1.1 溶融金属の性質

1.1 溶融金属の性質

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鋳造の歴史は、BC4,000年、中央アジアのメソポタミア地方で、偶然、銅鉱石が木材の燃焼により精錬され、溶銅が固まった銅鋳物に始まると言われています。
ちなみに、鉄については同様の方法で、完全には溶融しない状態ではありますが、容易に変形する状態で取出され、力を加えて色々な形にする、すなわち鍛造から加工が始まりました。

鋳造を定義すると、「溶融(液体)金属を鋳型に流し込んで形を作る加工法」といえます。
この項では、鋳物の元となる溶融金属の性質について調べていきましょう。もっと詳しい情報は、本コンテンツの最後を御参照下さい。
表1.1.1、表1.1.2に、代表的な溶融金属の性質を示します。

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ここで、注意しなければならないのは、溶融金属の性質は、合金の組成だけでなく、溶解方法や雰囲気によりガス成分を吸収したりするので、同じ種別でもかなり異なることがあるので注意が必要です。ただし、設計、使用する側は、まず一般的な性状を理解することが重要です。

1. 液相線温度(liquidus temperature)

純金属の場合、液体から固体へ相変化する温度は一定の温度になります。
一方、通常の合金では、液体から、固体と液体とが共存する温度域を経て、固体に変化します。この、固体と液体とが共存する領域を、固液共存域といい、凝固温度範囲(freezing range)ともいいます。
図1.1.3に、鉄-炭素二元合金状態図を示します。黄色に着色された「γ相+液相」範囲が、固液共存域となります。凝固温度範囲の広さが鋳造性、主として湯流れ(溶湯の流動性)やひけ巣などの欠陥の発生に影響します。

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2.密度(density)

温度上昇とともに溶融金属の密度は減少します。溶融合金の密度(density of molten alloys)は原子%による密度を積み重ねていくことにより比較的正確に計算で求めることができます。

3.熱物性値

溶融金属が凝固する過程での挙動を推定するためには、溶融金属の熱物性値が重要になります。考慮すべき熱物性値としては、熱伝導率、比熱、凝固潜熱、ふく射率などがあります。
(1)溶融金属の真の熱伝導率は、固体の状態の時よりも低い値を取ります。しかし液体の場合、熱による対流や溶質対流も含まれるので、真の物性値より大きくなり、見かけの熱伝導率と真の値とは単純には一致しないことが多いです。
(2)比熱は、固体では温度の上昇により増大します。従って通常は液体金属の比熱は固体の比熱よりもいくぶんかは大きくなります。
(3)潜熱は、凝固時の特性として問題になりますが、純金属でもばらついており、実用合金でも信頼できるデータが少ないです。
特に、鋳鉄の場合、共晶凝固時に黒鉛が晶出するか、セメンタイトが晶出するかによって、潜熱の値が大きく異なります。セメンタイトの晶出時の方が潜熱の値は大きくなります(表1.1.1)。
(4)ふく射率は、合金の組成のみならず、酸化被膜の存在により変化します。また、測定する光の波長によっても値が異なります。

4.凝固収縮率(shrinkage ratio)

ほとんどの場合、純金属、合金を問わず凝固する際は体積が収縮します。これを凝固収縮率といいます。
しかし、鋳鉄の場合は、凝固時に晶出する黒鉛は溶融鋳鉄より密度が小さいので、凝固時の黒鉛晶出により、膨張が起こります。したがって、黒鉛の晶出量により凝固収縮率が変化して、通常の金属材料に比較すると小さい値を取ります。炭素含有量が多い鋳鉄の場合は、凝固する際に膨張することもあります。
凝固時の収縮は、場合により鋳造品にひけ巣(shrinkage,shrinkage cavity)を発生させます。ひけ巣の発生は、凝固収縮の他に液体自身の収縮も考える必要が有ります。鋳込温度が高いほどひけ巣が生じやすいです。
ひけ巣を防止するには、溶融金属の不足分を補うために押湯(riser,feeder)と呼ばれる供給源を注湯口とは別に設けます。押湯の位置によって効果の程度が大きく異なります。押湯の方法については、押湯方案(risering system,risering design,risering)と呼ばれており、鋳造業者によるノウハウ的な要素が大きいです。

5.表面張力(surface tension)

溶融金属の表面張力は水と比較して数十倍大きい値を取ります。これに加えて、溶融金属は現在でも多く使用される砂型の鋳物砂とのぬれ性(wettability)が悪いため、砂型の砂のすき間には浸入できません。この現象が、鋳物の薄肉化を困難にしています。
したがって、薄肉の鋳物を製作する方法としては、ダイカストのように加圧鋳造が必要です。
溶融金属の表面張力は、不純物元素の影響を強く受けます。図1.1.3に溶融鉄合金の添加元素による表面張力の推移を、図1.1.4に溶融アルミニウム(Al)合金の添加元素による表面張力の推移を、それぞれ示します。
(1) 鋼や鋳鉄では、酸素(O)や硫黄(S)が表面張力を大きく低下させます。(図1.1.3)
(2) アルミニウム(Al)合金の場合は、ビスマス(Bi)や、リチウム(Li)、バリウム(Ba)、鉛(Pb)などが表面張力を大きく低下させます(図1.1.4)。また、図には示されていませんが、ナトリウム(Na)は、さらに強力で、0.004%の添加で表面張力が640mN/mまで低下します。
このように、微量で表面張力を低下させる元素を、界面活性元素といいます。

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6.ぬれ性

鋳造品の製造には、主として砂型が多く用いられています。
理由としては、製作コストが安価であることに加えて、溶融金属に耐える耐熱性と、溶融金属にぬれないという特性を持っているためです。
一般に多孔質の固体が、液体にぬれると、毛細管現象(capillarity)により溶融金属が固体の空孔部に浸入してしまいます。砂型は砂と砂との間に空隙が有り多孔質ですが、砂は多くの溶融金属に対してぬれない性質を有しており、これが、砂型が鋳型に多く使用されてきた要因です。
もし、溶融金属に鋳型がぬれると、鋳型の中に溶融金属が浸透して、鋳造欠陥を生じます。砂型鋳物の場合はこれを焼付き(burn on,sand burning,penetration)といいます。
また、固体の金属と液体金属とは一般にはぬれやすいですが、ダイカストのように金型で鋳造品を製作できるのは、金型の温度が低く、溶融金属との温度差がぬれを妨げるためです。金型の温度が上昇すると、ぬれが起こり金型と鋳造品とは接合してしまいます。この場合も焼付き(seizure)といいます。

7.粘度

図1.1.6に示すように、溶融金属の粘度は、温度の低下とともに増加します。

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注意すべきことは、溶融金属は水と比較すると密度が大きく、流れやすさの目安となる動粘度係数で比較すると水よりはるかに小さな値になります。このため、鋳造時の溶融金属の流れは、基本乱流であり、粘度の影響は大きくはありません。
しかし、凝固が始まると、固体と液体との混合流れになって、粘度は急激に上昇します。この現象により、注湯条件が不適切な場合、溶融金属の流れが注湯の途中で停止して、湯回り不良(misrun)の欠陥を発生させることがあります。

8.ガスの溶解度

溶融金属は活性状態にあり、雰囲気ガスを吸収しやすくなっています。例えば、溶融鉄合金では酸素(O)や水素(H)、窒素(N)が吸収されやすく、特に酸素が問題となります。このためにアルミニウム(Al)やシリコン(Si)などの脱酸元素が添加されます。脱酸とは鉄に溶解した酸素をアルミナやシリカのような固体の酸化物にすることでガス欠陥(gas defect)を防止する手段です(製鉄時のキルド鋼がこの処理をされた鋼です)。
また、窒素や水素を除去するには、真空脱ガスなどの脱ガス処理(degassing treatment)が実用化されています。

これに対して、アルミニウム(Al)合金や銅(Cu)合金では、おもに水素が問題になります。図1.1.6に各種純金属の水素溶解度の温度依存性を示します。図中で、矢印で示すポイントは凝固温度です。

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図より、アルミニウムや銅では、凝固により水素の溶解度が著しく減少することがわかります。これが、アルミニウム(Al)合金や銅(Cu)合金鋳物で、水素ガスによる欠陥が生じやすい主要因となります。

9.耐火物などとの反応

金属を溶融するのに、溶解炉が必要となります。さらに、溶融金属を鋳型に注湯するために、溶解炉から溶融金属を取り出して運搬するためにとりべ(ladle)が必要となります。また、鋳型は主として砂型が用いられます。これらには何れも非金属である耐火物が使用されており、これらの耐火物と溶融金属との化学反応が問題となります。
溶融金属は、これらの耐火物と反応して、ガスを吸収したり、不純物元素の混入が生じます。また、6項で既述したように砂型との反応では焼付き欠陥を発生する可能性が有ります。

 

 

 

参考文献
機械工学便覧 第6版 β03-02章

引用図表
表1.1.1  溶融金属の物性値               機械工学便覧 第6版
表1.1.2  各種純金属の溶融状態での物性値        機械工学便覧 第6版
図1.1.3  Fe-C 二元合金状態図               機械工学便覧 第6版
図1.1.4  溶融鉄合金の表面張力             機械工学便覧 第6版
図1.1.5  溶融アルミニウム合金の表面張力         機械工学便覧 第6版
図1.1.6  溶融金属の温度と粘度との関係            機械工学便覧 第6版
図1.1.7  各種純金属の水素溶解度に及ぼす温度の影響    機械工学便覧 第6版

 

 

2016/11/1
本稿(初稿)は、筆者の興味から、参考文献からの引用が主たるものになっています。第2稿ではより内容を絞り、かつより広範囲なデータに基づく記述を企図しております
2016/11/6
Fe-C 二元合金状態図を追加
2023/08/19: 一部修正