9.5 金属酸化膜処理

9.5 金属酸化膜処理(Metal oxide film treatment)

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1. アルミニウム合金材への塗装

アルミニウム合金材の代表的な処理として、クロム酸やりん酸によるクロメート化成処理があります。これらのクロメート処理は塗膜との密着性と皮膜自身の耐食性に優れています。自動車用アルミニウム合金ボディシート材の塗装下地処理においても、かつてはクロム酸クロメート処理が使用されていました。

一方、鋼材にはりん酸亜鉛処理が適用されていたために、アルミニウム合金材を部分的に適用した、鋼材/アルミニウム合金材の複合ボディの塗装下地は、アルミニウム合金材のみを別工程でクロメート処理を行った後、鋼材部に組み込んで、再度鋼板用の表面処理を行っていたため高コストになっていました。

さらに、クロム酸クロメート処理液には六価クロムが含まれていたため、環境負荷が大きな問題になっていました。特に、ヨーロッパでは廃自動車(ELV)指令により、2007年7月以降、ヨーロッパ市場に輸出される車両部品への六価クロムの使用が原則禁止になりました。その他の化学物質についても、REACH規制により使用にあたっては登録や届出が義務化されました。日本国内でも、水質汚濁防止法や廃棄物処理法などにより、排水中の六価クロム量が規制されたため、自動車用の塗装下地処理として、アルミニウム合金材へのクロメート処理は廃止されることになりました。

 

2. りん酸亜鉛処理のアルミニウム合金への適用

自動車用アルミニウム合金ボディの塗装の下地処理として、従来からの鋼板のりん酸亜鉛処理液をそのまま適用すると、鋼材と比較してりん酸亜鉛皮膜の形成が難しく処理性の改善を図るために、1980年代から1990年代にかけて検討が進められました。

りん酸亜鉛処理性が低い原因は、処理液によるアルミニウムの溶解反応速度が著しく小さいことが原因として考えられました。その改善策がりん酸亜鉛処理液にフッ素成分を添加することにより、溶解反応の促進と皮膜量の増大に大きな効果をもたらしました。

しかし、フッ素成分を過剰に添加すると塗膜との密着性が低下するため、処理性の改善には限界がありました。

この他、鋼材と同様アルミニウム合金表面に亜鉛メッキを施すことによりりん酸亜鉛処理性を改善する方法が実用化されましたが、工程の増加によるコスト増が問題となりました。

また、アルミニウム合金にCuを添加してカソード反応の促進によりりん酸亜鉛の核形成の高密度化を図る手法も検討されましたが、アルミニウム合金自身に耐食性が低下する問題点がありました。

 これらの改良の中で、革新的な技術はりん酸亜鉛処理の直前に実施する表面調整の改良でした。1990年代までは、りん酸チタン微粒子を溶液中に分散させてコロイド溶液としたものを表面調整剤として使用していましたが、粒子同士の凝縮が起こりやすく安定性に欠けていました。1990年代ごろからは、皮膜成分と同じのりん酸亜鉛微粒子を含む表面調整剤を用いるようになり、アルミニウム合金材の表面で安定した核の生成が促進されるようになって、りん酸亜鉛処理性が飛躍的に向上しました。従って、現在では、アルミニウム合金材と鋼材との複合材についても、りん酸亜鉛皮膜が安定的に形成されるようになりました。

 

3. 金属酸化膜処理(ジルコニウム化成処理)

自動車の塗装下地用の表面処理として、鋼材/アルミニウム合金複合材に適用されるようになったりん酸亜鉛処理ですが、皮膜を形成する際に副産物として発生するスラッジの量が多いこと、フッ素化合物の添加量が多く、排水処理の負荷が高いことなどから、2000年代に入り代替処理の研究が進展しました。

りん酸亜鉛処理液は、リン酸を主成分として、亜鉛塩、ニッケル塩、マンガン塩などの重金属成分を付加することにより、成膜速度および皮膜の形態を制御しているため、廃棄される処理液や、処理後の製品の洗浄水に含まれるりんや重金属類が環境に負荷を与えることになります。また、りん酸亜鉛処理は本質的には鉄の素材をエッチングして成膜する処理なので、溶出した鉄分が処理液中で沈殿してりん酸鉄を主成分とするスラッジを生成します。この他上にも既述したように、アルミニウム表面をエッチングするためフッ素化合物が必須であり、りん酸亜鉛処理は、処理液成分、スラッジ発生の両面で環境負荷の大きいプロセスでした。

特に自動車製造のように、大型消費財を大量に生産する産業では、環境対応技術が競争力に大きく影響します。特に重金属成分、スラッジ発生量の低減のため、1970年代からアルミニウム缶に広く適用されてきたジルコニウム塩処理を基本とするジルコニウム化成処理の研究が進展してきています。

ジルコニウム化成処理は、ジルコニウムの酸化物によりアルミニウム合金材表面に皮膜を形成するので、一般的には金属酸化膜皮膜と呼ばれています。図9.5.1は、ジルコニウムを用いた金属酸化膜処理における皮膜形成機構の模式図です。

図9.5.1 金属酸化塩処理概念図

処理液の主成分はヘキサフルオロジルコニウム酸(F6H8N2Zr)とフッ化水素酸(HF)です。この処理液にアルミニウム合金材を浸漬させると、アルミニウム合金材の表面では、りん酸亜鉛処理液の場合と同様に、アルミニウムの溶解反応(式9.5.1)及び水素イオンの還元反応(式9.5.2)に加えて、溶存酸素の還元反応(式9.5.3)が起こり得ます。

  (式9.5.1)

  (式9.5.2)

 (式9.5.3)

(式9.5.1)で生成したAl3+は、フッ化物錯体とZr4+とを生成します(式9.5.4)。

 (式9.5.4)

(式9.5.2)あるいは(式9.5.3)の反応に伴う処理液のpHの上昇によって、(式9.5.4)により生成したZr4+は酸化物としてアルミニウム合金表面に析出して、膜厚数十nmとりん酸亜鉛皮膜(数μm)と比較すると、桁違いに薄い皮膜が形成されます(式9.5.5)。

 (式9.5.5)

金属酸化膜処理がりん酸亜鉛処理と比較して優れている点は、

(1)りん酸亜鉛処理をアルミニウム合金材に適用するための革新的な技術である核形成のための表面調整工程が不要。
(2)皮膜の厚さから推測されるように、アルミニウムの溶解に伴うスラッジの生成量も大幅に低減。
(3)金属酸化膜処理の耐食性は、鋼材あるいはアルミニウム合金材を問わずに、りん酸亜鉛処理と同等以上の性能

です。

金属酸化膜処理が、自動車用の表面処理として実施されなかった理由は、自動車ボディに使用される冷間圧延鋼板やめっき鋼板などの鋼材に対する実績がなかったためです。現在では、ジルコニア化成処理にシフトされています。また、SAM処理などさらに進んだ下地処理の研究が進んでいます。

 

 

 

 

 

参考文献
自動車用アルミニウム合金材の表面処理  三村達也、島田隆登志  UAJC Technical Reports, Vol.2 (2)

 

引用図表
図9.5.1 金属酸化塩処理概念図  自動車用アルミニウム合金材の表面処理

ORG:2018/12/26