9.2 りん酸塩処理の管理方法

9.2 りん酸塩処理の管理方法(Control method of phosphate treatment)

りん酸塩処理を行うために管理が必要な項目について、概略を示します。

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1.処理温度

処理温度の計測は、多くの場合加熱装置に熱電対が連動した形式になっており、制御することは難しくはありません。むしろ加熱方法が重要で、処理槽全体を均一に設定温度に保持し、部分的にせよ大幅に高い温度になることを防ぐ必要があります。バーナーや高周波加熱(IH)で、処理槽を直接加熱したり、熱交換器に高温蒸気を直接流すのは基本的に避ける必要があります。一般的な塩とは異なり、りん酸系の塩は高温になるほど溶解度が低下します。そのため、設定温度では、溶解した状態(イオン状態)のものが、過剰な加熱によって皮膜成分が処理液中で析出してしまう恐れがあります。
推奨される加熱方法は、設定温度より高めの温水をあらかじめ製作して、熱交換器に流す間接加熱です。また、高温状態の処理液を長時間停滞させないために、熱交換器の周辺では撹拌をよく行う必要があります。熱交換器に接する処理液が常に流動することにより、熱交換器の熱効率も改善されます。

2.処理時間

りん酸鉄処理のおける析出皮膜は、水和酸化物が主となるアモルファス(非晶質)です。乾燥前の処理中の皮膜はイオン透過性があり、皮膜析出反応は長時間持続します。皮膜の成長に応じて析出速度は緩やかになりますが、過剰な皮膜析出は必ずしも塗膜の密着性を向上させません。従って、通常の処理時間は2分程度に設定され、皮膜重量は0.5~1.0 g/m2 が得られます。
りん酸鉄処理以外のりん酸塩処理では、析出する皮膜は結晶性で皮膜結晶自体にイオン透過性が無いので、基本的には素材表面が皮膜結晶で被覆された段階で反応は終わります。素材の種類や処理方式によって、反応の終結時間は異なります。例えば、塗装下地用の薄膜タイプのりん酸亜鉛処理では1~2分程度、その他の場合は5~10分程度です。
あらかじめ、対象となる素材と処理液とを用いて反応終結時間を測定し、2~3割程度のマージンを加算したものを処理時間として設定するのが通例です。

3.撹拌

りん酸鉄処理及び、りん酸亜鉛処理については、スプレー処理が適用される場合があります。スプレー処理で注意すべき点は、素材へ均一に吹き付けらることで、仕上がり状態を目視で確認しながら、ノズルの種類、数、位置が調整されます。ノズルの種類としては、品質上の観点からフルコーンノズルが望ましいです。ただし、スラッジによるノズルの詰まりが頻発するために、現場ではメンテナンス性に優れたホローコーンノズルまたはフラットノズルが使用されることが多いようです。

浸漬処理の場合、浸漬処理の初期に撹拌が特に重要です。浸漬初期は金属素材がまだ皮膜で被覆されていないため、反応速度が最も速くなります。従って、素材の揺動もしくは処理液の撹拌によって拡散を促進することが望ましいです。

なお、りん酸亜鉛処理の場合、スプレー処理、浸漬処理のいずれの場合も、処理前に処理液のミストを鉄素材に付着させてしまうと、その時点で薄いりん酸鉄皮膜が形成されてしまい、その後のりん酸亜鉛の析出を阻害することがありますので、注意が必要です。

4.全酸度、遊離酸度

りん酸塩処理特有の濃度指標として酸度があります。一定量の処理液サンプルにpH指示薬を加えて水酸化ナトリウム水溶液で中和滴定したときの終点までの滴下量指標としています。
酸度には、使用するpH指示薬によって2種類の定義があります。

(1)全酸度:

pH指示薬に、フェノールフタレインを用います。フェノールフタレインのpH変色域は、pH9程度です。全酸度の終点は、重金属イオンがすべてりん酸塩として沈殿して、かつりん酸の電離平衡がH2PO4からHPO42-へ移行した点です。

(2)遊離酸度:

pH指示薬として、プロモフェノールブルーを用います。プロモフェノールブルーのpH変色域は、pH4程度です。遊離酸度の測定中はりん酸塩の沈殿反応は起こりません。終点はりん酸塩の電離平衡がH3PO4からH2PO4に移行した点になります。

これらの概念の差異は、全酸度がりん酸と金属イオンとを合計した「処理液濃度」、遊離酸度がpHと類似した「処理液性状」を示していると考えることができます。

これらの一般的な測定方法としては、サンプル量を10mL、滴定液の水酸化ナトリウム水溶液の濃度を0.1mol/mLとした場合の各終点までの滴定量をmLで表示します。その数値の単位は、[mls]、または[points]と表記されます。

ただし、りん酸鉄処理の場合に限って、処理液のpHが、プロモフェノールブルーの変色域より高いので、指示薬はプロモクレゾールグリーンに変えて、酸(0.1Nの塩酸もしくは硫酸)により滴定を行います。この場合の滴定値は、遊離酸度のマイナス表示に相当して、「酸消費」といわれます。いずれの試薬を用いても、終点pHは同じですので、使い分けは終点判定のしやすさで行われています。

5.2価鉄イオン濃度

現場で管理する場合は、一定量の処理液をサンプリングして、硫酸を添加した後、過マンガン酸カリウム水溶液により、酸化還元滴定する方法が一般的に使用されています。2価鉄イオン濃度が、管理基準の上限を上回った場合は、エアバブリングや酸化剤の投入、もしくは処理液の(部分)更新によって対応します。

6.促進剤濃度

りん酸塩処理において、促進剤として亜硝酸塩が添加されている場合、処理の有無によらず一定時間ごとにその濃度を測定する必要があります。理由は、りん酸塩処理液のような酸性水溶液中では、亜硝酸イオンは徐々に硝酸とアンモニアに自然に分解していくからです。

4NO2 + H2O + 2H+ → 3NO3 + NH4+

促進剤の濃度の測定方法は、アミド硫酸法が一般的です。アミド硫酸法では、捕集容積が50mLのU字型ガラス容器(アインホルン発酵管)にサンプル液を充填し、その中でアミド硫酸を約2g投入したときに発生するガス容積をmL表示します。その数値の単位は、[mls]または[points]と表記されます。まお、亜硝酸イオンとアミド硫酸によるガス発生反応は以下の通りです。

HNO2 + NH2SO3H → H2SO4 + H2O + N2

7.その他

これらの項目は、りん酸塩処理において、最も重要なパラメータであり、測定方法も容易であり、現場管理項目として位置づけられています。一方、各種金属イオン濃度や、フッ素濃度、スラッジ濃度については、濃度の変動速度が比較的緩慢であり、現場での管理項目ほど測定頻度を高める必要はありません。
なお、金属イオン濃度については、原子吸光法またはICP、フッ素濃度については、イオンクロマトグラフィー、スラッジ濃度については、ろ過乾燥後の質量測定によって求められます。

 

参考

フェノールフタレイン(phenolphthalein):
化学式 C20H14O4 の有機化合物。水には非常に溶けにくいので、まずエタノールに溶かして水で希釈して酸塩基性指示薬として使用されます。pH < 8.3 の酸性側で無色、pH > 10.0 の塩基性側で赤紫色を示します。

プロモフェノールブルー(Bromophenol blue):
化学式C19H10Br4O5Sの有機化合物。水溶液のpHが3.0のときは黄色、pHが4.6になると紫色になります。

プロモクレゾールグリーン(Bromocresol Green):
化学式C21H14Br4O5Sの有機化合物。pHが3.8のときは黄色、pH5.4になると青緑色になります。

 

 

参考文献
リン酸塩処理の基礎   石井均  表面技術  Vol.61,No.3 2010
Wikipedia