された後、鉄イオンの拡散が進み、最終的に安定な逆スピネル構造を持つFe3O4の皮膜が形成されると考えられています。
・ 密着性と寸法精度:皮膜が素地の鉄自身が変化してできたものであるため、素地への密着性が非常に優れています。また、皮膜の厚さはわずか1 ~ 5μm(マイクロメートル)と非常に薄く、外観の寸法変化がほとんどないという大きな特徴があります。この特性から、精密な機械部品や寸法の厳しい製品の防錆に最適です。
・ 素地の性質維持:皮膜は素地の鉄の硬度とほぼ同等であるため、素地金属の機械的性質(例えば硬度)をほとんど損なうことなく利用できます。
・ 防錆力:空気中で水気のない状態での防錆力は非常に優れています。しかし、四三酸化鉄皮膜は塩水と化学変化を起こすため、塩水には弱いという特性があります。塩水環境下での防錆を目的とした塩水噴霧試験などには適していません。したがって、水に触れない場所での使用が推奨されます。
・ 歴史と応用:黒染めは古くは「鉄の錆付法」から発展し、タンニン塗りや漆かけで茶色から黒色に仕上げた南部鉄器のような伝統的な防錆法も存在しました。これらの伝統的な方法も優れた防錆力を持つものがありますが、現代の高温アルカリ着色法による四三酸化鉄皮膜処理は、特に精密機械部品の硬度や精度を損なわない点で優れており、古来より現代まで適用される防錆法と言えます。
(2) 注意点:
黒染めという表記だけでは、常温の微酸性処理液によるものや、熱と水蒸気で生成される皮膜など、四三酸化鉄皮膜ではない場合もあるため、図面上では「四三酸化鉄皮膜処理」と明確に記載することが推奨されます。
被覆処理は、金属製品の機能と寿命を決定づける上で極めて重要な役割を果たします。材料の選定、環境条件、コスト、そして製品に求められる性能を総合的に考慮し、最適な被覆処理を選択することが必要です。
5. その他の防食手法
実務の現場では被覆処理以外にも、使用環境や材料特性、コスト、保守体制などを踏まえて、腐食を防ぐための多様な方法が存在します。ここでは、「環境改善」「防食剤の添加」「電気防食」「耐食材料の選定」という4つのアプローチについて詳述します。
5.1. 環境改善による防食(腐食性物質の除去):
腐食の進行は、金属を取り巻く環境に大きく依存します。したがって、腐食性物質を環境から除去することで、腐食を抑制することが可能です。腐食性物質には、腐食反応に直接関わる「反応物質」(水、酸素、酸など)と、腐食速度を高めたり保護皮膜を破壊したりする「促進物質」(塩化物イオン、二酸化硫黄など)があります。
具体的な環境改善策は以下の通りです。
(1) 水分・湿度の除去:
・ 除湿:金属材料や機械部品を保管する倉庫などでは、湿度を低く保つことで、金属表面に目に見えない薄い水の膜ができるのを防ぎ、腐食を抑制します。温度を上げることで相対湿度を下げ、水分付着を困難にする方法もあります。博物館での出土品展示ケースなどでも、湿度を特定の範囲に保つことで腐食の進行を抑制しています。
・ 排水性の向上:大気腐食において「濡れ時間」(金属表面に水分が存在する合計時間)が最大の要因であるため、構造物を水が溜まりにくい形状に設計することも重要です。床下の換気を良くしたり、地面にコンクリートを敷いたりして湿気を遮断することも有効です。
(2) 酸素の除去:
水中の酸素は腐食の主要な原因です。ボイラに供給する水など、密閉された水系では、あらかじめ酸素を除去することで、鉄の腐食を大幅に抑制できます。酸素濃度がゼロであれば、常温では鉄はほとんど腐食しません。
(3) 酸性物質の中和・除去:
酸性の環境では、鉄などが激しく溶解する腐食が発生します。石油精製工場などで原油中の不純物から生じる酸による装置の腐食を防ぐために、アミンなどの「中和剤」を添加して酸を除去します。
(4) 促進物質の除去:
塩化物イオンの抑制:ステンレス鋼は塩化物イオンが存在すると、不動態皮膜が破壊され、孔食、すきま腐食、応力腐食割れなどが起こりやすくなります。そのため、腐食を防ぐためには、環境中の塩化物イオン濃度を極力低く抑えることが必要です。例えば、コンクリートの原料に海水を使用しない、潮風から構造物を守るなどの対策が考えられます。
環境改善は、腐食を根本的に抑制するための重要な手段ですが、大規模な環境での実施はコストや技術的な制約が伴う場合があります。
5.2. 防食剤(薬品)の添加
防食剤(腐食抑制剤とも呼ばれる)は、腐食性環境に特定の化学薬品を少量添加することで、金属表面に保護皮膜を形成させたり、腐食反応そのものを抑制したりする方法です。
(1) 作用原理と皮膜の種類:
防食剤が金属表面に形成する皮膜には、主に以下の3種類があります:
1. 沈殿皮膜:防食剤が金属表面に難溶性の化合物を形成し、それが沈殿して保護膜となるタイプです。例としては、冷却水に添加される重合リン酸塩系防食剤などがあり、酸素の金属表面への供給を遮断する作用があります。
2. 吸着皮膜:防食剤の分子が金属表面に吸着し、非常に薄い皮膜を形成して腐食を抑制するタイプです。例えば、酸洗い浴に添加されるアミン系防食剤などがあり、水素イオンの金属への接近を電気的に反発させることで溶解を防ぎます。
3. 不動態皮膜:防食剤が金属に作用し、金属自体に不動態皮膜(不動態化によって耐食性が向上した薄い酸化皮膜)を形成させるタイプです。例としては、不凍冷却水に添加される亜硝酸塩系防食剤などがあります。
(2) 主な用途:
・ 開放系循環冷却水:化学工場などで冷却水が繰り返し使用されるシステムにおいて、配管や装置の腐食を防ぐためにリン酸塩系やホスホン酸塩系の防食剤が投入されます。
・ 酸洗い:鋼材からミルスケールやさびを除去する酸洗いの際に、過剰な金属溶解を防ぐ目的で防食剤が添加されることがあります。
・ 石油・ガス産業:石油井戸、原油・天然ガスパイプラインなど、腐食性の高い流体を扱う設備で防食剤が使用されます。
・ 包装・貯蔵: 機械部品などの貯蔵時に、気化性防食剤を包装内に封入することで、気体が金属表面を覆い、湿気によるさびを防ぐ用途もあります。防錆油や防錆顔料を塗料に添加することも行われます。
(3) 防錆剤と選定と使用の留意点:
・ 効果の限定性:有効な防食剤が存在する環境は限られており、どのような環境でも万能な防食剤があるわけではありません。
・ 添加量の適切性:少量の添加で効果を発揮する必要があり、多量に加えると製品の性質や純度に影響を及ぼす可能性があります。
・ コスト:防食剤自体の価格に加え、添加装置や管理にかかる費用も考慮する必要があります。
・ 環境・健康への配慮:防食剤の中には環境負荷の高いものや人体に有害なもの(例:かつて有効であったが毒性のため使われなくなったクロム酸塩)もあるため、健康や環境への影響を十分に評価し、適切な処理や代替品の選定が求められます。特に水道水のように飲用に供される水には、健康に有害な薬品を加えることはできません。
5.3. 電流を流す(電気防食)
電気防食は、湿食が金属から環境へ直流電流が流れ出すことによって発生するという電気化学的原理を利用し、その電流の流れを制御することで腐食を抑制する防食法です。金属へ人工的に電流を流入させることで、腐食電流を相殺または上回り、腐食を停止させます。
(1) 電気防食の2つの主要な方法::
1. 外部電源法(陰極防食):
・ 原理:防食したい金属(被防食体)を直流電源のマイナス極(カソード)に接続し、別の金属電極(補助陽極)をプラス極(アノード)に接続します。この外部電源から電流を流し込むことで、被防食体から環境への腐食電流を打ち消し、腐食を停止させます。
・ 用途:海底パイプライン、海中構造物、土中に埋設されたパイプラインなど、広範囲にわたる大規模な構造物の防食に利用されます。電流の大きさや方向を自由に調整できるため、様々な環境条件に対応可能です。
2. 犠牲陽極法(流電陽極法):
・ 原理:被防食体よりもイオン化傾向が大きい(卑な)金属(亜鉛、マグネシウム、アルミニウムなど)を「犠牲陽極」として被防食体に電気的に接続し、腐食環境に置きます。犠牲陽極が自らアノードとなって優先的に溶解(腐食)することで電流を発生させ、その電流が被防食体に流れ込むことで、被防食体の腐食を抑制します。
・ 用途:船のプロペラ周囲の鉄板防食、港湾施設の鋼杭の一部など、外部電源の設置が困難な場所や比較的小規模な防食に利用されます。
・ 利点と課題:外部電源が不要で設置が比較的容易ですが、犠牲陽極が消費されるため定期的な交換が必要です。
(2) 電気防食の適用範囲:
電気防食は、水や土のように電気を導く環境で有効です。しかし、空気は電流を流さないため、大気中の構造物に対して電気防食を単独で適用することはできません。
また、鉄道の迷走電流(レールから大地に漏れ出す電流)が、土中のパイプラインなどに流入・流出し、腐食を促進する問題は、電気防食やレールへの直接接続によって対策されます。
図 電気防食 出典:Corrosion Control Samuel A. Bradford
5.4. 腐食しにくい金属を使う(耐食材料の選定)
根本的な防食策として、腐食しにくい性質を持つ金属(耐食材料)を最初から選定する方法があります。これは特に、腐食環境が避けられない場合や、他の防食方法の維持管理が困難な場合に有効です。
以下に、主要な耐食材料とそれぞれの耐食性のメカニズムについて示します。
1. ステンレス鋼:
・ 耐食性メカニズム:ステンレス鋼は、その表面に非常に薄く(約1ナノメートル程度)、透明な不動態皮膜を自然に形成することで、優れた耐食性を示します。この不動態皮膜は特殊な酸化物であり、金属自体の反応性を抑制し、腐食から保護します。クロム(Cr)を10.5%以上含有することで不動態皮膜が生成され、ニッケル(Ni)やモリブデン(Mo)を加えることでさらに安定性が高まります。
・ 弱点:通常は腐食に強いステンレス鋼ですが、不動態皮膜が溶解したり破壊されたりすると腐食します。
/ 塩化物イオン:海水のように塩化物イオン(Cl⁻)が多い環境では、不動態皮膜が局所的に破壊され、孔食、すきま腐食、応力腐食割れ(特に高温環境下)が発生しやすくなります。
/ 溶接による鋭敏化:SUS304などのステンレス鋼は、溶接などで600 〜 850℃に加熱されると、結晶粒界のクロムが炭素と反応して耐食性を失う「鋭敏化」が起こり、粒界腐食が生じることがあります。
/ 酸環境:塩酸や希硫酸のような強酸性の環境では、不動態皮膜が溶解し、ステンレス鋼自体が全面的に腐食する可能性があります。
・ 耐食性の改善:
/ 成分調整:クロム量やモリブデン量を増やすと、孔食やすきま腐食に強くなります(例:SUS316はSUS304よりモリブデン含有量が多い)。ニッケル量を増やすと、塩化物による応力腐食割れに強くなります。
/ 低炭素化・安定化元素の添加:炭素量を低くしたり(SUS304Lなど)、チタン(Ti)やニオブ(Nb)などの安定化元素を添加したりすることで、溶接による鋭敏化や粒界腐食を防ぐことができます。
・ 用途:給水・給湯配管、水槽、浴槽、台所用品、化学工場の熱交換器管など、様々な水環境で利用されます。鉄道車両の外板にも採用され、塗装が不要なためメンテナンスコスト削減に貢献します。
2. 銅・亜鉛:
・ 銅:表面に亜酸化銅や緑青(塩基性硫酸銅)などの保護皮膜を形成することで耐食性を示します。これらの皮膜は不動態皮膜より厚く、形成に時間がかかりますが、優れた保護能力を持ちます。銅は給湯管や空調用温水配管の主流ですが、高速な流速や特定の水質条件下では衝撃腐食や孔食が生じる可能性があります。
・ 亜鉛:表面に水酸化亜鉛などの保護皮膜を形成することで耐食性を示します。めっき材として鉄の防食によく使われますが、単独の材料としても屋根などに用いられます。
3. アルミニウム:
・ 耐食性メカニズム:アルミニウムもステンレス鋼と同様に、表面に不動態皮膜(陽極酸化皮膜)を形成することで高い耐食性を示します。人工的に皮膜を厚くする陽極酸化処理(アルマイト処理)も行われます。
・ 弱点:皮膜に傷がつくと、そこから腐食が進行しやすくなります。また、塩化物イオン濃度が高い水中では孔食を生じやすく、水道配管としてはあまり使われません。酸や強アルカリ(コンクリートやモルタルなど)にも弱いため、これらと接触する場合には注意が必要です。
・ 用途:窓サッシ、鉄道車両(新幹線など)の外板。鉄道車両では軽量化にも貢献しています。
4. 耐候性鋼:
・ 耐食性メカニズム:通常の炭素鋼に銅(Cu)やクロム(Cr)、リン(P)などの微量の合金元素を添加した低合金鋼です。大気中で、通常のさびとは異なる、緻密で保護性の高い安定したさび層(不動態的なさび層)を自然に形成することで、その後の腐食進行を大幅に抑制します。このさび層は美しい暗褐色を呈します。
・ 制約:保護性の高いさび層が形成されるためには、使用環境に制約があります。特に飛来塩分量が多い臨海地域では、保護性さび層がうまく形成されず、十分な耐食性が得られないため、海岸からある程度の離岸距離が必要とされます。また、水はけの良い構造とすることも重要です。
・ 用途:橋梁(特に橋桁)、建築、土木、産業機械などに用いられ、塗装が不要なためメンテナンスコスト削減に貢献します。
耐食材料の選定は、製品寿命を大幅に向上させる可能性を秘めていますが、その特性(特に弱点)を十分に理解し、使用環境との適合性を慎重に評価することが不可欠です。
6. 腐食コストと防食設計の重要性:ライフサイクルコストの最適化
金属の腐食は、単なる材料の劣化に留まらず、社会全体に甚大な経済的損失をもたらします。この損失は「腐食コスト」と呼ばれ、防食対策や腐食による損傷の補修にかかる直接的な費用だけでなく、操業停止、効率低下、製品の漏洩や汚染など、多岐にわたる間接的な損失を含みます。これらの間接コストは、多くの場合、直接コストをはるかに上回ると言われています。
(1) 腐食コストの現状:
1項で既に記述しましたが、日本の腐食コストは、2015年のデータで直接的な腐食対策費(Uhlig方式)が約4.3兆円に達し、GDPの約0.78%に相当します。さらに操業停止や社会的信用、環境への影響などの間接的な損失を含むと考えると、約6.6兆円に達します(Hoar方式)。
現代は、インフラの長寿命化が課題になっています。高度成長期に建設された橋梁、上下水道などが次々に更新時期が迫ってきています。特に近年の上下水道の損傷による道路陥没など、人面にかかわる大きな事故も発生しています。新たなインフラ整備を行うだけでなく、既存設備の維持・補修に重点を置いたストック型社会への転換が急務となっています。
国際的に見ても、腐食コストは各国GDPの1 〜 4%に達するとされており、この問題が先進国共通の課題であることが示されています。
(2) ライフサイクルコスト(LCC)の概念:
腐食コストを抑制し、製品や構造物の経済性を最大化するためには、「ライフサイクルコスト(LCC)」という考え方が不可欠です。LCCとは、「設備や装置が使用される寿命全体を通じてかかる全ての費用の総和」を示します。これには、以下のような要素が含まれます。
・ 初期コスト:材料費、製造費、防食処理費
・ メンテナンス費:塗装更新、めっき再処理
・ 補修・更新費:故障や腐食による交換
・ 運転停止損失
・ 廃棄・リサイクル費
1. 初期投資とメンテナンス費用のバランス:
防食費用は、初期投資とメンテナンス費用に分けられます。一般的に、初期の防食仕様に多額の費用を投じれば、その後のメンテナンス費用は低く抑えられます。逆に、初期投資を抑えて低グレードの防食仕様を選択すると、後に頻繁なメンテナンスや大規模な補修が必要となり、結果的に総コストが高くなる傾向があります。
2. LCCの最小化を目指す防食設計:
発注者は往々にして初期投資額の大きさを嫌う傾向がありますが、真に経済的な防食設計とは、このLCCを最小化することを目指すべきです。例えば、海上長大橋の塗装では、高額な全面塗替えを避けるために、初期費用はかかりますが、塗替え周期が15年の重防食塗装を施し、定期的な点検と部分補修で対応することで30年間の維持費を大幅に削減できます。方針が定着しています。初期投資額がやや高くても、結果として総コストが抑えられるのです。これは、LCCを考慮した最適な防食設計の好例と言えます。
3. 腐食予測の重要性:
LCCを正確に見積もり、最適な防食設計を行うためには、腐食の定量的予測が不可欠となります。材料や防食仕様が、どのくらいの期間で、どの程度の腐食を生じるのかを予測することで、メンテナンスのタイミングや間隔を計画することが可能になります。
4. 高齢化社会におけるLCCの重要性:
経済の高度成長が望めず、高齢化によってメンテナンス作業が高価になったり、熟練作業者の確保が困難になったりする我が国では、今後ますますLCCを意識した防食設計の重要性が増大すると考えられます。製品や構造物の設計・開発段階から、その全ライフサイクルを見据えた防食戦略を立てることが、持続可能な社会を築く上で欠かせない要素となるでしょう。
(3) 防食設計の実践的アプローチ
防食設計を適切に実施するためには、以下のようなアプローチが必要です。
・ 環境負荷を見積もり、要求される耐久年数を明確にします。
・ 過去の実績や促進試験に基づいて腐食速度を推定します。
・ 素材、防食方法、膜厚、重ね処理などの仕様を決定します。
・ メンテナンススケジュールを含めてLCCを算出します。
さらに、発注者に対してLCCの重要性を説明し、初期費用の増加が長期的なコスト削減につながることを理解してもらうことも、技術者の重要な役割です。
7. 腐食予測の難しさと対応
腐食は「自然現象」であるため、想定外の進行や局所的な集中がしばしば発生します。そのため、腐食の定量的な予測は他の工学分野に比べて非常に困難であり、これは腐食現象が持つ複雑性と、それを囲む環境の多様性、そして実用データの不足に起因します。そのため、技術者の経験や総合的判断が不可欠です。
(1) 予測を困難にする要因:
1. 実用データの少なさ:
特定の材料が特定の環境下でどの程度腐食するかを示す実用データは、驚くほど少ないのが現状です。様々な環境条件(気温、湿度、降雨量、塩分量、大気汚染物質濃度、流速、水質など)の組み合わせが無数に存在するため、あらゆる条件下のデータを網羅することは極めて困難です。
2. 環境の変化:
腐食が進行する期間中に、大気中の汚染物質濃度や気象条件、あるいは水の組成などが変化する可能性があります。例えば、大気汚染対策が進めば腐食速度は変化し、地球温暖化や異常気象は長期的な腐食挙動に影響を与えうるでしょう。
3. 統計的なばらつき:
特に局部腐食(孔食、応力腐食割れなど)のような現象は、統計的なばらつきが大きく、いつ、どこで発生するかを正確に予測することは非常に困難です。ある条件下で応力腐食割れが起こるかどうかを確信を持って答えることや、発生時期を予測することは、ほとんど不可能です。
4. 促進試験の限界:
短期間で腐食挙動を評価するために、腐食環境を強化した「促進試験」が行われることがあります。これは材料の耐食性を比較する上では有効ですが、促進倍率(実環境と比較して何倍速く腐食が進むか)が不明なため、そのまま実環境での寿命予測に用いることはできません。
5. 試験片と実構造物の違い:
通常、試験片のサイズは実構造物よりも小さいため、試験片からのデータが実際の挙動と異なる影響を与えることもあります。
(2) 実務における腐食予測の現状と対応:
このような困難にもかかわらず、構造物や装置を設計・製造する上で腐食の予測は不可欠です。現状では、以下の方法が用いられています。
1. 類似環境での実績データ:
最も信頼できる情報源は、類似の環境下で過去に実際に使用された材料や防食仕様の実績データです。しかし、完全に同一の環境条件であることは稀であり、その適用には慎重な判断が求められます。
2. 経験則:
長年の経験に基づく知見が、大まかな腐食速度の推定に役立ちます。例えば、静止した常温の水中での鉄の腐食速度は約0.1mm/年、臨海大気中での鉄の腐食は10年間で0.3〜0.8mmの減肉といった大まかな数字が、設計の目安とされます。
3. 限定されたデータからの推定:
短期的な実環境試験の結果から長期寿命を推定したり、ラボでの詳細な試験結果と現場の状況を比較したりして、なんとか寿命を見積もるのが現状です。
4. 専門家による診断:
腐食の専門家、いわば「腐食の医者」は、腐食の基本原理や多数の事例を知っているため、状況を聞けば原因と対策を迅速に判断できます。素人判断はしばしば危険であり、例えば土中配管の腐食問題で鉄筋との絶縁を知らずに同じ材料で補修を繰り返すような過ちを避けるためにも、専門家の知見を活用することが重要です。彼らは電位測定などの簡単な測定から、腐食の危険度を評価することも可能です。
腐食予測の不確実性は非常に大きいですが、許容できる肉厚減少量(例えば鉄骨系住宅では肉厚の25%が許容範囲とされる)や、特定の環境で応力腐食割れが生じない経験的基準(例えば沸騰塩化マグネシウム溶液中で200時間割れなければ経験的に腐食しないとされる)といった限界値を設定し、それを超えないように設計・管理することが実務では行われています。また、電気防食のように、適切に維持されていれば腐食がゼロとなる防食方法も存在します。
このように、腐食予測は非常に難しい分野ですが、既存の知見、経験則、そして専門家の診断を総合的に活用しながら、リスクを最小限に抑える努力が、製品や構造物の品質保証において不可欠となります。
スポンサーリンク
8. 今後の防錆技術の展望
防錆処理技術は、従来からの塗装やめっきといった古典的手法に加え、近年では環境配慮型技術や高機能材料の登場により、急速に進化を遂げつつあります。また、インフラの長寿命化やIoTとの融合、ライフサイクルコスト(LCC)意識の高まりといった社会的背景も、防錆処理技術の革新を後押ししています。
(1) 環境規制対応とグリーン化技術:
環境保護に関する世界的な規制強化により、防錆処理にも環境適合性が強く求められるようになっています。従来一般的であった六価クロム処理(クロメート処理)は、RoHS指令やREACH規制により多くの業界で使用禁止となり、代替として以下のような処理が開発・導入されています。
・ 三価クロム処理:六価クロムに比べ毒性が低く、環境・作業安全に配慮された代替技術。
・ ノンクロム系処理(ジルコニウム系、チタン系):自動車業界を中心に採用が進む。
・ 水系防錆塗料:VOC排出量を低減し、作業環境と大気汚染への配慮を実現。
また、バイオベースの防錆剤(植物由来材料)や、リサイクル性の高い塗装材料なども研究段階から徐々に実用化されており、「グリーン防錆」は今後の重要なキーワードになります。
(2) 高機能性防錆皮膜の研究と実用化:
近年では、「単に錆を防ぐ」だけではなく、多機能性を付加した表面処理の研究も活発化しています。これにより、製品の競争力強化やコスト統合が期待されています。
・ 自己修復型コーティング:微細な傷が入っても、内部のカプセルが破裂して防錆成分が滲出し、皮膜を再生。
・ 耐指紋性+防錆性の複合処理:ステンレス家電や電子機器向け。
・ 導電性+防錆性を両立させたコーティング:電磁波シールドが求められる筐体部品などに有効。
ナノテクノロジーの応用により、より緻密で均一な皮膜を形成する処理(例:ゾル-ゲル法、CVD/DLC処理)なども今後の主流になり得ます。
(3) デジタル技術との融合(防錆のモニタリングと予測):
製造・建設業界全体でデジタル化が進む中、防錆管理もIoT・AI技術と結びついたスマート保全へと移行しつつあります。
・ 腐食センサ:構造物内にセンサを埋め込み、湿度・塩分濃度・電位差などを常時監視。
・ AIによる腐食進行予測モデル:過去の劣化データと環境条件をもとに、塗膜劣化や再塗装の最適時期を予測。
・ ドローン×画像解析:橋梁や高所構造物の塗装面劣化を自動診断する技術。
これにより、予防保全が可能となり、保守コストの削減や突発的なトラブルの未然防止に繋がります。
(4) グローバル・標準化への対応:
グローバル化が進む製造業においては、防錆処理も国際規格(ISO、ASTMなど)への準拠が強く求められます。例えば:
・ ISO 12944:塗装防食
・ ISO 14713:溶融亜鉛めっき
・ ASTM B117:塩水噴霧試験
これらに基づいた防錆設計・品質保証が、海外との取引やグローバル展開における信頼性確保につながります。日本国内でもJISだけでなく、ISO規格との整合を図る動きが加速しています。
(5) 高経年化社会における補修・延命技術の重要性:
特に橋梁やプラント、上下水道インフラなどでは、高経年化が進む設備の延命対策としての防錆補修技術も重要です。従来は取り替えや再塗装が主流でしたが、以下のような技術が登場しています。
・ 表面再活性化処理:劣化塗膜を部分的に処理し、再塗装の密着性を確保。
・ 高付着性エポキシ系パッチ塗料:簡易施工で長期間の耐食性を維持。
・ 樹脂注入によるすき間防錆:ボルト接合部や重ね継手内部への腐食進行を抑制。
高齢化が進む施工現場においても、省力化・自動化対応の施工法や材料開発が急務となっており、技術革新が求められています。
まとめ
防錆処理は、単なる表面保護の枠を超えて、「信頼性設計」「品質保証」「コストマネジメント」「環境配慮」「スマート保全」といった、ものづくり全体の価値を支える基盤技術です。特に技術系若手エンジニアにとっては、防錆処理を単なる“後工程”としてではなく、設計初期から戦略的に組み込むべき重要技術として捉えることが、真の“現場力”につながります。
参考文献
トコトンやさしい錆の本 松島巌 日刊工業新聞社 2002年
金属表面処理の基礎知識2 金属の腐食と防錆・防食法 イプロス 2016年
金属材料における腐食対策の現状と今後のあり方 篠原正 G&U 2023 Vol.23
目で見てわかる金属材料の腐食対策 藤井哲雄 日刊工業新聞社 2009年
引用図表
図 腐食損失の推移 出典:金属材料における腐食対策の現状と今後のあり方 篠原正 G&U 2023 Vol.23 (現出典わが国における腐食コスト)
図 腐食の種類 出典:金属表面処理の基礎知識2 金属の腐食と防錆・防食法 イプロス 2016年
図 ガルバニック腐食の発生原理 出典:金属表面処理の基礎知識2 金属の腐食と防錆・防食法 イプロス 2016年
図 腐食電池の形成例 出典:金属表面処理の基礎知識2 金属の腐食と防錆・防食法 イプロス 2016年
図 キャビテーションの事例 出典: CAVITATION R.T. Knapp et al
図 電気防食 出典:Corrosion Control Samuel A. Bradford
ORG:2025/07/21





