9.3 りん酸塩処理の用途による分類

9.3 りん酸塩処理の用途による分類(Classification by use of phosphate treatment)

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りん酸塩処理技術は、主として塗装下地処理、防錆処理、摺動皮膜生成、冷間鍛造用潤滑皮膜生成などの用途に適用されます。それぞれに要求される皮膜の特性と適用例を示します。

1.塗装下地処理

金属塗装において、金属表面にりん酸塩皮膜を塗装前に形成させることにより、塗膜の密着性が高まります。また、チッピングなどの衝撃により塗膜欠陥が生じた場合、欠陥部から塗装下腐食が進行するのを防ぐ役割をします、
塗装下地の皮膜の場合、りん酸塩皮膜は比較的薄膜であることが望ましいです。理由は、厚膜の場合りん酸塩皮膜自身の凝集破壊が起こり塗膜密着性が損なわれる恐れがあるからです。
また、塗膜下で腐食が進行する場合、局部的な分極により塗膜下で部分的に酸雰囲気、アルカリ雰囲気の場所ができるので、そこに存在するりん酸塩皮膜は、高い化学安定性が求められます。

塗装下地処理としての要求特性を満足するりん酸塩処理は、薄膜タイプのりん酸亜鉛処理とりん酸鉄処理が適用されます。
ただし、塗装下地としてより耐食性の高い、化学的安定性のが良いりん酸亜鉛皮膜の方が通常は選択されます。また、りん酸亜鉛処理は鉄以外の素材にも対応できる長所があります。
一方、りん酸鉄処理は、処理液中の重金属の濃度が低く廃水処理が容易です。また、スラッジの発生量が少ない、処理液のpHがあまり低くはないため、界面活性剤の添加が容易であり、脱脂兼用の処理が可能な長所があります。

なお、塗装の焼付け温度が200℃を超える高温の場合、りん酸亜鉛処理にしてもりん酸鉄処理についても、結晶水が脱離して皮膜の体積が減るため、塗膜の密着性が損なわれる場合があります。このような場合には、耐熱性に優れたりん酸亜鉛カルシウム処理が適用されることもあります。

2.防錆皮膜

りん酸塩皮膜は、鉄素材の錆止め皮膜として用いられます。防錆皮膜として適用される場合は、耐熱性や、化学安定性、硬さなどの特性は要求されませんので、単純に厚膜が有利になります。防錆皮膜の場合、最低5mg/m2で10mg/m2以上が望ましいです。
防錆処理の用途には、鉄イオンを含有しているりん酸亜鉛処理が適していますが、りん酸亜鉛カルシウム処理、りん酸マンガン処理が適用される場合もあります。これらはいずれも皮膜が結晶性であり、結晶粒子間に空隙(ポロシティー:porocity)が存在します。すなわち、皮膜は不連続で水分や塩分などの腐食因子が、比較的容易に金属素地に到達します。
従って、りん酸塩皮膜単独では防錆効果は限定されますので、処理後に防錆油が塗布されるのが一般的です。りん酸塩結晶の空隙間に防錆油が充填されることにより、膜の連続的につながりバリア能力が高まります。また、防錆油が結晶粒子の間にはいることにより、防錆油が単独に存在するよりも油分の保持性が高まります。

図9.3.1 りん酸亜鉛皮膜結晶

3.摺動皮膜

ギア、ベアリング、カムなどの摺動部品に対しては、りん酸塩皮膜中最も高い硬さを有するりん酸マンガン皮膜が適用されます。りん酸マンガン皮膜は油脂との親和性に親和性に優れていますので、潤滑剤の保持能力が高いです。また、密着性が良好な被膜ですので、応力を吸収して金属同士の焼付きを防止します。
摺動面表面の欠陥や不均一性を覆うことにより、摺動表面のなじみが促進され、摺動部分のノイズ低減及び摺動部品の耐食性向上に効果があります。

4.冷間鍛造用潤滑皮膜

鉄素材の冷間鍛造では、液状の潤滑油のでは鍛造素材と金型とが焼付いてしまうので、固体潤滑剤が適用されます。代表的な固体潤滑膜は、りん酸亜鉛処理と石けん処理との2段階処理によって得られます。
石けん処理とは、80℃程度に加熱した脂肪酸ナトリウム水溶液(アルカリ性)による処理です。りん酸亜鉛皮膜の上から石けん処理を施すと、アルカリによりりん酸亜鉛皮膜の一部が溶出して、溶出した亜鉛イオンが潤滑性を有する金属石鹸の一種である脂肪酸亜鉛として、りん酸亜鉛皮膜の上に再析出します。さらに石けん処理後水洗せずに乾燥させると、金型との離型性に優れた脂肪酸ナトリウム(ナトリウム石けん)が金属石けん皮膜上に付着します。従って、鉄素材の上にはりん酸亜鉛、金属石鹸、ナトリウム石けんの3層の皮膜が形成されます(図9.3.2)。

 

図9.3.2 りん酸亜鉛処理と石けん処理による3層皮膜

この場合のりん酸皮膜は、りん酸亜鉛とりん酸亜鉛鉄との混晶となります。この場合、化学的安定性の高いりん酸亜鉛鉄の比率が高すぎると石けん処理における反応性が低下し、金属石けんの析出量が低下するので好ましくなりません。鉄イオンを含有するりん酸亜鉛処理液から、りん酸亜鉛鉄比率の高い皮膜が形成されるので、鉄イオンフリーで高亜鉛イオン濃度(5g/L以上)の処理液を用いて、高温処理(80℃程度)することで、石けん処理における反応性を確保しながら十分な皮膜量を得ることが可能です。

冷間鍛造用潤滑皮膜として、りん酸亜鉛処理と石けん処理との2段階処理で対応が困難な鏡加工品に対する対応として、石けん処理の代わりに固体潤滑剤の二硫化モリブデンを塗布したり、りん酸亜鉛処理の代わりにりん酸亜鉛カルシウム処理が適用されます。
二硫化モリブデンは、金属石けんよりも、高温下、高面圧下での潤滑性に優れています。ただし、二硫化モリブデンはりん酸塩皮膜に付着しているだけで、金属石けんの場合のように反応を伴いません。従って、同じりん酸亜鉛処理でも鉄イオンを添加してより多くの皮膜量を得る組成にすることができます。
また、りん酸亜鉛カルシウム皮膜は、りん酸亜鉛皮膜と比較して化学安定性が良好で、石けん処理による反応性は低下してしまいますが、鍛造時の金属変形に伴う発熱が激しく皮膜に耐熱性を付与させる必要がある場合は、皮膜特性のバランスを考えながらりん酸亜鉛カルシウム処理が適用される場合があります。

 

 

参考文献
リン酸塩処理の基礎   石井均  表面技術  Vol.61,No.3 2010

 

引用図表
図9.3.1 りん酸亜鉛皮膜結晶  塗装前処理としてのりん酸塩処理 表面技術 Vol64,No12 2013
図9.3.2 りん酸亜鉛処理と石けん処理による3層皮膜   不明

 

ORG; 2015/7/27
Mod; 2019/8/13