2.9 研削油剤

2.9 研削油剤(grinding fluid)

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1.研削油剤の役割

研削加工の特徴は、砥粒切れ刃が大きい負のすくい角を有すること、砥粒が工作物の表面を弾性的・塑性的に滑るため、摩擦熱が発生しやすいことです。従って研削油剤には研削加工時に発生する摩擦熱の発生を潤滑作用により抑制することと、発生熱を除去する重要な役割があります。

研削油剤の、一般的な役割について以下に示します。

(1)工作物の発錆を防止

工作物表面は研削直後、活性化しており非常に発生しやすい状態にあります。金属防錆能により、錆の発生を抑制します。

(2)仕上精度の維持

研削加工は相当な発熱を伴います。そのため熱膨張により過剰に研削が行われ、そのことにより寸法精度が低下します。研削油剤は、冷却能により熱膨張を防止して仕上精度を確保します。

(3)研削焼けの防止

研削焼けは工作物表面が高温になることにより発生するといわれています。そのために工作物の表層部が脱炭したり,焼きがもどって硬さが低下したりします。これを防⽌するためには、研削砥⽯の選定,研削条件のような因⼦の最適化が基本的に重要ですが、研削油剤が熱を速やかに表層部から移動させる能力(冷却能)も重要です。

(4)研削割れの防止

研削割れは焼入れ鋼などの硬鋼の研削加工によく見られる不具合です。これも研削焼けと同様に、本的には研削砥⽯や研削条件の最適化が最も重要ですが、研削油剤の性状も研削割れの防⽌に役⽴っています。但し,研削油剤の選定を誤り、過熱昇温した部位を急冷するために、削油剤の選定を誤るとなお⼀層研削割れが起こりやすくなりますので、⼗分な注意が必要です。

(5)工作物表面の残存応力発生の防止

工作物表面に残存応⼒が生じると、工作物表⾯は変形します。残存応⼒は砥粒の機械的な切削⼒や研削熱によって発生するので、潤滑性や冷却性のある研削油剤を選定する必要があります。本項の対策としては、⼀般的にはA2種2号が適正な研削油剤として選定されるようです。

(6)研削砥石の目つぶれと寿命の改善

研削砥⽯に⽬つぶれ現象が⽣じると、工作物表⾯にビビリが発生したり、研削焼けが現れます。⽬つぶれは砥粒の先端が摩耗して平坦になる現象ですが、これを改善するには冷却性と潤滑性の⾼い研削油剤が有効です。とくに,砥粒や工作物(被削材)に吸着しやすいように、極性を持ったものや極圧性を持った研削油剤は、潤滑性を向上させるとともに砥⽯の寿命を改善します。

(7)仕上面粗さの改善

研削油剤は仕上⾯粗さを改善します。研削油剤は微⼩なムシレやバリなどを無くして、砥石車から脱落やしたり破砕したりした砥粒を速やかに洗い流して工作物表面から除去して、仕上⾯を傷つけないようにします。研削油剤の洗浄性と砥粒の⾃⽣作⽤により、仕上面のの面粗さを改善しています。

(8)その他

以上、7項目が研削油剤の第一義的な役割ですが、その他、臭気、泡立ち性、塗料の剥離、皮膚への刺激、飛散性などの第二義的な性能も重要です。一般的にはこれらの項目についても、7項目と同程度の重要さがあり、研削油剤選定時に考慮すべき項目になります。

 

2.研削油剤の種類と用途

研削油剤に要求される作用には、次の5つがあります。

・潤滑性:研削砥石の切味を良好に保持して、摩擦熱の発生を低減します。

・冷却性:発生した摩擦熱を除去して、研削温度を下げることにより研削面の熱的な損傷を防止します。同時に、工作物の熱膨張を抑制して加工精度を確保します。

・浸透性:研削点近傍まで研削油剤を到達させます。

・洗浄性:研削砥石の目詰まりを低減します。

・防錆性:工作物の発錆を防止します。

2.1 水溶性切削油剤

研削油剤は、これらの特性、特に潤滑性と冷却性とが同時に要求されるため、通常の研削では水溶性の切削油剤が用いられます。水溶性切削油剤は、A1種、A2種、A3種の3種類に分類されます(表2.9.1)。

表2.9.1 水溶性切削油剤の種類

・A1種は、エマルション(emulsion)と呼ばれ、牛乳のように水中に大きな油性粒子が含まれます。水で希釈すると乳白色になります。

・A2 種は、ソリューブル(soluble)と呼ばれ、せっけん液のように水中に細かい油性粒子が含まれます。水で希釈すると半透明または透明になります。

・A3 種は、ソリューション(solution)と呼ばれ、油の粒子を含まず、防錆剤のような水溶性の成分からできており、水で希釈すると透明になります。

水溶性切削油剤を潤滑性能の観点からみると、エマルション→ソリューブル→ソリューションの順で最も高いのはエマルションになります。一方冷却性能の観点からみると、ソリューションが最も高く、ソリューション→ソリューブル→エマルションの順になります(図2.9.2)。

図2.9.2 水溶性切削油剤の選択の目安

通常の研削加工では、潤滑性、冷却性とも要求されますので、研削油剤としてはソリューブルタイプを使用します。また、鋳鉄の研削や、発熱量の多い鋼材の高能率研削には冷却性を重視してソリューションタイプを使用します(図2.9.3)。

表2.9.3 水溶性切削油剤の研削加工に対する主な用途

2.2 不水溶性切削油剤

ねじ研削や歯車研削など、特に精度が要求される研削作業には、不水溶性切削油剤が用いられます。不水溶性切削油剤は、N1種、N2種、N3種、N4種の4種類に分類されます(表2.9.4)。

表2.9.4不水溶性切削油剤の種類

・N1種は、鉱油および/または脂肪油からなり、極圧添加剤を含みません。そのため環境に優しく、鋼材の軽切削や非鉄金属の加工に広く用いられます。

・N2~N4種は、何れもN1種を主成分にして硫黄系極圧剤を添加したもので、油剤の活性度により3種類に区分されています活性度の高いものは重切削や難削材の加工に用いられます。

 

3. 研削油剤の選定と供給方法

3.1 研削油剤の選定

研削加工では、研削砥石と工作物および加工条件を正しく選定することが重要です。表2.9.5に研削油剤の種類とその特性、適応する研削作業を示します。

表2.9.5 研削油剤の種類と特性、適応する研削作業

研削油剤の具体的な選択例については、油剤メーカのカタログやホームページを参照してください。管理人が過去、よく相談した会社のホームページのリンク先を下記に示しておきます。もちろん、この会社以外にも多くのメーカがあります。切削油剤のキーワードで調べてください。

 

3.2 研削油剤の供給方法

研削油剤の供給方法については、以下の点に注意して運用することが必要です。

(1)研削砥石と工作物との接触部へ、研削油剤を十分な量を供給してください。供給量が少ないと、工作物の割れ(研削割れ)や反りの原因となります。

(2)研削油剤の汚れは工作物の仕上面に傷をつける原因になります。定期的に研削油剤の清浄度とフィルタの汚れのチェックを行うとともに、研削油剤やフィルタの交換のトリガーをどのようにするかを決めておく必要があります。鉄系金属の研削の場合マグネットセパレータの設置も検討すべきです。

(3)研削砥石を停止する場合は、先に研削油剤の供給を停止し、砥石を空転させてから停止するようにしてください。研削砥石に含まれる研削油剤を振り切るようにします、

(4)研削油剤の短期や砥石カバの内側は、頻度よく清掃する必要があります。

 

以下に、研削油剤を供給する際の注意点を示します。

研削油剤の供給は、ノズルを使用して研削点の供給するのが一般的な方法です。この場合、高速で回転する研削砥石の外周部付近で空気層の連れ回りが生じて研削点へ研削油剤が届きにくい問題があります(図2.9.6(a))。簡易的な対策としては、ノズル出口高さを小さくしてノズル断面積を縮小して流速を増加させます(図2.9.6(b),(c))。この方法により研削油剤を効果的に研削点に到達させることが出来ます。

図2.9.6各ノズルにおける削液供給状態の違い(流量 Q=5L/min)

この他、研削油剤の供給を直角ノズルにより行い、空気層を遮断しつつ研削油剤を研削砥石表面に巻きつかせる方法(図2.9.7)や、研削油剤供給ノズルの直前に遮蔽版を取付けて、連れ回り空気層を遮断する方法(図2.9.8)などがあります。

図2.9.7 直角ノズルによる研削油剤の供給方法

図2.9.8遮蔽版を利用した研削油剤の供給方法

また、切込み量を大きくすると、研削砥石と工作物との干渉領域の工作物表面温度はすぐに水の膜沸騰温度(120℃前後)を上回り、冷却能力が急激に低下します。この状態は、工作物表面が水蒸気で覆われるため、熱伝達率が急減に低下するためです。この対策として高圧で研削油剤を供給するジェット注液が有効とされています。ジェット注液には膜沸騰を抑制する効果が期待されます。

 

3.3 環境に配慮した研削油剤の供給方法

機械工場での消費エネルギーで重要な割合を占めるのが加工液(排水処理を含む)関係です。地球環境保全の関係から、加工液についても使用量の削減が求められています。研削加工の場合、発熱が大きいため研削油剤の削減はハードルが高いと言えます。

図2.9.9 は、研削油剤の削減を狙ったエコ研削の概要を示します。遮蔽版を用いて研削砥石の連れ回り空気層を遮断して、環境負荷の小さい植物性の油をミスト状にして必要量のみを供給します。同時に極圧添加剤や油分を含まない冷却水を砥石に吹き付けて、工作物の発熱を防ぎます。この装置による研削方法により、冷却作用および潤滑作用、切り屑の排出作用を分離することによって、研削油剤の供給量を大幅に削減できることや、クーラントタンクの小型化および消費電力の削減などが期待できます。

図2.9.9 エコ研削の例(EcoLoG研削 TypeⅠ)

ただこの方法を開発したジェイテクトによると、この方法については、工作物材質や、形状、要求精度によって適用範囲に制限があり、また研削能率が高くなると研削焼けが発生しやすくなるなどの課題があったそうです。そのため実用化範囲を拡大するために、高能率研削領域でのクーラント供給量の削減をねらい、回転砥石周辺に連れ回る空気流を効率的に遮断し、供給研削油剤の量を大幅に削減した新らしい研削油剤供給方式として、EcoLoG 研削 TypeⅡが開発委されました。具体的には、研削点の上流側で研削砥石側面からエアを供給するこtにより連れ回りする空気流を遮断して、研削点近傍で砥石の表面に対して、接線方向からストレートタイプのノズルを用いて、小流量のクーラントを供給する方式です。

図2.9.10 エコ研削の例(EcoLoG研削 TypeⅡ)

 

 

 

 

 

参考文献
JIS K2241-2017 切削油剤
機械工学便覧 6th ed  日本機械学会
絵とき研削加工の基礎のきそ  海野邦昭   日刊工業新聞社
研削加工の基礎知識2  海野邦昭   (株)イプロス
若手技術者のための研削工学_第3回_研削液の特性とその供給法  奥山繁樹  砥粒加工学会誌 Vol59 No4  2015 APR
(株)ジェイテクト様発表資料
研削加工における少流量クーラント供給技術の開発 吉見隆行他  精密工学会誌Vol75No6  2009

 

引用図表
表2.9.1 水溶性切削油剤の種類   JIS K2241
図2.9.2 水溶性切削油剤の選択の目安  参考:研削加工の基礎知識2
表2.9.3 水溶性切削油剤の研削加工に対する主な用途  絵とき研削加工の基礎のきそ_抜粋
表2.9.4不水溶性切削油剤の種類  JIS K2241
表2.9.5 研削油剤の種類と特性、適応する研削作業   研削液の特性とその供給法
図2.9.6各ノズルにおける削液供給状態の違い(流量 Q=5L/min) 研削液の特性とその供給法
図2.9.7 直角ノズルによる研削油剤の供給方法   研削液の特性とその供給法
図2.9.8遮蔽版を利用した研削油剤の供給方法   絵とき研削加工の基礎のきそ
図2.9.9 エコ研削の例(EcoloG研削 TypeⅠ)  (株)ジェイテクト様発表資料
図2.9.10 エコ研削の例(EcoloG研削 TypeⅡ)  研削加工における少流量クーラント供給技術の開発

 

ORG:2019/4/20